

2017年の中判ミラーレス登場を転換期として、今では誰もが中判デジタルを楽しめる時代になった。しかし長年フィルムの中判(=ミディアム・フォーマット)を使ってきた人の中には、44×33センサーではいまいち「中判らしさ」を感じられないと、モヤモヤを抱えている方もいるのではないだろうか。
120フィルムで最も小さな645フォーマットと、135判フルサイズの中間にあるセンサーなのでそう感じるのも道理ではある。もちろんデジタル写真において、センサーサイズはただ大きければ良いというものではないが、例えばフィルム時代の中判レンズを使う場合、大きくクロップされてしまい、用途としてまったく別のレンズになってしまう。
今年3月、そんな悩みを解消しゲームチェンジャーとなり得る「KIPON Baveyes Pentax67-GFX 0.62x」が発売された。ペンタックス67レンズをGFXに装着し、6×7フォーマットと同じ画角を再現するアダプターが登場したのである。
この連載「中判カメラANTHOLOGY」でマウントアダプター類を取り扱うつもりはなかったのだが、今回だけは不可抗力だと言い訳をしつつ、番外編としてお伝えしていきたい。
KIPON製アダプター「Baveyes Pentax67-GFX 0.62x」

KIPONは主にレンズやマウントアダプターを開発する中国メーカーだ。写真や映像業界で大きな存在感を発揮しており、これまでに多種多様なアダプターを世に送り出してきた。
今回の「Pentax67-GFX 0.62x」は、光学系を縮小するタイプのマウントアダプター「Baveyes」シリーズの新製品である。通常「0.8x」程度が一般的なフォーカルレデューサーの倍率が、本製品では6×7フォーマットを44×33センサーで再現できる「0.62x」となっている。
一般論として、フォーカルレデューサーは実焦点距離を短縮するのと同時に、集光されレンズが明るくなる(0.62xでは1.5段分)。色収差も縮小され中央部はオリジナルよりシャープに写ることも多いようだ。
その反面、焦点距離を短縮するためのレンズ群が追加されるわけで、オリジナルとはまた違った写りになることは推測できる。

本体の重量は約600gほどで、ずっしりとガラスの塊感がある。写真では分かりづらいかもしれないが、後玉がギリギリまで迫っており、その姿は大口径レンズのそれである。
精鋭の光学設計ブランド「Module8」

このアダプターが注目される理由は、6×7フォーマットと同じ画角になる0.62xであることと、光学設計チーム「Module8」とのコラボ製品であること。
Module8は映画や映像制作において、光学的アプローチで独自のヴィンテージ・ルックを実現する「バリアブルルックチューナー」等、製品を多数ラインナップしている。共同創設者のIain A. Neil氏は光学設計の分野でアカデミー賞を13回も受賞した著名な人物である。
このコラボから読み取れるのは、0.62xのアダプター(フォーカルレデューサー)は、恐らく映像を前提として設計されたのではないかということ。この点は留意しておく必要があるだろう。
タクマー105mmを使いたい

今回お借りしたのはタクマー105mm F2.4。ペンタックス67の代名詞と言っていいレンズだろう。かつてボディとセットで3万円程度で中古購入できる時代があったのを思い出す。その頃が安過ぎたとはいえ、今ではずいぶん高騰してしまった印象がある。
個人的な話になるが、筆者は12年ほど前にLeafのデジタルバックを購入するまで、ロケの作品撮影でペンタックス67を愛用していた。主力レンズは広角55mm(1型)、標準105mm、中望遠の165mmの3本。それぞれ優秀なレンズだが、何と言っても105mmには不思議な魅力があった。
このレンズが本来の画角で使えるようになるのならば、と今回テストさせていただくことになったのである。かつて愛用したこのレンズに惚れ込んでいるのだ。
0.62xフォーカルレデューサーの効果

