新たな受光素子

1970年代に入って、露出計のための受光素子に新顔が登場した。SPD(シリコン・フォトダイオード)である。当初はSBC(シリコン・ブルーセル)とかSPC(シリコン・フォトセル)と呼ばれたこともある。トランジスタやモノリシックICの技術を応用して造られた光起電素子だ。

カメラの露出制御用SPDは、黒色のセラミック製パッケージに封入して供給された。前面に青色のフィルターを貼り付けて分光感度を補正している。中央の長方形の部分が受光面となる

光起電素子としては露出計の受光素子としてセレン光電池が使われたこともあったが、それに比べてSPDははるかに優秀な特性を示す。ただ、シリコンの単結晶を使う関係で受光部の面積の大きいものはできなかった。当時はすでにTTL測光が当たり前であったので、小面積の受光部はむしろ好都合だったのだが、問題は出力電流が極端に小さくなることだ。出力の光電流は受光部の面積に比例する。SPDの1~2mm角程度の面積で、なおかつTTL測光のため一段と暗くなり、暗いところではピコアンペアオーダーの光電流となった。ピコアンペアというのは、10のマイナス12乗アンペアである。それまでTTLの受光素子として使われていたCdSなら暗くてもマイクロアンペアオーダーの光電流が得られていたので、その百万分の一程度の電流で、細心の注意を払って電流を取り出さないと、ノイズに埋もれてどこかに行ってしまうレベルのものだ。

ただ、CdSのように応答が遅かったり履歴現象があったりという問題はなく、非常に素直な特性の受光素子である。ニコンではこのSPDを、まずは1976年発売のニコンF2フォトミックSBで使うことにした。

銀電池で動くオペアンプ

SPDの極小の光電流を精度よく取り出すには、素子に電圧をかけずに電流だけ取り出すオペアンプ(operational amplifier:演算増幅器)を使うのがよい。オペアンプとは何かについての説明は省略するが、要は非常に精度の良い高級増幅器ということだ。高級オーディオのアンプにも使われているので、ご存じの方も多いだろう。ただ、市販のオペアンプは一般にプラスマイナス15ボルトの電源を必要とする。到底カメラの測光回路に使えるものではなかった。現在でこそリチウムイオンの2次電池の使用が当たり前になってカメラでもアンペアオーダーの電流が無理なく取り出せるような環境になっているが、当時のボタン型の電池では電圧も電流も非常に厳しい状況だったのだ。

1972年発売のニコマートEL以降、カメラに用いられるエレクトロニクスの技術は大きく進歩した。ICの集積度も大幅に上がり、入力インピーダンスの高いMOSトランジスタを使うこともできるようになった。そこで半導体メーカーの三菱電機と協力して銀電池2個の電源で動くオペアンプの開発に挑戦したのだ。そしてなんとか3ボルトの単一電源で動作するオペアンプの実現に成功した。このオペアンプの基本構成は、ニコンF2フォトミックSBだけでなく、その後のニコンの露出制御回路に広く応用されている。

LED表示とFREの使用

露出計の表示はニコンF2フォトミックSと同じくLEDを使用しているが、フォトミックSが市販のLEDを使っていたのに対して、フォトミックSBでは専用のLEDを開発した。フォトミックSでは露出オーバーを示すLEDと露出アンダーを示すLEDの2個のLEDを用い、それぞれ"+"と"-"の文字を背後から照明してファインダー内に見せる形式だった。フォトミックSBでは3個の発光部を1つのパッケージに封入したLEDを用い、LED自身が"+"、"〇"、"-"の文字の形に発光するものになり、隣り合う2個の同時点灯も含めて5段階の露出表示としたのだ。つまり1Ev以上オーバーなら"+"のみ点灯、適正と1Evオーバーの間なら"+"と"〇"の2つのLEDが点灯、適正露出の場合は"〇"のみが点灯、適正と1Evアンダーの間なら"〇"と"-"の2つが点灯、1Ev以上アンダーなら"-"のみが点灯と、都合 5段階の露出状態を3個のLEDで表示するわけだ。

この表示方法は、その後ニコンFM、FM2、ニューFM2へと受け継がれた。実を言うと、このニコンF2フォトミックSBとニコンFMとでは同じICチップを使っているのである。

露出計回路へのシャッター速度や絞り値、フィルム感度の導入にはニコマートELで開発したFRE(Functional Resistor Element)を使っている。ただ、回路の工夫によりニコマートELのように広範囲に抵抗値が変化する必要がなくなり、FREの抵抗体パターンもシンプルなものになっている。

アイピースシャッター

ニコンとしては初めてこのカメラにアイピースシャッターが搭載された。TTL測光なのでファインダー接眼部からの逆入射光で測光結果に誤差が出ることがあるので、それを防ぐためのものだ。通常露出を合わせるときにはファインダー内の表示を見ながら行い、ファインダーを覗く目で逆入射光がブロックされるので問題ない。このアイピースシャッターが効果を発揮するのは、むしろEEコントロールユニットを装着して自動露出としたときであろう。例えば三脚に据えてファインダーから目を離して撮影する際など、往々にして逆入射光をブロックする必要が生じるのだ。なお、EEコントロールユニットは、フォトミックS用のものがそのまま使えた。

ニコンとしては初めてのアイピースシャッターが内蔵された。開閉はファインダー接眼部左上のレバーで行う

ただ、前述のように表示の3個のLEDを1つのパッケージにまとめた関係で、フォトミックSファインダーのように同じLEDをカメラ上面から観察できるようにすることができなくなった。そこでこのフォトミックSBでは外部表示用のLEDを1個追加し、アイピースシャッターを閉じたときは露出が適正の場合のみこのLEDが光るようにした。

上面には外部表示用のLEDが設けられ、適正露出のときのみ点灯する。この表示はアイピースシャッターを閉じたときに有効になる

エレクトロニクスをフルに活用した最高級機

前機種のニコンF2フォトミックSは、ライバルのキヤノンF-1に対抗するために急いで開発した感があったが、このニコンF2フォトミックSBはSPD、オペアンプを活用したモノリシックIC、特注のLED、独自開発のFREと、当時の最先端のエレクトロニクスをフルに活用して高性能化し、かつコンパクト化を実現したニコンの最高級機となった。しかし、その活躍期間は短かった。1977年のAi化という一大事業のため、発売後わずか9か月で次機種ニコンF2フォトミックASにバトンを渡すことになるのである。

豊田堅二|プロフィール
1947年東京生まれ。30年余(株)ニコンに勤務し一眼レフの設計や電子画像関連の業務に従事した。その後日本大学芸術学部写真学科の非常勤講師として2021年まで教壇に立つ。現在の役職は日本写真学会 フェロー・監事、日本オプトメカトロニクス協会 協力委員、日本カメラ博物館「日本の歴史的カメラ」審査員。著書は「とよけん先生のカメラメカニズム講座(日本カメラ社)」、「ニコンファミリーの従姉妹たち(朝日ソノラマ)」など多数。