Vシステムの皮を被った、電子カメラ
ハッセルブラッドVシステムといえば、多くの人は500シリーズのような機械式のレンズシャッター機を思い浮かべるだろう。アポロ11号による人類初の月面着陸を記録したカメラとしても知られ、かつてスタジオカメラとして一時代を築いた「プロの道具」の代表格である。
一方で1990年代に展開された200シリーズは、Vシステムにおいて特殊な位置にある。伝統的なシルエットを継承しながらも、側面には特徴的なモードダイヤルを備え、ファインダー内にはデジタル表示が灯る。クラシックな意匠の中に、電子制御のフォーカルプレンシャッターと絞り優先AEを詰め込んだ、当時の「近代化」への解答である。
今回持ち出したのは1994年発売の『Hasselblad 203FE』。これを2026年現在の視点で見るならば「過渡期の遺物」と言えなくもない。500シリーズのように完全機械式の安心感があるわけでもなく、後のHシステムのようにデジタルへ完全対応したわけでもない。修理不能な電子基板という時限爆弾を抱えた、危うい均衡の上に成り立つ写真機なのだ。
原点としてのフォーカルプレン

歴史を遡ると、野鳥撮影を趣味とするヴィクター・ハッセルブラッド氏が世に出した「初のハッセルブラッド」は、1/1600秒を実現したフォーカルプレンシャッター機(Hasselblad 1600F)であった。レンズシャッター機で黄金期を迎えたハッセルブラッドは、この原点を諦めずに挑戦をつづけたのである。
1977年に登場した2000シリーズで1/2000秒を実現。500シリーズはその名の通り最高速が1/500秒なので、2段分の余裕があることになる。しかしデリケートなチタン幕シャッターは強度と耐久性に課題を残した。
そして1991年、それらを解決し多機能AE(自動露出)を搭載した、200シリーズの高級フラッグシップ機「205TCC」が登場。シリーズを通して電池が必要な布幕シャッターの電子制御式カメラである。かなり高価だったため、のちに普及価格帯のマニュアル機「201F」と、AEスタンダード機の「203FE」が発表された。今回お借りしたのはこの「203FE」となっている。
<Hasselblad 200シリーズ一覧>
- 205TCC(1991):多機能AE搭載の高級フラッグシップ
- 201F(1994):完全マニュアル機(機械式ではない)
- 203FE(1994):AE搭載のスタンダード機
- 205FCC(1995):205TCCが進化した最終フラッグシップ
- 202FA(1998):AEが使える廉価機(一部機能制限あり)
使ってみると500シリーズとは違って、シャッターを切った直後にミラーが戻る「クイックリターンミラー」であることがわかる。横走り布幕シャッターのため感触も異なるが、使用感はハッセルブラッドとして違和感がない。
500シリーズと同じ大きさに、AEと布幕フォーカルプレンシャッターを詰め込んでいるため、ボディ内の構造は複雑になってしまう。この世代のカメラによくあることだが、現在では基本的に修理ができない。このカメラと付き合う上での避けられない前提でもある。
シャッターの制約から解かれたF/FEレンズ

AE搭載が当たり前の今、200シリーズという危うい箱を使う理由はたった一つ。レンズシャッターの制約から解き放たれた、Carl Zeiss製のF/FEレンズを使えることにある。
有名なところでは、レンズシャッター機には存在しない「Planar 110mm F2」や、CFレンズよりも1段明るい「Distagon 50mm F2.8」など、専用設計ゆえの大口径レンズが挙げられる。今回使用した「Planar FE 80mm F2.8」は明るさこそ同じものの、最短が60cm以下に寄れてしまうなど、レンズ側にシャッターがないことで設計の自由度が上がった実例である。
フォーカルプレンによる高速シャッターと相性が良いとも言えるだろう。ストロボの全速同調を重視した業務用途よりも、絞りを開けて楽しみたい人、そして露出をカメラに任せたい人に向けたシステムだとわかる。

フォーカルプレン専用のレンズには、2000シリーズ世代の「Fレンズ」と、AE対応で電子接点のある「FEレンズ」がある。FEレンズにはブルーの2本線がデザインされており、ボディ側のラインと合わさって独自のスタイルとして完成する。どちらも中にシャッターが搭載されていないので、500シリーズのハッセルブラッドに装着しても写真を撮ることはできない。
対して、レンズシャッター内蔵のC/CF/CFi/CFE/CBレンズは、200シリーズのボディでもレンズシャッターで使用することができる(202FAを除く)。少し複雑になってしまうが、ボディ側のシャッターリングを「C」に設定することで(シャッターチャージ後にレンズ着脱ボタンを押しながら「C」を選ぶ)200シリーズはレンズシャッター機に早変わりするのである。この懐の深さも魅力のひとつだ。
また、初期型のCレンズをのぞくCF以降のレンズには「F(フォーカルプレン)」ポジションがあり、この設定でレンズシャッターをOFFにし、200シリーズのボディ側のシャッターで写真を撮ることができる。CFEレンズにいたっては電子接点を持ち、AEにも対応したもの。200シリーズにも正式対応したレンズと言っていいだろう(こちらもブルーの2本線がデザインされている)。また、202FAだけはCBレンズに対応していないので注意が必要だ。
新型デジタルバックとの互換性(CFV-100C)

