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映像が常時表示されている、ラスベガスのSphere

はじめに

2023年9月29日、ラスベガスに新名所Sphereがオープンしたのをご存じの方も多いと思う。

また、CES2024特集の「ラスベガスの球体シアター「Sphere」潜入レポート」を読まれて、興味を持たれた読者の方もおられることだろう。

筆者は、3月中旬に週末を利用してラスベガスへ行ってきたのだが、その際、せっかくなので話題のSphereを訪問してみることにした。

そこで今回は少し趣向を変え、この話題を中心に、上記レポートとは内容が重複しないよう、筆者独自のVFX目線からご紹介してみたいと思う。

きらびやかなベガスの街でも、強烈な印象を放つSphere

ラスベガスのハリー・リード国際空港(旧マッカラン国際空港)へ日没後の時間帯に着陸すると、ネオンやライトアップされたホテル群の奥の方に、巨大な球体が明るい映像を放つ、印象的かつ不思議な建造物が目に飛び込んでくる。

これが、Sphereである。

位置的にはウィン・ラスベガスの近隣にあり、ラスベガス・ストリップから徒歩で行くことができる。少し離れた場所のホテルに宿泊している場合や、移動に掛かる時間を節約したい場合は、Uberを使うのが便利だろう。モノレールで最寄り駅まで行って歩くという方法もある。

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モノレールに「Sphere駅」は存在しないが、最寄り駅から徒歩でも行ける距離である

チケットの購入は

チケットは、Sphereのサイトからオンラインで事前予約&購入が可能だが、Sphereの1Fにある「Sphere Concierge」というチケット売り場でも、当日に現地購入が可能だ。

シアターが大きく、上映回数も多いので、当日ふと思いついて、フラりと訪問して購入しても全然大丈夫である。また、団体チケットも用意されている。

チケットの価格は79ドルから249ドルと幅があるが、詳細は後述することにしよう。

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入場を待つ人々の列。チケットは事前に購入しているので、長時間並ばずに済む

Sphereの外観

映像関係者としては、一体どのようにしてSphereの外壁に映像を表示しているのか?が気になるところである。

筆者は最初、LEDパネルを並べて外壁を構築しているのだろうかと思っていたのだが、いざ近寄ってみると、鉄枠に大量のLEDを並べて構成されているのがわかる。

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…つい寄って見てみたくなっちゃうのが、VFX屋の人情である(笑)
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Wikipediaによると、各48個の発光ダイオードを備えたLEDパックを、約123万個配置することによって照らし出している、とある。

昼間は太陽光の明るさに負けて、映像を表示していてもあまり目立たないが、日没以降に暗くなると他のホテルの電飾に勝る明度を放ち、壮観である。遠くからでも目立ち、非常にインパクトのある外観である。

映像は常時表示されており、Sphereのロゴ、流体パターンのクリップ、タイアップ広告などが表示される。タイアップ広告は不定期で実施されるようで、ハリウッド映画の公開時期に併せてお金を掛けて作った球形映像が表示される場合もある。

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昼間に見ると、こんな感じである。鉄骨や内部の構造まで見える

ショーは2部構成 まずはプレ・ショーから

Sphereの中に足を踏み込んだ時、過去に万博や博覧会で人気パビリオンを訪問した時のワクワク感を思い出した。そうか。ある意味、「ベガスに人気パビリオンができたようなもの」と言えるかもしれない。

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Sphereのアトリウムにて

Sphereの中に入ると、2部構成のショーが用意されている。まず最初にメイン・ロビーのアトリウムで1時間のプレ・ショーを楽しみ、それからドームシアターに移動して55分間の全天周映像を楽しむ。

プレ・ショーは幾つかのセクションに分かれているが、アトリウム内の各所に5体のAIヒューマノイドロボット「Aura」が配置されており、観客と対話をしたり、質問に答えてくれるコーナーが人気。

