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コンパクト一眼レフのもう一つのライン

1977年のAi化の目玉商品として出されたニコンFMはマニュアルの露出計連動機だったが、当時のカメラ市場では一眼レフのTTL-AE化が急速に進んでいた。当然FMと同じようにコンパクトなTTL-AE機の登場が期待される。その期待に応えて1978年に発売されたのが、ニコンFEであった。一見、単にニコンFMに自動露出を組み込んだだけのものに見えるが、実際にはけっこうコンセプトの面で違いがある。

SPDを用いた測光回路とその挑戦的な実装

ニコンEL2の項で書いたように、ニコンFEの測光とシャッター制御用のICは、ニコンEL2のものと共通である。というよりも、FE用に開発していたICを先行してEL2に使用したという方が正しいだろう。ただ、違いは電源電圧で、FEではSR44の銀電池2個、3ボルトで駆動している。大型の4SR44を使わずに済んだためEL2のようにトリッキーな舌下錠形式にする必要もなくなり、これも小型化に寄与している。

ICパッケージはフラットパッケージ、すなわち「カニ」で、EL2と同様にペンタプリズムの屋根の部分に設けたフレキシブルプリント板(FPC)上に実装している。FPCの使用はEL2と同じだが、FEではその使用方法にも習熟し、回路実装としてはかなり進歩している。さらにこのカメラでは挑戦的なことをやったのだ。開発にあたって知り合いの生産技術の担当者と打ち合わせた際に、その担当者が「すべての電子部品からリード線をなくそう」と言ったのだ。それに設計担当者として賛成し、その方向で実装設計を行ったのである。

具体的には抵抗器やコンデンサーとしてすべてチップ型のものを使い、それをリフローソルダリングでFPCに実装する、後に「表面実装」とよばれる方法を先取りしたわけである。リフローソルダリングというのはペースト状の半田をFPCの導体面にスクリーン印刷で塗布し、それにチップ部品を載せてベルト炉を通す。すると半田が溶けて部品が固定されるというものだ。くだんの生産技術担当者はさっそく実験用のベルト炉を購入し、実験を重ねてデータをとり、FEの量産に適用した。

幻のブーメランパッケージ

実を言うとニコンFEの電子回路実装については、もう1つ大きな冒険を試みている。以前にも書いた通り、SPDやGPDの光電流は非常に微小なので、電極間に汚れが付着したりすると絶縁が低下して光電流のリークが生じる。そのため受光素子の2つの端子からICの入力端子に至る配線は、できれば外気にさらしたくない。

そこで、受光素子の端子をリード線やFPCの配線パターンを介さず、直接ICパッケージに接続してしまえばよいのではないかと考えた。ICパッケージのメーカーに頼んで特注のパッケージを試作してもらい、それに受光素子を装着することを試みたのだ。つまり、測光回路のパッケージを延長した部分に受光素子を取り付ける。受光素子の端子とICチップの間の配線は、パッケージの積層セラミックの中を這っていくので直接外気には触れない。

ニコンFMなどでは、ファインダー接眼レンズの両サイドに2個の受光素子を配置していたのだが、このパッケージ直結方式は2個ではやりにくいので、接眼レンズ上に1個ということにした。パッケージは接眼レンズ上の受光部から角型の接眼レンズを迂回して横に垂れ下がる形にして、その部分にICチップを入れる。ちょうどブーメランのような形のパッケージになった。

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ブーメランパッケージの試作品(左は寸法比較のためのマイクロSDカード)。上部の段差部分にSPDを取り付け、右下の凹部にICチップを実装する

ところが、思わぬ問題が生じたのである。Ai化によってレンズの絞りリングに直読用の絞り目盛りが設けられたので、FEにもその絞り目盛りを読み取ってファインダー内に導くための窓がネームプレート下に設けられた。その窓からの外光が、接眼レンズ上の受光素子を直撃して測光誤差を引き起こしてしまうのだ。結局ブーメランパッケージの使用は断念し、ニコンFMと同じ接眼部左右に2個の受光素子を置く形式に改めた。こうしてブーメランパッケージは幻となってしまったが、受光素子直結型のICパッケージの考え方は、後年のニコンF3に生かされている。

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ネームプレート下部に設けられたファインダー内絞り表示用の窓。ここからの光が原因でブーメランパッケージが実現できなかった

ニコンFMとの相違点

ニコンFEは、単純にニコンFMのボディに電子制御のシャッターを組み込み、AE化しただけの機種とも思えるが、細かい点でけっこう相違点がある。実を言うと、この2機種では設計グループのリーダーが異なり、そのリーダーの思想の違いが随所に表れているのだ。

外観上すぐにわかるのはペンタプリズム部の形状であろう。FMは前面の三角形の部分が小さく鋭角的であるのに対し、FEでは面積が広くなり柔らかな感じになっている。これには直読式の絞り表示のために前にせり出したネームプレート部を、すこしでも手前に引っ込めたいという意図も働いている。そのため絞りリング上の目盛りをより浅い角度で見るようになり、読み取り光学系も変更している。

FEからはファインダースクリーンの交換が可能になった。F一桁機のようにペンタプリズム部が外れないので、レンズを外した状態でレンズマウント側から交換するのである。この方式自体は1960年ごろからあり、新しいものではないのだが、スプリットマイクロマットや全面マットなど、ファインダースクリーンの多様化に応じて他社の一眼レフでも採用し始めたので、それに呼応したものだ。

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ファインダースクリーンの交換は、このようにレンズマウント側から付属のピンセットを使って行う。標準のスプリットマイクロマットのスクリーンの他に全面マットと方眼マットのものが用意された

AE関連の機能はニコマートELからの流れを汲んでいる。ファインダー内の露出表示は電流計を用いた。マニュアル撮影時に追針式の露出計連動となる点もEL系の伝統である。電源スイッチは、ニコマートFT以来巻き上げレバーの準備角でオンオフするレバースイッチを採用しているが、電子制御シャッター機では電源をオンにしないと撮影できないので、レバースイッチがシャッターボタンロックを兼ねるようになった。FEでもその構成を踏襲している。シャッターボタンロックを別に設けていたFMも後に同じ形式となったのは、前回記した通りである。多重露出のレバーは巻き上げレバー軸と同軸のものになり、これもFMが設計変更で共通化している。

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巻き上げレバーと同軸に多重露出レバーが設けられている。フィルムカウンター横の小レバーを背面方向に引きながら巻き上げレバーを操作すると、フィルムは送られずシャッターチャージのみが行われる
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こちらは初期のニコンFMの多重露出レバー。シャッターダイヤルの手前にあるボタンを左方向にスライドさせながら巻き上げレバーを操作する。後にFEと同じ方式に改められた