フィルム時代の中判ハイスピードレンズ

今から50年前の1975年、マミヤから世界初となる6×4.5判一眼レフカメラ「M645」が発売された。通称「ロクヨンゴ」を牽引したマミヤ645の中で、システム初号機と同時に発売され、最も広く知られているレンズがこの「SEKOR C 80mm F1.9」ではないだろうか。
中判用でありながらF1.9という明るさを持ったこのレンズは、デジタル時代に突入してもアダプターとオールドレンズ需要で人気が衰えない。それどころか、むしろ中古相場はじわじわと上がっているようにも見える。
F1.9開放では少し滲んだような描写を見せ、少し絞ればかなりしっかりと解像する。他のマミヤ645レンズと比べるとボケに癖があるものの、それさえも人気の理由なのだろう。
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フィルム時代にはカメラ雑誌等で様々な検証が行われたと推測するが、現在ネット上にある情報は、アダプター経由で小さなフォーマットで使用したものや、色味を大幅にいじったものがほとんどで、写りの参考になりそうなものは意外と少ない。
筆者自身も思い入れのあるこのレンズを、本来の645フォーマットのデジタルセンサーで紹介していこうと思う。
新旧セコール 80mm F1.9
マミヤ645用のセコールレンズには、初期型と新型の「Nタイプ」が存在する。レンズ構成に違いはないが、後期型の645ボディに合わせたデザインとなり(ピントリングのローレットパターン変更、先端のシルバーライン廃止)、レンズコーティングも改善されているようだ。
もともとクモリやすい面もあるマミヤレンズ。何故だかは分からないのだが、Nタイプの80/1.9に関しては特にクモった個体が多いように思う(クリーンな個体がどれだけ存在するのか筆者は疑問に思っている)。旧タイプであれば状態が良いものも容易に見つかるだろう。当時の定番レンズなので、入手が比較的容易なのがうれしい。
645デジタルバックで使う"標準レンズ"

今回はマミヤとフェーズワンが業務提携して開発したPhase One 645DF+(Mamiya 645DF+同等品)カメラボディに、645フルフレームセンサー(53.9×40.4mm)を搭載したデジタルバックIQ260を使用した。
この連載では何度も登場している業務用のRAW専用機で、センサーが645サイズのため、80mmの標準レンズをそのまま標準画角(135判換算50mm相当の画角)として使用可能。フィルムと同じくレンズの端まで使った本来の描写を見ることができる。
レンズマウント形状は同じのためマウントアダプターは不要だが、マミヤはAF化(1999年発売の645AF)に伴って、完全電子制御マウントへと移行しており、従来のMFタイプの645レンズでは絞りが連動せず、AEも正常に機能しなくなってしまう。純正なのにアダプター使用と変わらない「実絞り」での操作となってしまうのは残念なところだ。
この点ペンタックスはAF化に対しても絞り連動ピンを活かすことで互換性をキープしており、デジタルの645D/645Zでも旧型レンズを制限なく使うことができる(ただしセンサーは小さくなってしまう)。
なお、Phase One XFボディの場合、このレンズをそのまま装着することはできない。レンズマウント側にねじ止めされたフレアカッターのようなパーツを外すか、一部を削ることで使用可能となる。特別な改造は必要ないので、それを知ってさえいれば、同様に楽しむことができるだろう。
大阪・新世界へ
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大阪・関西万博を一度でも体験しておこうと大阪入りした筆者。会場の夢洲へ向かうより前に、一度訪れたことのある通天閣を再訪するため、大阪の新世界へと足を運んだ。
通天閣を中心に広がるこの一角、古くは1903年(明治36年)の「第5回内国勧業博覧会」の跡地である。これは万博を意識してイギリス、ドイツ、アメリカ、フランス、ロシアなど十数ヵ国が出展した大規模な博覧会で、イルミネーションを施した夜間開催などもあり、5ヶ月間の開催で大阪に莫大な経済効果をもたらした。つまりこの場所は、1970年の大阪万博、そして今年の大阪万博へと繋がっているのである。
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「第5回内国勧業博覧会」の跡地を活用するため、東側には天王寺公園が整備され、西側には「新世界」という名の都市計画のもと、初代通天閣やルナパーク(遊園地)が建設された。この通天閣は現在のものとは違い、パリの凱旋門の上にエッフェル塔を乗せたような外観をしており、ルナパーク内のホワイトタワーから旅客用のロープーウェイで移動することができた。園内には今でいう絶叫マシンもあり、通天閣に隣接する劇場や映画館など含め華やかさを誇っていた。それが1912年、今から113年前のことである。当時の写真や映像も残されておりYouTube等でも見ることができる。