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話すロボット「Aura」との対話が楽しめる

観客の1人が、頭に被っていた飾りをAuraにプレゼントしようとすると、「申し訳ございません。私は装飾品を身につけることが許可されていないのです。でも、どうもありがとうございます。」(英語)と丁寧にやりとりしていたのが印象的だった。

また、アトリウムには観客の「デジタル・アバター」を作ってくれるコーナーもある。

このデジタル・アバターは、ボリュメトリックキャプチャで全身をスキャンして、それを簡単な3D空間の中に合成した動画を自動生成し、後で動画リンクを事前登録したメール宛に送ってくれる。カメラワーク自体は大変シンプルではあるが、演出としてはなかなか面白い。

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「アバター・スキャナー」で全身スキャン中の観客。静止ポーズのみで、動くことはできない
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映画「サタデーナイトフィーバー」のトラボルタ風のポーズで、デジタル・アバターしてみた筆者。動画の一画面より

アトリウム内には「ディレクターズ・ラウンジ」と呼ばれる、ビール、ワイン、スナックが楽しめる飲食エリアも用意されている。映画業界を意識したネーミングも、なかなかオシャレである。

YouTubeの公式チャンネルから、これらの模様を見ることができる。

ドームシアターで鑑賞する全天周映像

続いて、映画の上映時間が近づくと、エスカレーターを昇って巨大なドームシアターへと移動する。

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ドームシアターの直径は157m。シアター内の座席数は18,600席で、コンサート時には1Fフロアに立ち席を追加し、全部で20,000人を収容できるキャパシティーを持つという。

チケットの値段は、ドームシアターの席の位置によって異なる。

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上映前のドームシアター内の様子。シアター中央付近の「ディレクターズ・シート」のセクションから周囲を見渡してみる

一般に「ドームシアター」と言えば、シアターのド真ん中の席が最も臨場感があることで知られる。また、映画業界におけるクライアント試写では、試写室のシアター中央の席に監督が座ることが多く、ここは「ディレクターズ・シート(Director’s Seats)」と呼ばれる。

ここSphereでチケットを購入する際、ドームシアター中央付近の「ディレクターズ・シート」と呼ばれるセクションが最も価格が高く、2024年3月現在の価格で249ドル。中央から外側へ行くに従って安価となっていく。

映像関係者であれば、是非とも「ディレクターズ・シート」を抑えたいものだが、一般の方であれば、他のシートでも十分満足感は得られるだろう。

上映される映画は、往年のIMAXドームシアターを彷彿させる全天周映像である。2024年3月現在の上映作品は「Postcard from Earth」。上映時間は55分間。

映像は2023年のアカデミー賞でも話題を呼んだブレンダン・フレイザー主演の映画「ザ・ホエール」(2022)の監督、ダーレン・アロノフスキーが手がけている。

また今年の第22回VESアワードで最優秀視覚効果賞[博展映像部門](OUTSTANDING VISUAL EFFECTS IN A SPECIAL VENUE PROJECT)を受賞した作品でもある。

内容を簡単に説明すると、地球における生命の歴史の紹介と、人類による環境破壊に警告を鳴らすという、メッセージ性のあるストーリーである。

ドーム映像としてのコンセプト、アイデア、そして演出は、基本的にIMAXドームシアターや、(今のようにハリウッド映画を上映するようになる以前の)IMAXシアターで良く上映されていた大型映像作品群と、そう大差はない。

一例を挙げると、LAのディズニー・カリフォルニア・アドベンチャー・パークと東京のディズニーシーで上映されている、IMAXドームシアターを応用したアトラクション「ソアリン:ファンタスティック・フライト」の演出にも近いものがある。

その意味では、すでに様々な大型映像や博展映像などを見慣れている方は、この作品のストーリーや演出には、特に目新しさは感じないかもしれない。逆に、初めて観る方は新鮮な感動を覚えることだろう。

