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映像領域ではイマーシブやAR、VR、MR、XRの総称としてのxRというキーワードで新しい挑戦が続いている。これにはたぶん2つの方向性があって、ひとつは映像で没入感や疑似体験をリアルに行うものと、もう一つはリアルとバーチャルを融かしたり、いいトコ取りするものである。

例えばラスベガスのSphereが前者、回転寿司の事例が後者である。回転寿司のサイネージの応用については、すでに本稿でも「スシロー」と「はま寿司」の例を記事にしている。

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スシローのデジロー

これらは昨今のファミレスなどでの注文端末の普及とは一線を画したものであると考える。注文端末はメニューと注文のデジタル化であって、体験として決して便利であるものではない。かなり店舗側の効率化が優先しているだけである。

最近の配膳ロボットは衣装を着ていたり、名前がついていたりするが、あれは子どもたちには非常に受けが良い。本当はもっとおしゃべりさせたいところだろうが、そうすると配膳が遅れて効率が低下してしまう。ここはAIの本領発揮できる部分ではないだろうか。相手に合わせて、状況に合わせて会話させることはそんなに難しくないはずだ。これは人間が行うよりもコミュニケーションが円滑になる側面もある。

言葉遊びをする意図はないが、本来あるべきDXとは、デジタル活用の効率化発想だけではないはずだ。デジタルによって体験としての価値を向上させるべきである。

回転寿司の場合は、コロナや衛生面、食品ロス問題などから「寿司が流れない回転寿司」を実現させた。ここで単なるDX発想であれば、タブレットをテーブルに置いて完了になる。だが回転寿司の偶然の出会い(それほど大げさであるかは問わずで)を決して忘れてはならないのである。このようなVRやARではない、リアルデジタル体験とでも言うべき視点が重要になってくるはずだ。

これは本稿でも紹介したロンドンのABBA VoyageOUTERNET、日本国内では旧ビーナスフォートのイマーシブ・フォート東京やUSJの最新アトラクションやチームラボの例がすでにある。これらの事例はかなり大掛かりで、投資も巨大であるが、普通の飲食店や店舗でもこうしたことを志向していくべきだろう。

例えば書店について考えてみる。

書店が苦戦していることは言うまでもない。目的がはっきりしていれば、書店に行く理由などもはやなく、Amazonで紙またはデジタル版の書籍を購入するのは当然である。楽だからだ。だがしかし、それは体験として全然楽しくない。

わたしたちは書店という場所ではどんな行動をしてきたのか思い出してみよう。毎週購入している週刊誌や週刊漫画、月刊誌ならば目的は明確である。だが店内を当てもなくウロウロして、平積みされた書籍の表紙を眺めて、気になったら手に取っていた。そして購入した。平積みできるスペースには限界があるので、読みにくくて面倒でも背表紙を見るなどという面倒なことも厭わなかった。

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平積みできるスペースには限りがある

これ、リアルデジタル化できる。

いまにも消えそうなレンタルビデオ店も同じだ。見たい映画が明確にあるケースなどは実は少なく、実際には電池かカセットテープを買うためにふらっと駅前の店に入ったら、新作がリリースされていて思わず借りてしまったのではないか。そしてそれがNetflixなどを中心としたオンラインサービスになったいま、体験としてもっと楽しくできるのではないか。

回転寿司や書店の場合は、リアルにどうやってデジタル体験を付加価値として提供できるかが問われているし、オンラインの映像配信はその逆である。これらはアプローチこそ逆だが、要するにその中間地点に目指すものがあるはずなので、リアル側にデジタルを置いたらどうなるかを考えて、そこで出来上がったイメージをデジタル側に設置してもいい。

これまで映像の世界はずっとデジタル化に突き進んできたが、それが成熟して来たいま、リアルに生きる我々はリアルデジタルな映像の利用を目指すべきだと思う。

WRITER PROFILE

江口靖二

江口靖二

放送からネットまでを領域とするデジタルメディアコンサルタント。デジタルサイネージコンソーシアム常務理事などを兼務。