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一眼レフの小型化

1972年のオリンパスM-1(のちのOM-1)の発表は、カメラ業界に少なからず衝撃を与えた。それまでTTL測光だとかTTL-AE、エレクトロニクスの導入などで肥大化していた35mm判一眼レフが、一挙に驚くほどコンパクトになったのだ。そこで他のメーカーも、一眼レフのコンパクト化に一斉に舵を切ったのである。ペンタックスはME、MXのMシリーズに移行し、キヤノンはAE-1でコンパクト化を果たした。ニコンでもその例にもれず、中級機のニコマート系列をコンパクト化したような新たな製品ラインをスタートさせた。その最初のモデルがニコンFMだったのである。その発売が1977年のAi化と重なり、ちょうどAi化による新生ニコンのスタートを象徴するような存在になった。

コパルの新型シャッター

このニコンFMの小型化に際して、大きな役割を担ったのがコパルCCS-Mというユニット型フォーカルプレンシャッターである。ニコマートFTnなどで使われていたコパルスクエアSの構成を、さらに先幕5枚後幕3枚と幕の分割数を増やして大幅に小型化したのだ。機械制御のタイプがCCS-Mで、電磁制御タイプのCCS-Eは翌年に発売されたニコンFEに用いられている。

このコパルCCS-MはコパルスクエアSと同様に、シャッター速度設定用の軸が前後方向の回転軸になっており、そのままではシャッターダイヤルをカメラボディ前面に配置する形となる。それを回避するためにニコマートFT系ではレンズマウント周囲にシャッターダイヤルを設け、レンズシャッターと同様な使い勝手にしたのだが、このニコンFMでは通常のフォーカルプレンシャッター機のようにカメラボディ上面にシャッターダイヤルをもってきた。そのためにシャッターダイヤルの回転をそれと直角の方向の回転に変換し、シャッターユニットに導くような機構が必要になるが、それに滑車と糸を用いている。露出計の連動機構などに糸を用いた例は古くからあるが、シャッターダイヤルの回転方向の変換に用いたのは、おそらくこのカメラが初めてであろう。

ニコンFMでは、シャッターダイヤルの動きを、それと直角方向のシャッター速度変更軸に伝えるのに糸と滑車を用いている(学研プラス「ニコンコンプリートファイル」より引用)

LED表示の露出計連動

TTLの露出計は電流計を廃し、LED表示とした。さらに受光素子はGPD(ガリウム・ヒ素・リンフォトダイオード)とし、連動のための可変抵抗もニコマートELで開発した金属薄膜抵抗素子「FRE」を使用と、連動露出計周りはニコマートFT系にくらべだいぶグレードアップしている。

露出計回路のICはニコンF2フォトミックSBやフォトミックASに用いたものを流用した。F2の方は受光素子がSPDだが、SPDとGPDの間ではほぼ完全な互換性があるので問題ない。ただ、ICチップを収めるパッケージの面で問題が生じた。F2系の方ではフラットパッケージというセラミック製の薄い四角形の箱の2辺からリード線を出した形のパッケージ(「カニ」というニックネームで呼んでいた)を使っていたのだが、ニコンFMではTO-5という金属製の缶パッケージ(同じく「タコ」と呼んでいた)に変わった。生じた問題というのは、これらの足(リード線)の数だ。

ICパッケージの足は、チップへの電源の供給、信号の入出力や外付けの電子部品との接続などの役目を果たしている。ところがパッケージによって足の数に制限があるので、回路設計を工夫してその制限を超えないようにしなくてはならない。F2系の場合はカニの足が16本あるのでなんとか収まったのだが、FM用のタコの場合は12本足で1本不足してしまった。FMもカニを使えばよいのだが、回路を収めるスペースやコストの問題があって難しい。そこでハタと思いついたのがタコ、つまりTO-5パッケージの外郭が金属であることだ。さっそくICのメーカーと相談してパッケージの外郭を13本目の足にしてもらった。プリント板に実装する際に、小さな円柱状の金属部品でパッケージの外郭とプリント板のパターンを接続している。今考えるとけっこうイレギュラーなことをしたものだが、特に問題を起こすことはなかった。

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ICのフラットパッケージの例(ニコンのカメラに用いられているものとは違う)。実装するときには周囲のフレームをカットし、「カニ」の足を曲げてプリント基板に半田付けする
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TO-5と呼ばれる金属パッケージの例(ニコンFMに用いられているものとは違う)。フラットパッケージに比べて省スペースになるが、その分「足」の数は少ない

自動組み立てとVE

ニコンFMでは自動組み立てを導入した。そのためにミラーボックスの構造が変わっている。それまでのニコマート系では前板と一体になったミラーボックスをダイカストで造り、その側面や底面にレバーやスプリングなどの部品を取り付けて組み立てたのだが、FMではミラーボックスの左右の壁と底板をそれぞれ板金で構成し、部品を組み込んだ上で板を組み合わせて箱型にする方式に変更した。こうすることにより自動組み立てがやりやすくなるのだ。

加えて発売後にもニコンFMにはVEを適用した。VEというのは「バリュー・エンジニアリング」の略で、部品や部組品の機能を分析し、その機能の価値に見合ったコストをかけるという手法で、結果としてコストダウンにつながる。この手法で種々の設計変更を行ったため、ニコンFMには様々なバリエーションが存在することになった。外観からわかるものでも、巻き戻しノブのローレット、シャッターボタンのロック、多重露出の操作部材など多くの変更がなされた。

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外観からわかる変更箇所の例。初期のモデル(写真手前)にはシャッターボタン周囲のリングの回転でボタンのロックをする形式だったのでリングにローレットが切ってある。これは後にニコンFEとの共通化もあって巻き上げレバーの準備角でロックするものに変更され、写真奥のようにローレットのないものに変更された
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もう一つの変更箇所の例は巻き戻しノブである。初期のもの(写真左)はローレットが切ってあったが、後に廃止された(写真右)

モータードライブ

ニコンFMには付属品としてモータードライブが用意された。ニコマートELWやニコンEL2用のワインダーAW-1と異なり、3.2コマ/秒の連続撮影も可能な本格的なものだ。ただニコマートELWの項で述べたようにスクエア型のフォーカルプレンシャッターを使っているため、フィルムを巻きあげるたびに巻き上げ軸を初期位置まで戻さなくてはならない。そのためAW-1と類似した機構を用いており、独特の巻き上げ音がする。

1977年のニコンFMと同時に発売されたモータードライブはMD-11だったが、2年後の1979年にはMD-12に置き換わった。改良された点は2つあり、その1つは電源スイッチがボタン半押しでオンになり、タイマーでオフになる形式になったこと、もう1つは1コマ撮り時にモータードライブのボタンから指を離さなくても巻き上げがスタートする点である。なお、これらのモータードライブは、その後に登場したニコンFE、FM2、FAなどにも使用可能になっている。

豊田堅二|プロフィール
1947年東京生まれ。30年余(株)ニコンに勤務し一眼レフの設計や電子画像関連の業務に従事した。その後日本大学芸術学部写真学科の非常勤講師として2021年まで教壇に立つ。現在の役職は日本写真学会 フェロー・監事、日本オプトメカトロニクス協会 協力委員、日本カメラ博物館「日本の歴史的カメラ」審査員。著書は「とよけん先生のカメラメカニズム講座(日本カメラ社)」、「ニコンファミリーの従姉妹たち(朝日ソノラマ)」など多数。