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ロンドンでABBAのアバターライブ、ABBA Voyageを体験してきた。このアバターはABBAのアバターなのでABBAtarsと言うそうだ。ここでの体験は圧巻としか言いようがなく、アバターライブという言葉は全くふさわしくない。はじめてバーチャルがリアルを超えた瞬間に立ち会った気がする。

筆者はアバターライブとか、ホログラムライブのような高臨場感系のビジュアルエンタメものは、横浜のDMMのシアター、ソウルのSMエンターテインメント、NTTのkirariなど、これまでも数多く体験をしてきた。ABBA Voyageはこれらの集大成であり、それを完全に超えた。

やはりこれは先に映像を見ていただくのが早いので、リンクをさせていただく。

ABBAは活動休止して40年以上が経過し、既にメンバー全員が70歳を超えている。今回のライブの制作プロセスとしては、最初に現在の彼らにモーションキャプチャのためのボディスーツを着用してパフォーマンスを行ってもらう。当然ながら当時のような「キレ」がないので、別のダンサー、いわゆるボディダブル(代役)に同じダンスをしてもらい、必要に応じて本人たちのキャプチャデータを修正したそうだ。この作業は160台のカメラで5週間かけて、全20曲分のデータをキャプチャーしたという超本格的なものだ。これらはメイキング映像として公開されている。

ABBA Voyageは、インカメラVFX技術をライブに持ち込んだものだ。 我々が見ているのは背景にある6500万ピクセルのROE社製のLEDウォールに表示される2Dの映像である。表示されている映像はインカメラVFXと同じで、最背景のCGと実際の人物の生カメ映像ではなくABBAtarsを手前に配置した状態でUnrealでレンダリングをしている。

編集部註:ABBA Voyageの表示技術の解説について、誤りがありました。初出時にペッパーゴーストと紹介しましたが、インカメラVFX技術をライブに持ち込んだものに訂正いたします。(2024年11月5日追記)

筆者はダンスフロアという座席がないエリアで、ステージから5m位のセンターで体験していたが、かなり近くでみても本物の人間にしか見えない。むしろ10人いるバンドとコーラスはリアルな人間なのだが、そちらの方がアバターに見えてしまうくらいなのだ。

リアルとバーチャルをつなぐ鍵は照明にあり

一番のポイントは照明である。現場には500台のムービングスポットが設置されていて、観客側に対しても光を放つ。このとき同時に背景のLEDウォールにも映像としてムービングが表示される。これらは完全に同期している。さらにABBAtarsの映像も、ライトが当たっている映像として表示されるのだ。

ムービングライト以外でも、固定されたスリット状の光がLEDウォールとつながっているように設置されているので、どこからがリアルでどこからがバーチャル(映像)なのかは、かなり詳しい人でないと気が付かないし、そのことを意識させない。

さらにレーザー光線も効果的に使用される。これは物理的に観客のすぐ近くまで一直線に到達するので、さらに両者を同化させることに大きく貢献している。仏教の「善の綱」のようなものかもしれない。こうした演出やエフェクトは、ジョージ・ルーカスのILMが担当している。

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オープニングではメンバーがせり上がりで登場。リアルな照明は使っておらず、照明はすべ背景のビデオウォールの映像。メンバーの髪のエッジ部分の光に注目
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500台のムービングライト
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放射線状の白い光をよく見ると、LEDウォールの映像と、リアルな細長いLED照明が両方あることがわかる
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4カット連続で見ていくと極めて繊細な光の調整をしていることがわかる。特にマイクスタンドの反射に注目
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階段部分はリアルな照明
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マイススタンドの反射が徐々に小さく暗くなっていく
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完全にスクリーンに投影されたABBAtarsだけになった状態

32Kくらいまでは必要

リアルなライブコンサートでは、アーティストをカメラ撮影してステージ上の大型ビジョンに抜きの映像として表示する事が多い。今回もそれを同じ演出が行われていたのだが、ステージ上のABBAtarsが超高精細でリアルであるのに対して、背景のLEDビジョンの解像度は8K相当くらいで、そこに上下いっぱいにメンバーの全身や顔のアップが映し出されると、なんだかぼやけて見えてしまうのだ。ここは4倍の32Kくらいの解像度が必要なように感じる。

放送でもネット配信でも、家の視聴環境で32Kは流石に不要だと思うが、こういった場面では32Kは必要だろうということがわかる。逆に言うとそれ以上は人間の大きさや、それに伴う体験空間の大きさから逆算して、32Kくらいが上限値のように感じた。

