ワインダーの流行

電動モーターによるフィルム巻き上げを可能とするモータードライブは、ニコンFやF2などのフラッグシップ機のアクセサリーとして定着していたが、1970年代の半ばになるとそれを簡易化した自動巻き上げ装置が「ワインダー」という名称で中級一眼レフのアクセサリーとしても供給されるようになった。普及のきっかけは1976年のキヤノンAE-1で、「連写一眼」というキャッチコピーで盛んにTVCMを流していた。ちなみに連続撮影を「連写」と呼ぶのは、このときのキヤノンの造語である。

実はニコンでもニコマートELにワインダーを装着する機能を盛り込むことを早くから企画しており、実際に商品として世に出たのがニコマートELWである。発売はキヤノンAE-1より2か月早い1976年2月のことであった。

スクエア型シャッターと自動巻き上げ

スクエア型のフォーカルプレンシャッターを備えたカメラの自動巻き上げは、ドラム型のものとかなりおもむきが違い、そう簡単には行かない。ドラム型の場合は巻き上げスプール軸あるいはスプロケット軸のカップリングがカメラ底部にあって、モータードライブあるいはワインダーでこれをひたすら一方向に回転すればよい。もっとも巻き上げを終えて回転軸にかかっているトルク(巻き上げ力)をゆるめてやらないとシャッターレリーズができないので、そのためのちょっとした工夫が必要だ。ニコンFやF2のモータードライブではそのために複雑な形状の面カムを使っている。

それに対してスクエア型フォーカルプレンシャッターを使うカメラでは、巻き上げを終えたら軸を巻き上げ前の位置まで戻してやらなくてはならない。これはシャッターの駆動スプリングをチャージする関係上の必要で、多くのこの種のカメラで小刻み巻き上げができない理由の一つとなっている。つまり、モータードライブやワインダーの側からみればスプールやスプロケットではなく巻き上げレバーそのものを駆動して巻き上げ後、最初の位置まで戻すような構成が必要なのである。

ニコマートELWを前から見たところではニコマートELとほぼ同一の外観だが、シャッターボタン周囲の電源スイッチレバーの部分のみが異なる

ワインダーとモータードライブ

ニコマートELWには、カメラ底部にオートワインダーAW-1からの回転力を伝達するためのカップリングと電気接点が設けられている。接点はボディ側から撮影終了の信号をワインダーに送り、巻き上げをスタートさせるためのもので、シャッターレリーズはボディ側で行う。ニコンFやF2のモータードライブではモータードライブ側からカメラ底面の突き棒を押してレリーズするので、そこが異なるわけだ。ただ、これがワインダーとモータードライブの違いというわけではない。後年のニコンEM用のMD-EやMD-14などもカメラ側でレリーズする形式なのにモータードライブと称しており、他社のものも含めて何がワインダーで何がモータードライブなのかは、明確な定義はないようである。

オートワインダーAW-1側の駆動軸は常にスプリングで原点位置に戻るような力が加えられており、巻き上げが終了すると駆動力が解除されて元に戻るような仕掛けになっている。こうやってスクエア型フォーカルプレンシャッター特有の問題を解決しており、後年のニコンFM/FEシリーズ用のモータードライブMD-12などにもこの仕組みが使われている。

従って、このAW-1やMD-12などは1コマの巻き上げ終了後に駆動力が外れて元に戻る音がカチンカチンとけっこう大きく聞こえ、独特の巻き上げ音となっていた。

ニコマートEL(下)とニコマートELW(上)の底面比較。ELWでは左方に巻き上げカップリングと右方に電気接点が追加されている。電気接点はボディ側からワインダー側に撮影終了の信号を伝える

電源スイッチ

ニコマートELの電源スイッチは、それまでのニコマートFTやFTnのものを引き継いでレバースイッチとなっていた。つまり巻き上げレバーの準備角まで引き出すことでスイッチオンとなり、同時にシャッターボタンのロックが外れるというものだ。しかし、ニコマートELWでオートワインダーAW-1を装着すると巻き上げレバーを操作することがなくなる。そうなると電源スイッチオンで引き出された巻き上げレバーが邪魔な存在となるのだ。