特筆すべきは、フィルム上映ではなく、LEDスクリーンによるデジタル再生。画面の明るさ、そしてドーム全体で16Kの高解像度による映像は、見応えがある。またフィルム上映につきものの、視点移動時に見られるフリッカーも起こらない。いずれにしても、一見の価値はある作品である。

もし、この作品が立体映画だったら、きっと「もの凄い没入感」が楽しめるところだが、「Postcard from Earth」は立体作品ではなく、2D上映である。しかし、「4D演出」により風が吹いたり、座席が振動したりすることで、臨場感を高めている。

LEDスクリーンに表示して再生というスタイルであるため、液晶シャッター対応の立体眼鏡を装着してシンクさせないと左右の映像の切り替えが難しいかもしれないが、立体視自体はコストを度外視すれば技術的には不可能ではないかもしれない。このあたりは次回作に期待を掛けたいところだろう。

さて。この全天周映像の実写部分をどうやって撮影したのか?が興味深いところであろう。この、ラスベガスのSphereで使用する映像全般を制作&開発するために、2023年6月にSphere StudiosというスタジオがLAのバーバンクに正式オープンしている。ラスベガスのSphereのオープン時期と、そのプロダクション期間を遡って考えると、実際Sphere Studios自体はもっと以前から稼働していたことが推察できる。ここで自社開発されたBig Skyというカメラで撮影されているらしい。IMDBでも詳細情報が紹介されている。

余談であるが、SphereはニューヨークのMSG(マディソン・スクエア・ガーデン)系列の会社である。そういえば、数年前、VFX業界の求人サイトで「MSG/バーバンク」という社名で、すごい勢いでパイプライン・エンジニアや開発人員を募集していた。筆者の知人にも、ここに移籍したエンジニアが何人かいる。

この人材募集を見掛けた当初は、「コンサート会場で有名な"あの"MSGが、一体LAで何をやっているのだろう?NYのMSGで使用するデジタルサイネージやコンサート用映像を、LAで開発してるのだろうか??」などと勘ぐっていたのだが、今回こうしてSphereを訪問し、いろいろ調べていくうちに、「ああああぁぁぁぁ なるほど、こういうことだったのか」と、すべてが繋がった感じである(笑)。

…さて、話を元に戻そう。

上映中、映像を観察していると、ショットによって撮影時のカメラのレンズの種類が若干異なり、ドームの曲率に沿って、遺跡の柱などの垂直物が、ゆがみなく直線に見えるショットもあれば、ドームの端に行くにつれて映像がゆがんでいるショットもあった。しかし、これらは一般の観客にはほとんど気にならないだろう。

この作品、映画の冒頭と最後に、少しだけVFXシークエンスが登場する。

博展などでドームシアターの映像を手掛けた経験を持つ映像関係者の方であれば、ドームシアターにつきものの、「歪補正」が真っ先に気になるところだ。実写ショットは魚眼レンズで撮影すれば良いが、VFXショットはドームの曲率に対応するための歪補正の処理が必要となる。

Sphereの場合、フィルム上映時代のように1枚絵を魚眼レンズでドームスクリーンに映写するのではなく、LEDスクリーンで「再生」しているので、旧来のレンダリング時に行う歪補正ではなく、新しい方法で対応していると推察される。これについては、いつか機会があれば取材してみたいと考えている。

VFX屋の筆者は、「VFXはどこがやったんだろう?」と気になってしまうところだが、エンドクレジットにはDigital Domainがクレジットされていた。また、IMBDによるとILMも参加しているようだ。

  • Digital Domainのサイトにおける、「Postcard from Earth」の紹介ページ
  • ILMのサイトにも、「Postcard from Earth」の紹介ページがある。
    • おわりに

      以上が、今回Sphereを訪問してみたレポートである。

      みなさまがラスベガスを訪問される際の良き参考となれば幸いである。

      WRITER PROFILE

      鍋潤太郎

      鍋潤太郎

      ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。