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このときの抜きの映像は、解像度が足りなくて実際に見ると他と比べて明らかにぼけている

ただしこのケースで言うと、仮に32Kにしたとすると、今度はクリアすぎるために実際には存在し得ない巨大な人間に見えてしまい、逆に違和感が増してしまう可能性もある。このあたりは誰も試したことがない領域である。

アバターが前後方向に動けない

ABBAtarsの表示方式とその物理的配置の関係で、前後方向の移動が難しい。現状の構成だと、左右方向は自由だが、前後方向は表示する大きさを可変することで表現するくらいしかできない。これはあまりにも映像がリアルなために、大きさを変えるだけではLEDウォールが固定されていることがすぐに分かってしまうのだ。左右方向であっても舞台袖まではABBAtarsは来てくれないのだ。

これを解決するのはLEDウォールを可動させる必要があるのだが、これは相当難易度が高くなることは容易に想像できる。

このことはだんだんと不自然な感じを受けるようになる。そのため演出はこの対応として、20曲のセットリストのうち何曲かはABBAtarsを登場させず、背景のLEDウォールに完パケのMVを表示して回避している。

これは致し方ないのだが、明らかに作り物を見せられている印象になってしまい、オーディエンスの盛り上がりも確実に落ちていた。現実的な解決策は、システムをリニアに移動させるのではなく、楽曲ごとに2,3セットを用意しておくというところだろう。もちろん制作予算次第ということになる。

なおABBA Voyageの総製作費は、建設費も含めて260億円とのことだ。これは専用の会場だから実現できることであり、それだからこそ会場建築費が加算される。それはコロッセオのセリーヌ・ディオンも、シルク・ド・ソレイユもまさにそういうことだ。

もう一つ本当に凄いのは、すべての演出があまりにも自然で、とにかく作り物感がまったくない点だ。技術を知らない人には何がすごいかわからないのではないだろうか。エンタメにおいては技術がすごいかどうかは関係ない話であって、体験として感動するとか心が揺さぶられるという部分だけが重要なのである。ものすごい技術の集大成である関わらず、それをひけらかすようなことが一切ない。

ネタバレ注意な話

ネタバレになるが実際に起きたことを書いておく。私のすすめで体験をされた方がいる。その人とあとで話したときに「最後に現在の本人たちが登場する演出が洒落ていますね」と言われた。この方はエンタメのプロフェッショナルの方なのだが見事に騙されているのだ。最後に登場したのもABBAtarsなのである。それくらい完璧なエンターテインメントなのだ。

もう一人、別の方の話も参考になる。私が体験することを強くお勧めした、この領域で誰でも知っている技術の最先端で関わっておられる某社のVIPの方から送られてきたメールを一部抜粋する。

「行ってまいりました。アドバイス通りに一番前のダンスホールで。いやいや、鳥肌立ちました。現在のデジタル技術と舞台演出を備えた最高の舞台ではないでしょうか。感激しました。勝手な感想を言いますと、今後のコンサート演出やカメラワークのフォーマットを提案されているような気がしました。3D空間で視点やオブジェクトを動かしているのでもちろん見え方は自由ですし、過去のアーティストを使って現代に蘇らせるという点でも従来方式よりも一段と精巧に再現されていたと思います。いやー刺激を受けた体験でした。」

類似のものとして捉えられがちなラスベガスの巨大ドームSphereとABBA Voyageは全く異なる体験である。Sphereは巨大なドーム映像によって高臨場感の映像体験をするもので、かなり乱暴に言うとすごい映画館である。一方のABBA Voyageはひたすらすごい体験なのだ。Sphereの体験者が異口同音に言うのは、完パケは確かにすごいけれど2回「視聴」しようとは思わないと。同じSphereでU2のライブを「体験」した人はそういうことは言わない。

日本にも極めて先進的な事例がある。見え方は全く異なるが、先日NTTがIOWNのプロモーションでPerfumeとコラボレーションした「IMA IMA IMA」も体験型である。これらはリアルを超えたもので、リアルでできないことを実現することで、新たな感動と価値を生むことに初めて成功したと思う。近い将来、これらが一体化したエンタメが生まれるのは間違いないだろう。

ABBA VoyageはXRに関わる人はもちろん、すべての映像関係者はぜひとも体験していただきたいと思う。いまなら渡航方法さえ選べば(たとえばソウル発の中国エアライン)、ロンドンまで7万円ほどで行くことができることも書き添えておく。

WRITER PROFILE

江口靖二

江口靖二

放送からネットまでを領域とするデジタルメディアコンサルタント。デジタルサイネージコンソーシアム常務理事などを兼務。