203FEに背負わせた「CFV-100C」の佇まいは、驚くほど端正で美しい。この連載の読者には意外なチョイスと思われるかもしれないが、今回使用したデジタルバックはハッセルブラッド純正の現行機である。レンズシャッター機であればデジタルバックは選び放題なのだが、フォーカルプレン機の200シリーズで使用できるのは、純正のCFVシリーズだけなのだ。
そして純正のCFVを使用するためには、フィルムバックとのISO感度の通信用接点を、デジタルバックとの通信用に転用する電子的改造が必須だった。しかし、近年のCFV II 50CやCFV-100Cでは、シャッター幕と連動するボディ側の物理レバーを検知して同期する方式となり、無改造で使用できるようになったのである。
電子制御の塊のような203FEが、あろうことか「物理的な機械連動」によって、最新のデジタルバックと繋がる現実。この技術的な皮肉こそが、見捨てられたはずの200シリーズに現代での実用性を与えてくれた、最大の救いなのである(これにより、非対応だった201Fや2000シリーズにも対応した)。
203FEでCFV-100Cを使うのは簡単で、デジタルバックのメニューからカメラモデルを「200」もしくは「200 Modified(ボディが改造品の場合)」に設定するだけ。シンクロケーブルは不要で、フィルムバックと入れ替えるだけで快適に使うことができる。
前機種の「CFV II 50C」からの改善点として、着脱ロック機構の強化、誤動作を誘発することのあった電源ボタンの形状変更、内蔵SSDの搭載、専用ホットシューアダプターによるストロボ対応がある。センサーこそ小さいものの、アプリ(PHOCUS MOBILE 2)を用いてパソコン不要で共有できるなど、正に最新型のデジタルバックである。
20世紀末の電子カメラと歩く。
45度のプリズムファインダー(PM45)と、本来は使えないはずのワインダーCW(改造品)を装着したマニアックな203FEを手に、ようやく重い腰を上げた。
恒例の作例旅。今回向かったのは軽井沢方面である。九州で育った筆者にはあまり馴染みがなく、避暑地として有名なことを知っているくらいだ。
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山中で吸いよせられるように脇道へ入った。この道を降りると見えてくるのが碓氷湖である。群馬県安中市のダム湖で、紅葉の季節には多くの人で賑わうらしい。駐車場やトイレもあり、観光ルートになっているようだ。
事前にテストを行なっていたものの、V型のハッセルブラッドに、アイレベルファインダーとワインダーを装着すると、まるで別のカメラのような操作感になる。ワインダーは手の大きな筆者にもフィットし、中から聞こえる巻き上げや電子音も、20世紀末の精密機械らしさを感じてなかなか良い。
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今回もRAWで撮影後、純正ソフトPhocusで微調整という流れで掲載している。フィルムカメラに装着するためAWBは機能せず、CFV-100C側でWBをデイライト(昼光)に固定しての撮影である。全体的に色乗りは浅めだが、とりわけ青の出方には特徴があり、HNCS(ハッセルブラッド・ナチュラル・カラー・ソリューション)によって強めに演出された写真になった。肉眼で見える景色とは別物のヨーロピアンな写りである。カメラの味を楽しみたいファンにとっては魅力的な選択肢となるだろう。
背面液晶モニターはコントラストが高く、まるでポジフィルムを見ているような感覚に陥る(パソコンに移すと少し落ち着いて見える)。コダックCCDの時代からハッセルブラッドは同じ方向性だと思うが、最近の機種はコマーシャル用途というよりも、趣味で使うユーザー向けにより特化したものだと感じている。
なお、今回お借りした203FEは改造品のため、撮影データ(EXIF)にISO感度が記録される。精度は不明だが、バック側で撮影データを確認してOKを押せばFEレンズの情報も書き込まれるようだ。またフォーカルプレンシャッターのため、実際よりも長めのシャッタースピードが記録される仕様である。
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碓氷湖からほど近い位置にある碓氷第三橋梁(めがね橋)。FE80mmで引きを撮影後、全景を写すためにレンズシャッター付のCFE40mmをフォーカルプレン・モードで使用した。もちろんレンズシャッターを使用することもできる。CF以降のレンズは500/200ボディの両方で使えるので便利だ。
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めがね橋の上に積まれた小石をFE80mmの最短付近で撮影してみた。
中判6×6のレンズとは思えないほどに寄れる上に、44×33センサーによってトリミングされるため、かなりアップで撮影できた。500シリーズであれば間違いなく中間リングを必要とする距離だが、撮影のリズムを止めずに被写体に肉薄できる機動力は、レンズシャッター機にはない明確なアドバンテージだ。近接時の描写には中々に癖があるものの、中判フィルムカメラとして、寄れること自体に価値があるのも事実だろう。
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さて、今回のお目当ては「天明の大噴火」で江戸時代に甚大な被害をもたらした、ここ浅間山である。なんと噴煙や火山ガスが成層圏まで突き抜けて、数年間空を覆ったとされている。天明の大飢饉の引き金となったという科学的なデータもあるらしい。あの浅間山荘事件もこの山の麓で起きたし、堀辰雄の小説『風立ちぬ』の舞台でもある。ただ「浅間山を見てみたい」という思いつきでここまで車を走らせたが、圧巻であった。
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着いたのは「鬼押出し園」という国立公園内の施設で、ご覧のようにゴツゴツした岩がそこらじゅう形成され歪な光景を作っている。3ヶ月間つづいた「天明の大噴火」により粘度の高いマグマが火口から噴出し、次から次へと押し出されていくことで形成されたそうだ。「浅間山には鬼が住んでいる」という言われがあるのも納得できる。
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その後、ワインダーの電池切れにより撤収することになるのだが(ワインダーCWが単三電池6本で動いていると知らなかった)ハッセルブラッドVシステムの中で最も明るいレンズF110mmで、浅間山を大きく撮影してきた。1977年発売のレンズだが、今回は44×33センサーということで、実際に写るのはイメージサークルの中心部のみ。収差も目立たず、ここではしっかりと写ってくれた。
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このカットは1/2000秒で撮影しているのだが、空の部分に高速シャッター時の露光ムラが見られた。フィルム中判を使っていた時に体験したことがある。横走りフォーカルプレンだからこその入り方で、高速側をあまり多用しすぎるのは避けた方がいいかもしれない(個体差はあると思われる)。
110mmという焦点距離は、645のセンサーで使うとピントが薄すぎて途方に暮れてしまうが、44×33センサーではポートレートに適した定番の画角となり、距離をとる分被写界深度は深くなり、さほど難しいレンズではなくなる。
CP+2026でのセミナーのために撮り下ろした「Harlowe」というLEDを使用した作例を1枚掲載する。もちろん203FEで撮影したのだ。
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電子制御を信じるという選択肢

