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漆塗り仕様のPENTAX 645D
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今回特集するPENTAX 645Dは、2005年に開発が発表され、開発凍結期間を経て2010年に発売された、世界初のアマチュア向け中判デジタルカメラである。
当時はまだ高価な業務用デジタルバックが多い中、4000万画素の一体型中判デジタルカメラが破格の80万円台で登場したことで、大きな話題となった。
本稿では、カメラオブザイヤー2011の受賞記念モデルとして受注生産された「PENTAX 645D Japan」を紹介する。
機能的には通常モデルの645Dと変わりないが、漆塗りのカメラボディは工芸品の域に達しており、深みと光沢のあるボルドーの美しさは想像を超えたものであった。
8年ぶりの645D
2月某日。午前中で撮影を終えたその足で、東京湾アクアラインを通り房総半島へ。富津岬にある明治百年記念展望塔を訪れるためである。
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明治維新から百年を記念して1971年に建てられた、東京湾が一望できる高さ21.8メートルの展望台で、上から見ると五葉松をモチーフにした幾何学的な形状をしている。
巨大な要塞感のあるコンクリート建造物でありながら、用途は展望台でしかない非現実性に、不思議と心惹かれるのである。
実は2022年末に一度訪れたのだが、そのときは補修工事のため立ち入り禁止となっており、悔しい思いをしたのだった。
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8年ぶりに使うPENTAX 645D。筆者も3年ほど使用していたのだが、仕事で使っていた当時とは違って、今回はやさしく見守るだけの心の余裕がある。
テザー撮影ができないことや、撮影後のポストビューの遅さ、データ書き込み中に他の操作を受け付けないなど、ストレスが溜まることも多かったのだが、本来はこうやって、1人でじっくりと写真を撮るためのカメラなのだ。
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この展望塔の設計者は、日本を代表する環境デザイナー、池原謙一郎氏。詳しく調べてみると、造園やランドスケープデザイン分野での功績だけでなく、熱狂的なサッカーファンとしても知られており、なんとあの「ニッポン、チャチャチャ」のフレーズをつくった人物でもあった。
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展望台の中腹からの眺め。遠くには富士山のシルエットが見える。カメラバッグには広角レンズのFA35/3.5が入っていたが、強風の中でレンズ交換する気にはなれず、標準レンズのDFA55/2.8だけで撮影した。
標準レンズ DFA55mm F2.8
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今回使用したレンズは「PENTAX-D FA645 55mm F2.8 AL[IF] SDM AW」。PENTAX 645Dと同時発売されたこともあり、デジタルでの使用を想定し、防塵防滴シーリングを持った人気の高いレンズである。
645では準広角域の焦点距離だが、44×33センサーでは使いやすい標準画角となる。しっかり写るが、カリカリにシャープという感じではなく、フィルム時代の55mmと同じく柔らかく繊細な描写を見せてくれる(デジタル補正の有無で印象は変わる)。
中判らしい立体感をハッキリと体感できるのは、やはり55mmより長い焦点距離のレンズだろう。
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また、中判レンズとしては珍しく円形絞りを採用しており、この点からも業務用の他社システムとは方向性が異なることが分かる。上のカットは絞り開放で撮影したものだが、癖のないボケが美しく、絞ってもその印象は変わらない。
645Dの大きなメリットとして、フィルム時代からあるペンタックス645の個性豊かなレンズ群がそのまま使える点がある。
MF時代のレンズもストレスなく使用できる上、純正の67アダプターを経由することで、ペンタックス6×7用レンズまで使えてしまうのだ(絞りが連動するので使いやすい)。個人的に6×7の105mm F2.4は、645Dでも楽しめるレンズだと思う。
ハイアマチュア向けのフィールドカメラ
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645Dや後継機の645Zが人気の理由は、大きく2つある。一体型の一眼レフカメラであることと、価格が手頃なことだ。
この連載「中判カメラANTHOLOGY」のバックナンバーで最も閲覧されているのは、第4回のPENTAX 645Zとなっている。閲覧数から読み取れることのひとつは、一体型のカメラは人気があるということ。
それまで主流だった中判デジタルバックは、カメラとセンサー部分が切り離されているため、一般のカメラファンには刺さりにくく、業務用ゆえにかなり高額だった。
