憧れのAF中判一眼レフ
「CONTAX 645」それは歴史あるコンタックスの名を冠した唯一の中判カメラであり、なんと言っても「Carl Zeiss」ブランドの中判レンズがAFで使えるという、夢と憧れがつまった孤高の高級機である。
この美しいカメラは、女性でもしっかりホールドできるほどグリップが小さく設計されており、他社競合機とは方向性が異なっているようにも思う。
1999年に発売された本機を、今回はフェーズワンのデジタルバック「Phase One P30+」との組み合わせでお借りすることができた。いつものように作例を交えてお伝えしていきたい。
紅葉を撮る
すでに12月に入っており時期を逃した感は否めないが、人生で初めて紅葉を撮りに出かけてみた。探してみると意外に見つかるものである。
このカメラの代名詞とも言えるのが「Carl Zeiss Planar T* 80mm F2」だろう。一般的な80mmよりも1段明るいだけでなく、オートフォーカスで使用できる645判標準レンズである。ツァイスブランドは絶大で幻想が膨らむレンズだが、絞り開放では少し甘く、こぼれ落ちそうな脆い描写を見せる。しかしF2.8で描写が安定し、F4辺りからピリッとエッジが立ってくる。基本的にはシャープさを優先させた現代レンズという印象を持った。
普段はそれほど絞りを開けて撮ることはないが、今回は意識して絞りを開け気味にテストしてみる。F2.4~F3.5辺りでの描写が(ピントさえ合えば)なんとも言えない味があり筆者の好みである。44×33センサーのデジタルバックを使用したせいもあるが、少し絞り込むとシャープだがどこか平面的な描写になってしまうように見える。
筆者はこれまで「紅葉を写真に収めたい」と思ったことが一度もなく、仕事でない限り、皆がこぞって撮影する桜やイルミネーション、観光名所などの撮影にも基本的に興味がない。だがこの記事作例をキッカケに、自分から「探して」みると、やはり美しいものだと感じるし、紅葉に目を輝かせる家族連れの姿は、あまりにも眩しく映る。
余談だが、植物の葉が緑色に見えるのは、光合成に必要な色素のひとつ「クロロフィル」が大量に含まれているため。気温が低くなり光合成を休止することでクロロフィルが分解され、隠れていた他の色(イエローやオレンジ)が顔を出す。つまり色が変化して見えるのはグリーンの色素が抜けてしまうから、ということになる。
その上で、カエデやモミジが赤く染まって見えるのは、アントシアニン(低温から身を守る)という色素が合成されるからだそうだ。植物が冬に備える姿が、結果的に季節の風物詩となっているわけだ。
CONTAX ブランドの歴史
Contaxとは、1932年にZeiss Ikon(ツァイス・イコン)から誕生した高級カメラブランド名である。当初は王道のレンジファインダー機にその名を冠しており、Leitz社のライカとの競争はあまりにも有名だろう。
第二次大戦後のドイツ東西分断を経て、レンジファインダーの時代が終わり1961年にContaxブランドは休止した。1970年代に入り西ドイツのZeiss Ikonがカメラ事業から撤退したのち、複数の日本メーカーと交渉しブランドのライセンス契約という形で、富岡光学を子会社に持つヤシカと提携。こうしてヤシカが製造する高級カメラとして「CONTAX(大文字標記に変更された)」が蘇った。いわゆる「ヤシカ・コンタックス」の誕生である。
1975年に発売されたヤシカ製コンタックス初号機「RTS」は、ポルシェ・デザイン(ポルシェから独立したドイツのデザイン事務所)にデザインを発注するなどして話題を集め、その後人気シリーズを展開することになるのだが、テレビ受信機事業の頓挫や横領事件、オイルショックなどが重なり同年にヤシカは経営破綻。
そのヤシカをのちに吸収合併したのが、当時エレクトロニクス分野で急成長していた京セラ(当時の京都セラミック)であった。ヤシカも京セラも電子化・自動化の技術に優れており、電子化とブランド力を活かした付加価値の高い市場を確立していくのである。だが時代も流れ、そこにもデジタル化の波が押し寄せることになる。
AF搭載のNシステムや、Nデジタルを発売するなど時代に対応しようとするが、2005年にはついにカメラ事業から撤退。しかしそれ迄の間に、コンパクトカメラから中判カメラまで多くのコンタックス製品が発売された。
その中で唯一無二の光を放つのが本機「CONTAX 645」である。
CONTAX 645の特徴
CONTAX 645の最大の特徴は、Carl Zeissの中判レンズがAFで使えてしまうことだろう。AF駆動には超音波モーターを採用し、中判一眼レフとしては静かでスピードも決して遅くない。またAF後にMFへ移行するフルタイムマニュアルが可能であったり、現在の観点でも使いやすい仕様となっている。
業務機で多く採用されるレンズシャッターではなく、電子制御式のフォーカルプレンシャッターを採用し、1/4000秒の高速シャッターを実現している点も見逃せない。たとえ晴天下であっても、ツァイス・レンズを絞りを開けて楽しむことができる。
なお、同年に発売された「Mamiya 645AF」でも、1/4000、1/125シンクロを実現しているのだが、本機が数ヶ月先である。1999年当時としては中判カメラで1/4000が切れるのは大きなアピールポイントだった。
インターフェイス
135判の京セラCONTAX機の流れを汲んでおり、そのままステップアップできるようなダイヤルによる操作系となっている。AE(自動露出)を前提としているせいなのか、絞りリングは半段ずつの調整が可能であるのに対し、マニュアル露光モードでは中間シャッターが切れず、細かい露出制御ができないなど不思議な面もある。