そこで、ニコマートELWではシャッターボタンの周囲に電源スイッチのレバーを設け、巻き上げレバーを引っ込めた状態でもこのレバーで電源をオンにすることができるようにした。もちろんシャッターボタンのロック解除もこれに連動している。これは同じくAW-1を使うニコンEL2にも引き継がれている。ただ、レバースイッチは電源スイッチの状態が一目でわかるので切り忘れ防止の効果があったのだが、このシャッターボタン周囲のレバー追加によって、その効果は薄れた。

ニコマートELWではシャッターボタン周囲に電源スイッチのレバーが追加された。レバースイッチの他に、このレバーでも電源のオンオフとシャッターボタンのロック解除ができる。電源オン時に巻き上げレバーが突出して邪魔になることは回避できるのだが、その代わり電源切り忘れのリスクが増えた

FRE

ニコマートELの項で書き漏らしたが、実はこのシリーズではもう一つ画期的な新技術を盛り込んでいた。それは電子回路に絞り値やフィルム感度の情報を導入する可変抵抗器についてである。

それまでの露出計連動機では、「マイラー抵抗」と呼ばれるポリエステルのフィルムにカーボンの抵抗体を塗布したものを使用していた。細長いマイラー抵抗を絞りやシャッター速度に連動して回転するリングの円筒面に貼り付け、他のリングに設けたブラシで抵抗体の表面をこすることにより、抵抗値の形で情報を導入するのだ。ただ、この可変抵抗器の信頼性が悪く、接触不良による電流計の針飛びのような事故が頻発した。

ニコマートELのときに、この問題を抜本的に改善すべくニコンは「FRE」という可変抵抗器を開発したのだ。円板型のガラス基板に金属系の抵抗体薄膜を真空蒸着の技術で形成し、その抵抗体の周囲に細かな電極を引き出してその電極上を細い金線のブラシでこするのである。ニコマートELとELWの場合は回路の都合上3桁もの広範囲な抵抗値を実現する必要があったため、抵抗率の異なる何種類かの材料を用い、かつ高抵抗の部分は抵抗体のパターンを蛇行させて長さを稼いでいた。「FRE」というのは"Functional Resistor Element"の略である。

このFREの採用で可変抵抗の大幅な信頼性向上が図られた。そしてニコンの他の製品、ニコンF2フォトミックSBやニコンFM、FEなどにもこのFREが採用されている。その後デジタル制御の時代になって可変抵抗を使わなくなり、このFREも役目を終えることになった。

ニコマートELとELWのFRE。ガラス基板に抵抗体と引き出し電極を形成し、引き出し電極上をブラシでこする。高抵抗側は抵抗体の長さを稼ぐために蛇行パターンとなっている

AW-1のネームプレート

最後にちょっとしたエピソードを一つ。オートワインダーAW-1の前面にネームプレートがあるのだが、その位置と形状になにか違和感を覚えないだろうか?縦型でしかも前面中央にあるわけでもなくカメラに装着したときのレンズの光軸からもズレた半端な位置にある。実はこれ、ボロ隠しなのである。この位置に駆動用のモーターが縦に入っているのだが、配置上どうしても前方に出っ張ってしまう。その対策としてワインダー外郭の一部を破って、そこをネームプレートで蓋をしているのだ。

オートワインダーAW-1のネームプレート。実は駆動用のモーターを収納するためのボロ隠しになっている

豊田堅二|プロフィール
1947年東京生まれ。30年余(株)ニコンに勤務し一眼レフの設計や電子画像関連の業務に従事した。その後日本大学芸術学部写真学科の非常勤講師として2021年まで教壇に立つ。現在の役職は日本写真学会 フェロー・監事、日本オプトメカトロニクス協会 協力委員、日本カメラ博物館「日本の歴史的カメラ」審査員。著書は「とよけん先生のカメラメカニズム講座(日本カメラ社)」、「ニコンファミリーの従姉妹たち(朝日ソノラマ)」など多数。