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通天閣へとつづく本通り商店街(旧恵美須通り)、そして旧玉水通りから望む通天閣。この辺り一帯がいわゆる「新世界」の名を持つ歓楽街であった。
初代通天閣はその後、火災で損傷、軍事需要で解体され、2年後の空襲では新世界ごと焼失している。1956年になってまったく新しい形で再建されたのが現在の通天閣である。
普段は開放で撮ることのないシーンだが、このレンズのファンにはF1.9の描写を見たい方も多いだろうと、上の写真は絞り解放で撮影した。1/4000sを使ったのは何年ぶりだろうか。解放では周辺が少し落ちているように見えるが、後日確認するとレンズフードの影響だった。また、直線を撮る場合には歪曲収差が気になる。
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こちらはルナパークがあった南側エリア。初代通天閣は現在よりも少し手前に建っていたのだとか。以前訪れたときは塔にこの電光掲示板はなかった。周りは変わらず串かつ屋と射的場の看板で溢れかえっている。
今回は朝の早い時間帯に訪れたため、近隣の串かつ屋は開いておらず(客引きもない)通天閣にも登ることはできなかったが、12年前に何の予備知識もなくこの地を訪れた際、その歴史を知りとても驚いた記憶がある。
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新世界名物のビリケンは商業目的でアメリカから輸入されたもの。足に触ると幸運が訪れるといわれ、この地では現在でも多数のビリケン像を見ることができる。パリに着想を得て西洋の歓楽街を取り入れると同時に、アメリカのキャラクター入れ「ええとこどり」する。新世界には当時の大阪人の貪欲なエネルギーを感じるのだ。
地元の人はあまり訪れないであろう観光地とはいえ、とにかく目立ったもん勝ち!といった看板たちが、ある意味で商都・大阪らしい光景でもある。
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通天閣を離れた後、現地のカメラマンさんと合流して、中判デジタルバックに精通したプロショップ「TPC」にご挨拶してきた。黎明期のデジタルバックの現物が展示されている他、現在ではフェーズワン用のマルチコネクターケーブルを1本単位で販売してくれる(仕入れは5本単位)唯一のショップ、言い換えれば最後の砦である。
蛇足だが、大阪市街地の道路は、南北方向を「筋」、東西方向を「通り」と呼び分けるのだそうだ。調べてみると明治以降に定着した大阪独自の呼び方で、神戸や名古屋の一部にも波及しているらしい。
暴れるAE(自動露出)と対処法
※天王寺駅付近の商店街
MFレンズ使用時にはカメラ内の露出計が大幅に狂ってしまい、あまり当てにならなくなる。筆者は普段から「だいたいの露出でサクッと撮って、必要であれば微調整」という撮り方なのでまったく気にならないが、ミラーレスから写真を始めた人や、露出計の数字に合わせてマニュアルで操作していく人には、使いづらいと感じる部分があるかもしれない。
これはマミヤがAF化のタイミングで露出の制御基準を変更したためで、MFレンズ専用のフォーカシングスクリーン(SF402 Type C)がラインナップされていた。確実に入手困難だろうが、それを使えば露出計はある程度機能し、ピントも合わせやすくなると思われる。しかしそもそも、自動絞りの効かないMFレンズのためだけに、スクリーンを交換するのは現実的とは言い難い(逆にAFレンズでは露出計が狂う)。つまり、ここは慣れた方が早いのだ。
コツとしては「露出」を「画面の中の明るさ」と捉えず「その空間に露出が存在する」と考えること。よく晴れた日に陽が当たっている場所の露出はほぼ一定。当然その中で日陰のものは暗く写るため、1~2段分明るく撮る、というふうに捉え、あとは1枚撮って微調整すれば良い。多くのデジタルバックでは、現在のカメラよりもハイライト側に余裕があるため、ネガフィルムで撮る感覚でも問題ないだろう。
カメラごとに異なるAEの特性を把握するよりも、目分量でのマニュアル露光の方が楽だし早い。同じカットで勝手に露出が変わっては困るというのもあるが、筆者は仕事でも同じスタイルである。
クモリ玉のポートレート活用法
筆者が最も愛用するNタイプの80/1.9は、デザイン学生時代の師匠から15年ほど前にお借りし、その後譲り受けたもの。ファインダーをのぞくと霞みがかって見えるほど、しっかりクモってしまっている。
数年前にシュナイダーの80mm F2.8LSと同じシーンで撮っているカットがあったので、モデルの許可を得て掲載する。もちろん左がSEKOR 80mm F1.9N、データを読み込んで無調整の状態でこれだけの違いがある。
Model:Rose Yuzuriha
