Hシステムという「業務機」
一般的な一眼レフカメラとは異なる、グレイッシュでモダンなデザイン。大きな光学ファインダーに、機械的なキレのあるシャッターフィール。AF精度に定評があり、出荷前に一台ずつシビアに調整されていることからも、ハッセルブラッドHシステムがプロの現場を前提とした業務機であることがわかる。
老舗メーカーのブランド力に加え、富士フイルムとの共同開発ということもあってか、初期のフィルムでの使用を含め、愛用するアマチュアユーザーが多いという肌感もある。
本稿の主役は、2012年に発売された「Hasselblad H5D-60」。後のH6Dシリーズでは全機種でCMOSセンサーを採用しているため、このH5DはCCDの最終世代ということになる。現在でもH4D以降のボディは修理・メンテナンスが可能で、HCレンズとレンズシャッターに関してもまだまだ修理が可能だ(HC300mmとFUJINON銘のものを除く)。
今回は池袋にあるアガイ商事さん(broncolor・Aputure日本総代理店)で別件の打ち合わせ中ハッセルブラッドの話題になり、ご厚意で実機をお借りできる運びとなった。
H5D-60という選択
Hasselblad H5D-60は、Hシステムの中でも特異な存在である。ハッセルブラッドでは一貫してコダック製CCDを採用してきたにも関わらず、この60MPモデルだけが、ダルサ製のCCDセンサーを採用しているからだ(H4D-60とH5D-60のみ)。コダックは645フルフレームセンサーを製造しなかったため、ラインナップ的に「645サイズ」のダルサ製センサーを採用する他なかったのだと考えられる。
なお、コダックからは同じ画素ピッチ(6µm)の最終世代センサーが製造されているが、36.7 x 49.1 mmとサイズが小さく(いわゆる4836カテゴリ)こちらはH5D-50や、CFV50で採用されている。
高感度画質を追求したコダックCCDがベースのHシステムの中に、フェーズワンでも採用された低感度画質に全振りしたようなダルサCCDが採用されているわけで、数あるハッセルブラッドの中でも特殊なモデルなのは間違いないだろう。
ハッセルブラッドの画づくり(HNCS)
ハッセルブラッド独自のカラーマネジメントシステムHNCS(ハッセルブラッド・ナチュラル・カラー・ソリューション)は「ハッセルブラッドの基準色」と呼べるもので、どんな光や被写体でも、複雑な色プロファイルを意識することなく、撮影から編集まで一貫して忠実で自然な色を再現できるよう設計されている。
フェーズワンがRAW素材としてコントロールしやすい方向へシフトした反面、ハッセルブラッドは「写真」としての完成度、つまり「撮って出しの色味」にこだわっているように感じる。これは古くからカメラやフィルムを製造してきたコダックの思想とも合致するし、昨年テストしたX2D-100Cでも強く実感した部分だ。
60MPのダルサセンサーを採用したH5D-60が、HNCSによってハッセルの色に染まっているのか、それともセンサー自体の個性が勝っているのか。筆者が慣れ親しんだこのセンサーを、ハッセルブラッドがどう料理したのか気になっていたのだ。これが本稿のテーマのひとつでもある。
スタジオカメラを山へ
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42歳にして突然登山に興味を持ったのは、健康のためでもあり、まったくの素人として楽しめる趣味を増やしたかったのもある。自分の専門分野にとどまらず初心者の気持ちを体感することで、思考停止を防ぐ効果もあるだろう。
登山は他者に左右されず(天候には左右されるが)自分ひとりのスケジュールで日程が組めるところも、フリーランスにはありがたい。
今回、二度目の登山(初の単独登山)でこのH5D-60を持ち出してみることにした。
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中判のスタジオカメラを山に持ち出すのは、決して合理的とは言えない。山に持って行くなら軽くて高感度に強いカメラが最適解で、Hシステムのような機材は選択しないのが普通だろう。だがもし撮影で十分なクオリティが得られるのであれば、多少重かろうが、撮影に手間がかろうが、対策をすれば大抵何とかなるものである。そして得られる画質は、今のミラーレスカメラでは味わえないものだ。
一部の分野を除き、業務用スチルカメラというジャンルが崩壊した今、カメラは嗜好品の側面が強い。山を登る行為自体にも言えることだが、そこに価値があるかどうかは、本人が決めることなのだ。
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山の中は明るいようで暗い。基本的にはISO80もしくは100をキープしつつ、非常時に200、400を使用するという流れで撮影した。ちなみにH5D-60で使用できる感度はISO80-800となっている(このセンサーのベース感度はISO50のはずだが、80スタートの理由について公式な説明は見当たらない)。
