SWCとデジタルバック
「中判カメラANTHOLOGY」連載24回目は、ハッセルブラッドの広角専用カメラ「Hasselblad 903SWC」をご紹介する。
愛用者の多いSWCだが、筆者にとってはこれが初めての体験となった。名玉といわれる「Carl Zeiss Biogon T* 38mm f4.5」の写りはもちろん、ピントがシビアな中判デジタルにおいて、実際の使い勝手はどうなのか。大型センサーの「Leaf Aptus-II 10」を装着し、実写を交えながらお伝えしていこうと思う。
Carl Zeiss Biogonの描写力
1月某日。初詣を兼ねて日本三大神宮のひとつ、鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)を訪れた。朝の7時半ごろに到着したため境内は薄暗く、CCDのデジタルバックでは撮影を諦めるしかない条件だったが、フォトスポットとしても有名な御手洗池(みたらしいけ)は、すぐ側が広場になっているため、この時間帯はいい感じで斜光になる。
澄み切った水の中には鯉が泳いでいた。鳥居の上に横たわる大木が水面に映り込み、生命体に覆われているような厳かな雰囲気がある。公式サイトによると、1日に40万リットル以上の湧水で常に満たされており、古くは身を清める禊の場として使用されていたようだ。
小さな池ではあるが、広角専用カメラにはピッタリだろう。地面に置いたカメラバッグに903SWCを乗せ、ビューファインダー上部の水準器を見ながらシャッターを切る。そして1枚目からその端正な写りに驚かされた。古いデジタルバックの不明瞭な液晶からでも、レンズの良さが伝わってくるのだ。
こちらのカットはパソコンで等倍確認すると完全な後ピンだったが(鳥居ではなく背景にピントがきている)写真としては普通に見れた。古いCCDデジタルバックではライブビューは使用できないため、ピントもフレーミングも「なんとなく」のアバウトさで、プレビューを確認しつつ何度か撮り直したうち、比較的落ち着いて見えるカットを掲載している。
さすが広角専用カメラというだけあって、デジタル補整など一切ない状態で、歪みの少ないシャキッとした描写を見せる。もちろん優秀なレンズだとは聞いていたが、デジタル使用でもそれほど設計の古さを感じさせない、気品さえ感じる写りである。
鹿嶋市から北上して大洗海岸に到着。茨城の海岸線はきれいに東側を向いているため、朝日が美しいことで知られている。筆者は九州の福岡育ちで、糸島半島にほど近い地域で海を身近に暮らしていたせいか、上京してからは無性に海を見たくなるときがある。
この日は寒波の予報で出かけるのを迷っていたのだが、見事な晴天となった。中判CCDデジタルばかりを扱うこの連載としては実にありがたく、903SWCのコンパクトさも相まって軽快に撮り歩くことができた。カメラは軽すぎると撮りづらいし、重すぎても億劫になる。
超広角とはいえ、目測でのピント合わせは難しく経験と鍛錬が必要となってくる。フィルムではそれほど気にならなくても、デジタルでは全部見えてしまうのだ。おまけに気を抜くとすぐに写真が傾いてしまうのだが、雑にシャッターを切っても想像以上の写りをするので、純粋に撮影するのが楽しい。
Hasselblad SWC
ハッセルブラッドのSWC(Super Wide Camera)シリーズはビオゴン38mmのためだけにデザインされたユニークな中判カメラである。このレンズ性能(高解像低歪曲)は、構造的にミラーを持たない専用設計だからこそ実現しているのだが、そのおかげでカメラ自体がコンパクトなサイズに収まっている。
今回は社外製デジタルバックの装着によって、サイズが若干大きくなり、見た目の統一感も損なわれてしまうが、これはこれで実用機という感じがして悪くない。