前述のように、201Fを除く200シリーズは絞り優先AE(自動露出)が搭載されており、本機203FEでは中央重点測光により撮影ができる仕様となっている。
- Pr(ISO感度等の設定モード)
- Ab:ブラケティングモード
- D:ディファレンシャルモード
- A:通常のAEモード
- M:マニュアルモード
目を引くボディ側面のモードダイヤルは上記の役割を持つ。横の矢印キーと組み合わせて操作する。中央にある赤丸のAEロックボタンはモードによって役割が変化する。
筆者としてはカメラごとのAEの癖を把握するよりも、マニュアル露出で撮影する方が楽だと思っているのだが(勘で撮って2枚目で微調整)、CFV-100Cが昔のデジタルバックよりもハイライトに弱い現状があり、暗めに撮ることを前提としているようである。そのため今回のようなスナップ的な撮影にはAEが有効だろう。
作例を撮り終えたあと、実際に一通りAEをテストしてみたのだが、十分に実用的かつ簡単だった。個人的にはD:ディファレンシャルモード(任意のシーンで露出をロックし、撮りたいシーンでその露出差を表示する)が面白いと感じた。クラシックな見た目だがそれほど古いカメラではないのだ。
フォーカルプレンの残り香

1994年発売の203FE。今回お借りした個体は2002年製造、奇しくもハッセルブラッドが完全電子化したHシステムを世に出した年である。この「電子化への狭間」に生まれた機種は、修理不能という現実を抱えつつも、現行デジタルバックで息を吹き返す。それは、途絶えてしまったフォーカルプレン・ハッセルの「残り香」のような存在といってもいい。
どこか懐かしさを感じるレンズ描写と、HNCSによる独特な画づくり。最新のCFV-100Cを装着したその佇まいは、道具として抗いがたい美しさがある。しかし、実際にファインダーを覗きシャッターを切る中で、拭いきれない違和感があったのも事実だ。フィルムの6×6を使ってきた人にとって、44×33mmセンサーという「小さな窓」を通した体験はあまりに別モノなのだ(現行品のデジタルバックは、Xシステムのレンズに合わせたセンサーになっている)。
やはりフィルム機に装着して使うのならば、センサーは大きいほど(元のフォーマットに近いほど)使いやすいというのが本音である。この連載では大型センサーを多く特集してきたが、200シリーズでは事実上、Phase OneやLeafの選択肢がなくなってしまう。程度の問題ではあるし、写真なんて手にしたカメラで撮るしかないのだが、より大型センサー(36.7×49.1mm)を積んだ旧機種「CFV-39」か「CFV-50(50Cとは別機種)」で体験したかったのが正直な思いではある。
500シリーズのような普遍性も、最新ミラーレスの手軽さもない。おまけに修理もできない。この歪な均衡の上に成り立つ撮影体験こそが、本当の「道楽」なのかもしれない。 すでに500シリーズを使っているなら、F/FEレンズと共にこの「爆弾」を抱えてみるという選択も、道楽として十分に面白いのではないだろうか。
1983年福岡生まれ。グラフィックデザイナーから転身した職業フォトグラファー。2013年に中古購入した中判デジタルでその表現力の虜となる。福岡のシェアスタジオで経験を積み2022年に上京。
総合格闘技(MMA)ファン。
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