Hシステムのボディはミラーショックが大きく、手持ち撮影ではブレやすいため、作例ではすべて一脚を使用した。登山中は一脚をトレッキングポールとして使い、撮影時にカメラを乗せて撮るスタイルである。これにより足への負担も大幅に軽減され、まさに一石二鳥といったところだ。
一脚の効果は絶大で、1/125程度なら問題なく、かなり気をつけて数枚撮れば1/30まで、等倍で見てもなんとか耐えられるデータになった。ある程度の慣れは必要かもしれない。
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今回PRONEWSからお借りしたレンズは2本。メインで使用したのはHC100mm F2.2である。HCレンズの中では最も明るく、比較的コンパクトな設計。645フォーマットでは少し長めの標準レンズとなる(画角は135換算64mm相当)。
山頂の眺望よりも、歩きながら良い光を見つけて記録していくという筆者のスタイルにはピッタリだった。シャープでありながら開放付近では甘さもあり、個人的には好きなレンズである。
一緒にお借りしたHC35mm F3.5は、定番の広角レンズ(画角は135換算22mm相当)だ。超広角レンズにシャッターが搭載されているおかげで、レンズ自体が大きく重量もフード込みで1kgを超える。できれば山に持っていきたくない大きさだが、よく写るレンズだと思う。
Hシステムがスタジオカメラ向きだと言える理由は、レンズシャッター前提のシステムだということ。ストロボが全速同調するのでその面では有利だが、シャッタースピードの上限が1/800※となり、絞りを開けて撮りたいという層には響かないだろう(※H5Dとオレンジマークの新型レンズの組み合わせでは1/1000、H6Dとの組み合わせで1/2000を実現)。
二つ目は、手ブレしやすいこと。レリーズタイムラグが短く、撮っていてかなり気持ち良いのだが、ミラーやバックシャッターによるショックが大きいようだ。中判一眼レフに慣れている筆者でも、最低1/250はキープしないと撮影データを拡大して打ちのめされることになる。これもスタジオではまったく問題にならない部分。基本思想はお仕事カメラだと言って良いだろう。
ましてや今回のH5D-60は、低感度画質に全振りしたようなダルサCCDである。他のモデルよりも感度を上げられない。おまけに登山中は息が上がるので、普段より一層ブレやすくなる。三脚なしで山に持っていくには、相性が良くないとお分かりいただけるだろうか。
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肝心の色に関しては、想像していたのとは随分違っていた。WBはデイライト(昼光)を選択したものの(なんとAWBは存在しない)色がマゼンタに転びがちで、くすんだ印象で鮮やかさがない。カメラの液晶でも、パソコンに読み込んでも同様だった。
個人的にRAW専用機の「デフォルトの色」はどうでも良いと思っていて、当然RAW現像で美しい発色は得られるのだが(作例はすべて現像済み)、ハッセルブラッドらしい色味(HNCS)というよりも、カラーバランスが崩れたような、RAW現像前提の「素材感」がある。この件に関しては、記事後半でもう一度触れようと思う。
当初の予定では、スタジオでのモデル撮影でH5Dの真価を確認しようと考えていたが、モデルの体調不良で作品撮りが消滅してしまった。これまでに何度もHシステムを使用する機会があったが、毎回何らかのトラブルが発生し、一度も人物撮影ができていないのが現状である。次にHシステムを特集する時にこそ、トゥルーフォーカスIIの性能を確認したいところだ。
ハッセルブラッドのワークフロー思想
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準備していた作品撮りが消滅したため、確保していた1日を使って、千葉県にある鋸山に登ってきた。昨年11月末にはじめて、3週間で3度目の登山である。
鋸山は採石場跡として知られ、通称「ラピュタの崖」と呼ばれる壁面が有名だ。一度観光ルートで訪れたことのあった低山だが、登山道から見る景色はまったく別の山のようだった。
山で撮ったH5D-60のデータを持ち帰り、あらためて純正ソフトのPhocusで向き合う。ハッセルブラッドのワークフローは、歴史の積み重ねで形作られてきたものである。
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ハッセルブラッドのデジタルデータは、不要なデータが最適化されレンズや距離等の補正データが含まれた「fff」形式と、撮影時のデータそのままの「3FR」形式の2種類に分けられる。スタジオでのテザー撮影では「fff」で記録されるが、カメラ単体で記録された「3FR」は、現像処理に必要な情報を付加した「fff」へと変換する作業が必要になる。