まずは素通しのマウントアダプターを使って撮影してみた。イメージサークルの中央をトリミングして使っている状態で、もはや中望遠レンズである。

そしてこちらがKIPONの0.62xアダプターを使用したもの。もちろん同じ位置から撮影している。フォーカルレデューサーによって「105mm F2.4」が「65.1mm F1.5」のレンズに変換された結果である。

ペンタックス67の受光面は55×70mmとなっており、厳密には縦横比がわずかに異なるものの、このアダプターによってオリジナルとほぼ同じ画角を実現できているのは間違いなさそうだ。
つまりこれは、67フォーマットの画角を再現するためだけに誕生した、600gのロマンの塊なのである。
同じ画角での比較テスト

今回比較用に用意したのは中一光学 SPEEDMASTER 65mm F1.4(※写真中央)。
44×33センサーでも、中判フィルムのような描写を楽しみたいという需要をいち早く汲み取り、成功しているのがこのレンズである。F値を明るくすることで中判フィルムのような被写界深度を実現している。
もう一本は、マミヤMF時代の645レンズSEKOR 80mm F1.9だ(※写真右)。こちらはGFXではなく、大型の645フルフレームセンサー(53.9×40.4mm)を搭載したフェーズワンで使用した。
同じ位置からそれぞれ絞り開放で撮影。どれも標準レンズ(135判換算50mm程度)ということで、写る範囲もほぼ同じになった。
作例モデル: yuuka (ことりプロモーション)

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(1)PENTAX SMC TAKUMAR 105mm F2.4 + KIPON 0.62x
開放では同心円状の、いわゆるぐるぐるボケの傾向があり、少し絞ると緩和されていく。中央のピント部分はしっかり写っているものの、周辺部は大きくブレたように描写が崩れてしまった。
(2)中一光学 SPEEDMASTER 65mm F1.4
開放からもっとも描写に安定感があるのは中一光学だろう。今回初めて使用したが、レビューで見ていた印象とは違って、癖が少なく堅実な写りをする良いレンズだと感じた。重量もタクマー105mmとKIPONの組み合わせより軽い。
(3)MAMIYA SEKOR C 80mm F1.9
未だ人気が衰えないマミヤ80/1.9は、柔らかな描写の中にもピントの芯がしっかりと存在し、光学ファインダーでもピント合わせがしやすい。GFXではなく、本来の中判645センサーで使用している点に注意してほしい。設計の古さは感じるもののレンズの特徴がそのまま出ている。他のマミヤレンズとは違いボケ味が個性的だ。
それぞれ違いはあるが、結局は目的や好みで評価は分かれるだろう。
実写サンプル
カメラは富士フイルムからGFX100IIをお借りし、テスト撮影を行なった。作例はすべて標準のPROVIAモードとし、RAW現像で基本的な調整を施したものである。縮小光学系によりレンズは1.5段明るくなるが、ここではレンズ側の表記とした。ぜひ拡大して、ご自分の目でチェックしていただきたい。

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105mmを標準レンズとして使える喜びを味わったのは最初の数枚だけ。あまりにも自然に使えるので、すぐに存在を忘れてしまった。これは大きなプラス・ポイントで、筆者にとって「良いレンズ」は過度な主張をしないものだという思いがある。
ピント合わせはピーキング(弱)とEVFの拡大表示で行なったが、激薄のピントでも大きく外すことはなかった。MFレンズでの使い勝手はミラーレス機の大きな利点だろう。

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F4辺りの描写が好みで多用するつもりが、いつの間にかレンズの絞り込みレバーが戻っていることがあり、結果的に開放で撮影したカットが多くなった。

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絞り開放で近距離の場合には、真ん中が浮かび上がるような特徴的なボケが発生する。フォーカルレデューサーの特性が影響しているのだろう。中心部は開放からシャープで滲み等も見られない。

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このレンズは最短撮影距離が100cmとなっており、人物撮影ではイマイチ寄り切れないところがある。もちろんペンタックス67で使用していたときと同じで、これさえも懐かしい。当時は接写リングを常備していたことを思い出した。