ビオゴン38mmを搭載した広角専用機は、1954年のSWAが初号機で、1956年のSWを経てSWCが登場(1959年)。以降SWC/M(1979年)、本機903SWC(1988年)、905SWC(2001年)とつづいた。蛇足だが、現在人気のデジタルボディ「907X」も903→905→907とこの連番を引き継いだネーミングのようだ。
SWCシリーズの最終モデルとなる905SWCでは、環境保護の観点から鉛フリーのレンズ設計となっており、ファンの間では903の方が写りが良いという論争まであるらしい。鉛ありの方が光学性能を上げやすいという事実はあるにせよ、さすがに13年もの開きがあり、その頃にはデジタルでの使用も想定していたはず。トータルのレンズ性能は上がっていると想像するが、もちろん触ったことさえなく未確認である。
903SWCで新しくなったビューファインダーにはギミックが満載で、ファインダー内に拡大レンズが仕込んであり、ピントリング、絞り、シャッタースピードが確認できるようになっている。また上部の水準器がファインダー内に映り込む仕掛けのため、ビューファインダーを覗いたまま水準器を確認することができる。
ビューファインダーの枠はアバウトな目安に過ぎず、ピンボケや傾いた写真を量産しがちなのだが、この機構が助けになるのも事実である。
Leaf Aptus-II 10という選択
903SWCを最大限に楽しめるデジタルバックは何なのかを考えてみる。もちろんフィルムと同じ6×6サイズがベストだが、残念ながらそんなセンサーは存在しない。かと言って、いま流行りの44×33では大きくクロップされ、まったくスーパーワイドではない別のカメラになってしまう。
ハッセルブラッド純正で645のフィルムマガジン(A16)が存在することを考えると、やはり645フルフレームセンサーがベストなのだろう。しかし細かいことを言ってしまえば、最も大きなセンサーでも長辺が53.9mmであり、本来の受光面積56×56mmにわずかに届かない。本当に誤差の範囲だが、ほんの少しだけスーパーワイド感が薄れてしまうのだ。ここは気持ちの問題である。
そこで編集部にリクエストしたのがこの「Leaf Aptus-II 10」だ。連載18回目で特集した「Aptus-II 10R」からセンサー回転機構を除いたモデルで、面積では645フルフレームに届かないものの、長辺は56mmとフィルム受光面とぴったり同じ。
正方形から上下をカットしただけの状態で、端まで使用できると考えたのだ。とにかくスーパーワイドなカメラを活かしたいのである。
※この場合のWideは広さを指しているが、今回は故意に横幅のこととして解釈している。
特殊なセンサーサイズではあるが、16bit記録のダルサ製CCD(5600万画素)を搭載した定評ある機種である。ハッセル純正デジタルバックとの違いとしては、単純にサイズが大きいこと、補間処理ではなく純粋な16bit記録であること、縦横比が3:2になること、バックを装着し直せば縦位置でも撮影可能となること。
903SWCはレンズシャッター機なので、接続はレンズのシンクロ接点とデジタルバックを繋ぐだけなのだが、今回はどうにもうまくいかずはじめは難航した。5~6回シャッターを切って1回撮れるかどうかという症状だったのだ。結果的にデジタルバック側のカメラ設定を「Hasselblad 500 Series」から「Other」または「Large Format」に変更することで同調ミスは皆無となった。もしAptusでのシャッター同調がうまくいかない場合には試してみてほしい。
また、903SWCにデジタルバックを取り付ける際には注意点がある。ハッセル純正CF/CFVバックの初期型や、今回のAptusシリーズでは、バッテリーが三脚座に干渉してしまい、そのままでは装着することができない。今回は社外製の「SWC900シリーズ ピローアダプタKY」によって嵩上げした状態で使用した。
余談だが、今回使用したAptusはショット数60万回を超えており、よくよく見るとセンサーの色ムラが気になる部分もあったが、趣味の撮影では問題のない範疇だろう(作例では簡単に色ムラの補正を入れた)。筆者も60万ショット超のデジタルバックを使うのは初めてで、物理シャッターのないバックタイプの強みを実感した。
