"ニコノス"は、イメージ的には"全天候カメラ"と呼ぶより"水中カメラ"と呼んだほうが似つかわしいカメラのように思える。そもそもその生い立ちが、潜水関連の機材を扱うフランスの企業が発売していたカメラを祖とし、使われ方も耐水深50mであることを活かしダイビング関連であることが多かったからだ。
もちろん山岳写真をはじめ悪天候下での撮影でも用いられることが少なくなかったのだが、基本水中撮影に特化した35mmカメラと述べてよい。ちなみにニコンから発売される以前のカメラ名は「カリプソ(Calypso)」。個人的には美しい南の海を連想させる。そのためではないだろうが、2世代目「ニコノスII」の海外版は、「カリプソ/ニッコール」銘で一時期売られている。
そのニコノスであるが、シリーズとしては初号モデル「ニコノス」の発売が1963年、その後「ニコノスII」が1968年、「ニコノスIII」が1975年、「ニコノスIV」が1980年の発売とし、そして今回紹介するニコノスシリーズの最終モデル「ニコノスV」が1984年の発売となる。この一連のニコノスは、大きく2つのスタイルに分けられ、丸みを帯びた「カリプソ」のボディスタイルを継承するニコノス/ニコノスII/ニコノスIII、そしてニコン独自のスタイルとするニコノスIV/ニコノスVとなる。いずれもファインダーには距離計など備えておらず、目測によるピント合わせとしている。
ちなみに同じ水中カメラの「ニコノスRS」が1992年に発売されているが、AF一眼レフタイプでレンズマウントが異なるなど構造や生い立ちが異なることから、ここでは割愛させていただく。
ニコノスVが発売に際し注目された部分といえば、TTLの絞り優先AEに加えマニュアル露出での撮影を可能としたことだ。先代「ニコノスIV」ではそれまでのマニュアル露出オンリーのみであったものからTTLの絞り優先AE専用としたが(1/90秒とBは選択可能)、やはりこれで使い勝手がよくないと思うユーザーが少なくなかったものと思われる。個人的にも当時「ニコノスIV」にはあまり食指が動くものではなかった。なお、「ニコノスV」のマニュアル露出での最高シャッター速度は1/1000秒、最低シャッター速度は1/30秒としている。
もちろん裏蓋開閉式のボディ構造や(ニコノスIIIまでは、フィルム交換は外装から本体を引き抜く手間を必要としていた)、40mmのアイポイントとするファインダーなど「ニコノスIV」から継承。ファインダーには、LEDによるシャッター速度の表示機能と「Wニッコール35mm F2.5」用のフレームを備える。外装のカラーが選べたのも特徴で、オレンジとモスグリーンの2色から選ぶことができた。現在の中古市場を見るとオレンジのニコノスが圧倒的に多いことから、人気があったのは同色と思われる。
製造期間は長く、2001年までの17年間としたのも本モデルの注目点。使い勝手がよく、完成度の高い水中カメラであった証である。なお、モデル末期のメーカー希望小売価格は、税別10万1,000円(Wニッコール35mm F2.5付属)であった。
個人的には、このカメラは1994年の暮れに手に入れた。当時地方を専門に飛んでいた航空会社の機内誌取材で、宮崎市にオープンしたばかりの大型室内プール「オーシャンドーム」を撮影するためであった。選んだカラーはモスグリーン。用意したレンズは付属するWニッコール35mm F2.5の1本のみ。今思えば、後先のことや減価償却のことなどさほど考えずにたった一回の撮影のために購入したのは、弾けた後とはいえ個人的にはまだまだバブルを少なからず引きずっていたのである。
プールは規模の大きさに加えサーフィンができるほどの波を起こすことでも知られていたが、その波をプールの中から狙ってみようと目論んだのである。実際、結果は上々でプールサイドからは決して撮れない思惑どおりの写真が撮れ、クライアントに喜ばれたことを今でも覚えている。その後は、当時趣味としていた釣りに持っていったり、雪や雨のなかでの撮影で使ったりしたが、次第に使用頻度が少なくなり、他に必要に迫れるカメラがあったためその下取りに出してしまった。今考えれば勿体ないことをしたなと思っている。
再びニコノスVを手に入れたのが10年ほど前のこと。最初にニコノス用の陸上専用レンズ「LWニッコール28mm F2.8」を海外のオークションサイトで入手し、どうしてもカメラ本体が欲しくなったという本末転倒な理由からだ。馴染みの中古カメラ店に並んでいた1台を安く購入したのだが、前述のとおり選べたカラーはやはりオレンジ。今回掲載した写真のニコノスもその個体だ。
ちなみに「ニコノスV」のファインダーには28mmに対応するフレームは入っていないが、見える範囲いっぱいいっぱいがほぼ28mmに相当する画角なので、撮影に関して基本不足を感じるようなことはない。
陸上での話となるが、あらためてこのカメラを使用すると、撮影に必要な最小限の機能がシンプルにまとまりとても使いやすく感じる。ピントは目測であるものの、少し絞り込めば問題になることないし、何よりフィルムなので若干のピントの甘さは気になるようなこともない。また、眼鏡をしていてもファインダーの隅々まですっきりと見えるのもこのカメラのよいところである。
今更ながらであるが、このスタイルを踏襲したデジタルカメラが出ても面白そうに思えたし、何より"ニコノス"銘の復活はニコンファンとしてうれしく思えるのだが、いかがだろうか。
大浦タケシ|プロフィール
宮崎県都城市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌カメラマン、デザイン企画会社を経てフォトグラファーとして独立。以後、カメラ誌をはじめとする紙媒体やWeb媒体、商業印刷物、セミナーなど多方面で活動を行う。
公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。
一般社団法人日本自然科学写真協会(SSP)会員。