そんな中、645Dはフィルム時代の645システムをベースに、一体型のデジタルカメラとして設計され、中判の4000万画素機ながらも80万円台という高いコストパフォーマンスを実現。
明るい光学ファインダーを搭載した一眼レフカメラであり、操作性も他のペンタックス機を踏襲している。中判だからと身構える必要がない。
この「手軽さ」と「中判画質」の両立こそが、645D最大の特徴と言えるだろう。
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メーカー公式で「主に風景を撮影するハイアマチュア向け」と謳われていた理由は、使ってみるとすぐに体感できる。
とにかくデータの書き込みが遅いのだ。1枚撮って背面液晶で写真が確認できるまでに実測で6秒ほど。SDカードの速度やレンズ補正の設定で多少は前後するが、遅いことに変わりはなく、ポストビューをOFFにしているユーザーも多いはずだ(UHS-II規格の高速SDカードを使用することもできるが、非対応のためは速度が出ない)。
書き込み中は他の操作を受け付けない仕様のため、仕事の撮影では、この「間」が地獄のように感じられたものだ。
また、中判デジタルの主戦場だったスタジオ撮影では、最低条件とも言えるパソコンとのテザー撮影ができず、業務用途としては不向きで何かと悩ましいカメラでもあった。
筆者は仕事でも積極的に使用していたので、苦労話は数え切れないし、仕事の道具としての不満点は山ほどあるのだが、その反面で長所もある。
それまで使っていたデジタルバックと違い、CCDとは思えないほど高感度に強いため、撮影条件を選ばずいつも持ち歩いて撮影ができたのだ。
また、一体型カメラだからこそ実現できた堅牢性も特筆に値する。当時からペンタックスの防塵・防滴性能は優秀なことで知られており、筆者自身も雨の中で何度も作品撮りをしてきた。悪条件でも撮影できるというのは、フィールドカメラとして重要な性能でもある。
※防塵防滴に関しては、シーリングのゴムが劣化していくため定期的な交換が推奨される。修理不可となったいま、過信は禁物だ。
最終世代のコダックCCD
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645Dに搭載されたCCDセンサーは、中判の中では小型の44×33mm・4000万画素(Kodak KAF-40000)。
最終型のコダック製センサーで、2009年に発売された Leica S2(45×30mm、3750万画素・Kodak KAF-37500)とかなり近い仕様となっている(ライカが3:2のアスペクト比にこだわったため微妙にサイズが異なるが、画素ピッチ6μの同世代のセンサーである)。
先にも触れたが、常用できる感度がISO200-1000(拡張感度で100-1600)とCCD機でありながら高感度画質に優れ、従来の中判CCDセンサーにあった「スタジオ専用機」というイメージから脱した、正にコダックCCDの最終世代だと言えるだろう。
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この写真はISO感度を1000まで上げ、手持ちで撮影しているのだが、ノイズはあるもののそれほど気にならず、暗部の情報もしっかりと残っている。
その反面、このセンサーには白とびしやすい特性がある。また高感度耐性と引き換えに、低感度での画質のキレが若干損なわれているようにも感じる(フェーズワンもハッセルブラッドも、最後にはダルサ製のCCDセンサーを採用している)。
今回作例を撮っていく中で、ハイライト側のダイナミックレンジが狭いことを認識していたにも関わらず、RAW現像時に空の諧調が戻らず、ボツになったカットが何枚もあった。
薄曇りの日でも簡単に白とびしてしまうケースがあるし、筆者が10年ほど前にスタジオで撮影したデータを見ても、肌のハイライト付近が不自然になってしまったものがある。
そういった意味で、一般的な135フルサイズ機と比べても露出にシビアだと思った方がいいだろう。特にマニュアル露光で露出を決める方は、ハイライトの特性を踏まえて「少し暗めに撮る」判断が必要になる。恐らくカメラのAE(自動露出)では少し暗めに写るのだろうと思われる。
CCDは色が良いという幻想
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一部ではCCDセンサーに対するイメージが膨らみすぎて「CCDは色が良い」と信じられているようだが、この連載でも多くの中判CCDを扱ってきた中で、同時期のコダックCCDとダルサCCDでも傾向が大きく異なるという事実がある。もちろん世代が違えば同じメーカーでも発色は異なる。
あくまでその時代のトレンドと、メーカーの画づくりが反映された結果であり「色が良い」と思えるCCD機があったとしても、それは「CCDだから」とは言えないわけだ。
以前、後継機の645Z(CMOS搭載)と同じシーン・同じ露出で撮り比べたところ、現像ソフトのプロファイルによる違いはあるものの、RAW現像時に微調整するだけで、ほぼ見分けのつかない酷似したデータになった(画素数によるサイズ違いのみ)。同じメーカーのカメラ、同じレンズでは、CCDだろうがCMOSだろうが、ほぼ違いはないと言える結果であった。
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今回の作例は、DNG形式のRAWデータ(カスタムイメージ:ナチュラルと同様の色)をCapture Oneで簡単に調整したものを掲載している。現像プリセットは使用していない。