撮影体験と実用性
近年は「撮影体験」というワードがSNSを中心に話題に上がっているが、SWCではファインダー像が美しいなんてこともなく、目測でのピント合わせは鍛錬を必要とし、手持ちできちんと水平をとるだけでもなかなか難しい。
筆者は撮影のプロセスよりも結果(アウトプット)を求めて中判を使っているので、正直なところを言えば、SWCシリーズは積極的に使ってみたいと思える機種ではなかった。中判デジタルでのピントのシビアさはよく知っているので、目測では歩留まりが悪すぎて、作例を撮るのも苦労するだろうと思っていたのだ。
しかし実際に使ってみると、これが実に楽しいのである。
思ったよりも使いやすく、思った以上に写りが良い。カメラのコンパクトさはもちろんだが、超広角専用機ということで、撮れないものがハッキリしていることも撮影時の軽快さに繋がっていると思う。
こちらは最短30cm付近での撮影。手持ちではなかなかピントが合わず水平も取れない。せめてライブビューができたらと、このとき切実に思った。ピントさえ合えば近接でもシャープに写る。
ちなみに、これらの写真は茨城県水戸市にある七ツ洞公園である。映画のロケ地にもなったイギリスの自然風景式庭園で、以前から気になっており立ち寄ることにした。午後の光がとても良い。
903SWCのビオゴンはよく写るとはいえ、当然ながら現代レンズのような隙のない光学性能ではない。今回は長辺56mmの大型センサーをチョイスしたこともあって、一番端の写りは甘く感じる部分もあるし、ピントが合っていない部分は描写の崩れが目立つ。
このカメラのポテンシャルを活かして、完璧な写真を撮りたい場合には、しっかり三脚に据え距離を計ってから正確にピントを合わせるべきだろう。音波距離計やレーザー距離計を(迷惑にならない範囲で)使うか、別のカメラを距離計代わりに使うのもありだ。
CMOSセンサー搭載のデジタルバックでライブビューを使用すれば、ピントやフレーミングの問題はクリアできるのだが、その場合はシャッターをバルブでロックしてピントを合わせた後、シャッターを閉じて再度シャッター速度を設定しやっとシャッターが切れるという、ビューカメラと同じ工程を踏むことになる(それならば、CAMBOやALPAにビューカメラ用のレンズを使う選択肢もある)。
電子シャッター搭載の最新の純正デジタルバックであれば、SWCでの撮影もかなり楽になるだろう。だがその反面「ちょっと撮影しづらいごく普通の4433ミラーレスカメラ」になりかねない危うさも孕んでいる。
まとめ
カメラに限った話ではないが、あらゆる技術は「楽ができて、失敗しない」ことを目指して進化してきた。すでに誰もが簡単に、失敗なく写真が撮れる時代が到来していると思う。
そんな中でデジタルバックも進化し、ライブビューを見ながら電子シャッターで写真が撮れる機種も出てきたが、主流のセンサーサイズは小さくなってしまった。この令和の時代にあえて大型CCDセンサーを装着してSWCを使うというチョイスは、まさに酔狂な遊びといったところだろう。
本来の6×6フォーマットとは違う部分もあると思うが、ピンボケで傾いた写真を量産したものの、重すぎず軽すぎない「ちょうどいい」軽快な使用感と、撮影時の感覚よりも数倍よく写るギャップが純粋に面白いと感じた。おまけにデザインも可愛いのだから、筆者の周りでSWCの愛用者が多かった理由が理解できたような気がする。
誰でも簡単に撮れる今だからこそ、不自由や制限は脳を活性化させる。それが他の撮影や普段の生活で活かされることもあるだろう。多くの創意工夫は不自由から生まれるのだ。
便利に楽をするのが最優先事項なら、わざわざ中判デジタルを選ぶことはないと筆者は考える。もちろん仕事の撮影は別だが、たまには自分から「失敗する自由」を得ることも、悪くないと思うのである。