純正ソフトPhocusの最新版では、H6D以降の「3FR」データをそのまま読み込めるようになったが、稀にレンズ補正がかからない場合があるなど、挙動が不安定との情報もある。今回のH5Dはそもそも対象外となるが、Phocusは元々「fff」形式を前提としたソフトウェアなので、少なくとも現状では「fff」に変換するに越したことはなさそうだ。
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歴史を遡ると、2004年にハッセルブラッドの親会社であるシュリロは、ハイエンドスキャナやデジタルバックの大手メーカー「Imacon(イマコン)」を買収。このイマコン社のファイルフォーマットが「3FR」であり「fff」だった。
イマコン創設者がハッセルブラッドのCEOに就任し、他社のデジタルバックが装着できないよう「締め出し」とも取れる方針をとり話題になったが、自社完結によってバッテリー1つで駆動し、デジタルバックの通信エラーやAF精度の課題をクリアするなど、黎明期のHシステムを牽引していく。
ちなみに、それまでハッセルブラッドと協力関係にあったはずのフェーズワンは、イマコンと同じデンマークの企業である。現在でもCapture OneでハッセルブラッドのRAWデータが開けない(ロックがかかる)理由はここにあるのだろう。ご存知のように、フェーズワンは後にマミヤと提携することになる。
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そんな経緯があり、ハッセルブラッドは撮影から現像まで自社で完結させる必要があった。イマコン社のスキャニング用ソフトウェア「FlexScan」を改良し2007年に誕生したのが「Phocus」である。
ここは筆者の推測だが、撮影した本人が大量のカットを処理するというよりも、当時の商業スタジオを前提に、撮影時のクライアント確認から1枚づつセレクト、書き出しまでを一貫して行うスタジオツールだったのかもしれない。
事実として、Phocusは、Capture OneやLightroomとは基本設計が大きく異なっている。テザー撮影自体は非常に安定しているものの、独特の操作系からちょっとした基本操作で戸惑うことも多く、動作速度もゆっくりである。かなり慣れが必要なので、ユーザーの中には、RAW現像はLightroomを使うという方も多いのではないだろうか。
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原稿を書き進める中で、ひとつ興味深い事実が判明した。H5DシリーズはJPEG記録できないと思い込んでいたが、RAW+JPEG記録に対応していないのは、この60MPモデルだけだったのだ。デフォルトでの色味に関しては先にも述べたが、色味がマゼンタ寄りで色乗りが悪く、ナチュラルな色味へ調整するのに手間もかかった。
もしかしたら、ダルサCCDは「HNCS」という色設計の枠外だったのではないか。AWBが実装されていないということは、ハッセルブラッドはこの機種での画づくりを諦めたのではないかと、筆者の勝手な推測が捗るのだった。
便利なカメラが、良いカメラなのか
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登山をはじめて最も衝撃を受けたのは、登山ウェアの「レイヤリング」という考え方だった。登山ではいかに肌をサラサラに保つかが重要で、高い機能性を持った製品が無数にあるが、万能なウェアは存在しない。汗を外へ逃がすもの、風を遮るものなど、役割の異なるウェアを重ね、自分の体質やその日の気候に合わせて、行動中に細かく調整していく。
万能を求めず適合性を優先する点や、人によって正解が異なる点で、写真機材の選び方にも通ずる部分があると感じている。
ミラーレス時代になって久しく、カメラはより簡単に、より確実に、なんでも撮れる道具になった。進化の方向性として間違いなく正しい一方で、写真とは光の反射を記録するものであるという原理は変わらない。
歩留まりを求められる仕事や、スポーツ等の分野では意味合いが違ってくるが、本質的に「カメラの機能」が写真を撮るのではない。
時として「自ら不便を取りにいく」という選択も、写真と向き合う上でひとつの豊かさと呼べるのではないだろうか。その不便さがあるからこそ立ち止まり、見えてくる光もあると思うのである。
1983年福岡生まれ。グラフィックデザイナーから転身した職業フォトグラファー。2013年に中古購入した中判デジタルでその表現力の虜となる。福岡のシェアスタジオで経験を積み2022年に上京。
総合格闘技(MMA)ファン。
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