純正カスタムイメージを利用する場合は、当然ながら当時のペンタックス機(APS-C)とよく似た味付けになる。
大きなミラーショック
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645Zの回でも触れたが、グリップがボディの1番後ろに来る設計のため、フロントヘビーになりやすく、レンズによっては手ブレを誘発しやすかったり、何よりミラーショックが大きいという問題点がある。
中判デジタルに慣れている筆者がしっかりホールドしても、1/250秒未満のシャッタースピードでは微妙なブレが発生する。連続で何枚か撮っても同じなので、これは手ブレというよりも機械ブレ(ミラーショック)の要素が大きいと思われる。
ペンタックスは中判一眼レフで唯一、手ぶれ補正付のレンズを発売しており、このブレやすさを把握していたのだと思う。中判だから仕方がないという声もあるが、フィルム時代の設計を流用した弊害かもしれない。
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(このカットは微妙にブレてしまっているが、FA35/3.5は筆者一押しの広角レンズだ)
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とはいえ、それは4000万画素のデータをピクセル等倍で見て分かるブレであり、SNSやA4サイズ程度のプリントでは判別できないだろう。等倍で見ると少しガッカリするが、写真としては十分鑑賞に耐えうる。
過去に645Dで撮影したデータを見返してみると、拡張感度のISO1600まで上げ、1/60以下で撮影された居酒屋でのスナップ写真が出てきた。みな良い顔をしている。中判センサーのポテンシャルを発揮できているかは別として、写真機として、撮れること自体に価値があるのも事実だ。多少ブレていても、センサーサイズの大きさからくる物理的な写りの違いはしっかりと出る。
このミラーショックを抑え、645Dの解像力を最大限に活かすには、中型以上の重量のある三脚に据えるのが確実だ。ミラーアップが可能ならなお良い。
手持ち撮影の場合は、最低でも1/250をキープすることをオススメする。大きなレンズを使用する場合はさらに気をつける必要があるだろう。
645Dの修理事情
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PENTAX 645Dの修理対応は2023年に終了しており、現在は修理ができない。これから入手しようとする方にとって最大の不安材料だろう。
本機のシャッター耐久回数は5万回となっており、撮影スタイルに寄るとはいえ、長く使えるとは言い難い。筆者が使っていた当時にも2度シャッター周りの修理に出している。1カ月ほど待たされた挙句、シャッター耐久オーバーのため、これからフィリピンに送ると聞いてズッコけた記憶がある(販売店経由で修理に出し、オーバーホールされて戻ってくるまでに2カ月ほどかかった)。
後継機645Zとの違い
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当然ながら、後継機の645Zでは問題点の多くが改善されている。まず最初に体感できるのは、撮影後のポストビューが速くなっていることだ。
センサーのCMOS化によって高感度画質が大幅に進化し、ライブビューが可能となった。645Dで問題となったハイライト側のダイナミックレンジ(白飛び問題)も改善されている。
また、シャッターの機構も見直しが行われ、耐久性も645Dの倍となる10万回と向上。スタジオ用途で課題だったテザー撮影も、専用ソフトの開発により(一応は)可能となった。
この連載の第4回で645Zを特集しているので、そちらもご覧いただきたい。
まとめ
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PENTAX 645Dは、スタジオ撮影には向かないものの、初心者にも優しい中判のデジタル一眼レフカメラである。ミラーレス全盛の今、光学ファインダーを覗きながらガシャコンと撮影を楽しめるのも人気の理由だろう。
便利で複雑なカメラに慣れていると、この重量感やシャッターフィール、シンプルな撮影体験が恋しくなるのが人情である。
すでに修理ができない機種のため、実用を考えるなら迷わず645Zをお勧めしたいところだが、コダックCCDや初号機というロマンが人を惹きつけるのか、ここ7~8年ほど中古相場がほとんど変わっていないようだ。
今回の「PENTAX 645D Japan」で感じたのは、とにかく漆塗りのボディが美しいこと。会津若松の坂本乙造商店による仕上げだそうで、深いボルドーの中に幾種類もの銀箔が貼られ、光の角度でその表情を変える。工芸品として桐箱に収まる姿もしっくりくるが、落ち着いた色合いでもあるため、外に持ち出しても何ら違和感のないカメラに仕上がっている。
ペンタックスの漆塗りボディには、フィルム時代の「PENTAX 645 Japan」があるが、こちらは黒漆であり、ボルドーに着色された本機はまた別の美しさがある。
筆者はこの漆塗りボディに触れたことで満足したのだった。
WRITER PROFILE
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