クモリの影響で明らかにコントラストが低下しているが、その分トーンが豊かで美しい。色が滲んだように周りに影響しているように見える。基本はF1.9開放からF4までの間で使用することが多いのだが、標準画角でありながらとにかくピントが薄い。それでいてボケが主張しすぎないのが「645」の魅力だとも思う。
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RAW現像で軽く調子をつけると、色を変にいじらずとも撮影時にイメージしていた描写になった。レンズの個性に依存した写真は好みではないが、現代レンズが「写り過ぎる」と感じることが多いのも事実。人物そのものというよりも、その人がいる空間ごと閉じ込めるような、その場の光を拾い集めるような、そんな写りをしてくれる。
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135判フルサイズ機と大口径レンズのような「大きなボケ」求める方や、もっと分かりやすくレンズの個性を主役にしたい場合には、44×33センサーや135フルサイズ機に着けて使うか、もう少し長めの中望遠レンズを使う方が、手軽で扱いやすいかもしれない。筆者がボケを大きくしたいと考えていないせいもあるが、ピント面が薄い割にはボケが大きく見えにくい。これがちょうどいい、と思える人向きである。
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正直なところ使いづらさはあるし、写真レンズとしての汎用性や歩留まりは激しく落ちてしまうが、決まったときの写りが魅力的で、ごく稀ではあるがスタジオでのモデル撮影でも飛び道具的に活躍してくれている。普通にストロボで撮影するのも良いし、モデリングランプの光を使うなど、工夫して撮るのも良い。レンズが小型軽量ということもあり、カメラバッグに忍ばせておくのもアリだと思う。
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実は過去に、状態の良いSEKOR C 80mm F1.9を2度手放している筆者だが、このクモリ玉だけは15年使いつづけており、そう出番は多くないものの、気に入った写真が多いのも事実だ。スタジオ用に150mmあたりの画角(135判換算95mm相当)も欲しいと思い、状態の悪いものをフリマで購入してみたりもしたが、割と普通に良く写ってしまった。いい具合にクモったSEKOR 150mm F3.5をお持ちの方は是非ご連絡いただきたい。
まとめ
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マウントアダプター使用による「オールドレンズ遊び」の人気は変わらず。画角を補うためのフォーカルレデューサーという選択肢もあるが(こちらは画質が落ちて別物になってしまう)、この連載のコアな読者ならば、645フルフレームで使いたいと考える人が多いはずだ。
筆者の感覚的な話をしてしまうと、旧世代のマミヤレンズは120フィルム(ネガ・ポジ問わず)で撮影したときよりも、デジタルバック(LeafやPhase One)で使う方がシットリと上品に写り、特にダルサCCDとの相性が良いと感じている。
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そしてこのレンズ、映像の世界では65mmフォーマットで使用されることもあるようだ。デジタルにおける65mmフォーマットの定義は曖昧だが、ARRI ALEXA 65のセンサーは54.12mm×25.58mmとなり、横幅は645センサーとほぼ同じ。このイメージサークルをカバーするレンズとして、写真用の中判レンズが用いられるのは必然だろう。業務用シネマレンズとしてリハウジングするビジネスもあると、先日PRONEWSの記事で読んだ(1本の改造で60万円程度かかるらしく、同記事ではCONTAX 645用Planar 80mm F2も取り上げられていた)。
50年前の設計でありながらF1.9という明るさを持ち、写り過ぎない自然な解像感と、豊富な階調表現に長けた定番レンズ。いい感じにハレーションが起きる点も「シネマティック」な写りには欠かせない要素なのだろう。
すでにMマウントのデジタルバックをお使いで、このレンズを未体験の方は、是非一度は入手してみてほしい。以前よりも相場が上がったとはいえ、現在のカメラ関連の物価を考えるとかなりお求めやすい価格で、フェーズワン純正のSchneider Kreuznach 80mm F2.8 LSよりも1段明るいレンズが手に入ると考えると、迷う理由はそれほど多くないはずだ。
1983年福岡生まれ。グラフィックデザイナーから転身した職業フォトグラファー。2013年に中古購入した中判デジタルでその表現力の虜となる。福岡のシェアスタジオで経験を積み2022年に上京。
総合格闘技(MMA)ファン。
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