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気になる歪曲収差

※F8まで絞り、中距離でこの程度の歪曲。近距離では大きく歪む。
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写真用レンズとして見ると、樽型の歪曲収差がかなり強めに出ているように思う。遠くのものはそれほど歪んで見えないが、室内など近くなれば輪をかけて目立ってくる(ちなみに筆者は歪曲収差が嫌いなので、目立たないように撮影する習性がある)。
念のためペンタックス67で撮影した写真を確認したが、このような歪曲は見られなかった。やはりフォーカルレデューサーによる歪みのようである。タクマー105mmのための専用設計ならば話は変わってくるだろうが、様々なレンズが装着される汎用レデューサーなので、致し方なしと見るべきだろうか。
電子補正前提のミラーレス用レンズが多数存在する今、それほど気にすることはないのだろう。開放では極端に歪んで見えるが、少し絞っておけばデータとしても補正しやすい素直な樽型収差である。
周辺画質

合わせて気になるのは周辺部の描写である。上の写真はF5.6で撮影しているが、周辺部の描写はかなり崩れ、同心円状にブレたような描写に見える(写真下)。これはピントが合っていてF11まで絞っても同様だった。

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同じレンズを645フルフレームセンサーで使用したときのデータを確認したところ、周辺部の描写には危うさを感じるものの、写真としては十分に耐えられるものだった。しかし今回はさらに外側の6×7エリアを使用したわけで、1億画素のデジタルではレンズ設計の古さが如実に出てしまったようだ(フィルム時代は、67レンズには135判や645ほど周辺までの解像力が求められていなかったと思われる)。
筆者としてもこのレンズに周辺画質を求めるわけではないが、フォーカルレデューサーの特性(同心円状の流れ)が、周辺部の欠点を増幅させているような感覚もある。
レンズとの相性

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数枚だけの試写だったが、ペンタックス67で定番の中望遠レンズ165mmF2.8を装着したところ、開放で強めの周辺減光があり、絞り込むとご覧のようにケラレてしまった。すべてのペンタックス67レンズが問題なく使えるわけではなさそうだ。
まとめ

1700ドル(約25万円)の高級アダプターで、名玉タクマー105mmを6×7の画角で使うという道楽企画だったが、筆者自身これまで他のフォーカルレデューサーを使用した経験がなく、普段から645フルフレーム機に慣れてしまっているため、どうお伝えしていいのか迷うところだ。
擬似6×7デジタルとして非常に楽しい体験だったが、6×7フィルムのあの写りを、デジタルで実用できると期待してしまうと、何かが違うような気もしている。
デジタルでの周辺画質を見るとレンズ自体が耐えられない部分があること。フォーカルレデューサーによる同心円状の流れにより、オリジナルの印象とはどこか違って見えること。0.62xという倍率自体に物理的な無理が生じているか、そもそもフォーカルレデューサーとは「そういうもの」なのかも知れない。
しかし、作例からわかるようにインターネット上で鑑賞する分には許容範囲であり、4K動画で使用する場合も「味」の範疇と言えるだろう。オールドレンズ遊びとして楽しむことが目的で、1700ドル(約25万円)という価格を許容できるのであれば、このロマンの塊は面白い存在になると思う(執筆している間に、公式サイトの価格が1520ドル(約22万8千円)に下がり、さらに割引セールが始まった。トランプ関税の影響は大きいようだ)。
最後になるが、ムービー(動画)とスチル(写真)では、レンズに求められる要素が異なる場合も多い。しっかりグレーディングを行なう動画素材として見ると、まったく違う印象になるだろう。光学設計チーム「Module8」は、1億画素のGFXではなく、映像のことを一番に考えていたと推測する。本職のムービーカメラマンによる大型センサーでのレビューを待ちたいところだ。
1983年福岡生まれ。グラフィックデザイナーから転身した職業フォトグラファー。2013年に中古購入した中判デジタルでその表現力の虜となる。福岡のシェアスタジオで経験を積み2022年に上京。
総合格闘技(MMA)ファン。
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