冒頭でお伝えしたように、グリップは他社製ボディと比べてかなり小ぶりだ。手の大きな筆者には物足りなさもあるものの、決して持ちづらい形状ではない。手の小さい方を含めて多くの人が使えるデザインを目指したのだろう。
そして設計時にこだわったとされるのが、心地良いシャッター音である。カシュンと上品に切れる様は、とても中判一眼レフ機とは思えない。
ボディの重量バランスが良く、シャッターショックも少ないようで写真がブレにくい。筆者の感覚では1/125は安心して使えるレベル。慎重に撮れば1/60や1/30も実用範囲である。野外での手持ち撮影では微妙なカメラブレを起こす機種も多い中、これは非常に優秀だと感じた。
内部のミラー形状が逆台形になっているのも、もしかしたらブレにくさや上品なシャッター音に繋がっているのかもしれない。
ディスタゴンの45mmもそつなく写る優秀なレンズだ。ただし広角になるとAF精度はかなり怪しくなってくる。ピント位置に注意して撮影したいところだ。
バッテリー寿命
CONTAX 645を実用する上で最も気を使うのは、バッテリーの持ちかもしれない。かなり減りが早く、残量が把握できないため不安になってしまうのだ(なくなるとファインダー上で電池マークが点滅する)。
指定の「2CR5」リチウムバッテリーを使用するのだが、残念ながら現在コンビニで買えるほどメジャーな品番ではない。また充電式ではないので、ひたすら予備を買いつづける必要がある。
そこで充電式バッテリーの登場となるのだが、こちらは容量が500mAhしかなく、筆者の体感では200~300枚程度でなくなるようだ(冬場・マニュアル露光・半分はMF使用)。
実際に仕事で使用されていた方に聞いてみると、1回の撮影でバッテリーを5~6本用意していたそうだ。もちろん使い方によるので、デジタルでも1日に200枚も撮らないという方は、予備を1本持ち歩く程度で十分だろう。
紅葉を撮りに出かけたはずが、いつの間にか枯れた蓮池を撮影していた。通常は水面より下でカットされることが多いと思うが、そのまま沈んで朽ちていく光景が筆者にはめずらしく心惹かれた。
見頃のシーズンだけを愛でるのは容易だが、その他は無関心ということも多い。オフシーズンも植物は生きつづけ誰かが管理をしているわけで、1年を通してその生態を見ている人の方がより美しさを理解できて、写真ライフも楽しくなるのではと思う。
タレントポートレート
新潟で活躍するタレント・芦川玲一さんと所属事務所(中田写真事務所)に協力いただき、CONTAX 645での人物撮影のテストを行った。
使用したレンズは「Carl Zeiss Planar T* T* 80mm F2」と「Carl Zeiss Sonnar T* 140mm F2.8」の2本。
1999年発売ということで覚悟していたものの、AFは思ったよりも実用的、というのが感想だ。風景と人物撮影では求められる要素が異なるが、趣味での撮影ならばそれほど問題にはならないだろう。特に近距離でのAF精度は高いと思うが、悪条件でもないのに迷いつづけることもある。一度ピントを合わせた後で、別の近い位置に合わせ直そうとするとAFが動作しない症状があり、完全にピントを外してから再度AFを動作させる対策をとった。
多かれ少なかれ、この辺りは中判AF機では仕方のない部分もあるが、やはり2010年以降にもデジタル前提で進化をつづけた他社モデルと比べると我慢を強いられる面はあった。逆に1999年のカメラとしては非常に完成度が高いと思う。
普段は半押しでAFが駆動する設定で使うのだが、迷うことが多いのでMFモードに変更、親指でAFを併用して撮影することになった。プラナー80/2は開放が甘い描写のため、ファインダー上でもピントが掴みづらいというデメリットがある。
140mmのゾナーも優秀なレンズで、個人的には好みの写りである。しかし本当に人気がないようで、かなり安価で入手できるらしい。特にフィルムや645フルフレーム機で人物を撮影する場合は、使いやすくオススメできるレンズだ。
デジタルバックの入手性
今回セットでお借りしたデジタルバックは Phase One P30+。中判センサーの中では小さな44×33mmサイズで、3100万画素のコダックCCDを搭載している。またフェーズワンの中で唯一マイクロレンズを搭載し、CCDなのに高感度にも強めで、モアレが発生しにくい点がウリの機種でもある。
筆者はP30+をはじめて使用したのだが、今回の作例はこのコダックCCDセンサーの個性が強めに出ていると思う。RAW現像の際にもかなり癖を感じたこともあり、装着するデジタルバックによってテイストはかなり異なってくると思われる。
また、44×33は今話題のフォーマットでバランスの良い大きさだが、今回のように元々645規格のカメラに装着すると、かなり画角が狭くなってしまう。慣れの問題ではあるが、いつもの感じでカメラを構えたあとで、ファインダーマスクを頼りに数メートル下がって撮影することが多かった。こうして撮影する距離が変わり、画面中央がクロップされることで、レンズ描写の印象も随分変わってしまっただろう。
もちろんフィルムと同じサイズ(645フルフレーム)のデジタルバックを使用するのが理想だろうが、CONTAX用(Cマウント)のデジタルバックは元々数が少なく、2024年現在では入手困難、あってもかなり高額になってしまうのが現状である。
ちなみにフェーズワンはIQ2シリーズまで、CONTAX用のバックをラインナップしていたようだ。
まとめ
中判一眼レフカメラのAF化は、1997年の「PENTAX 645N」に始まり、1999年の「CONTAX 645」と「Mamiya 645AF」、2002年の「Hasselblad H1(富士フイルムGX645AF)」と展開していくが、モデルチェンジが一度もなかったのは本機だけで、設計時にどこまでデジタルバックでの使用を想定していたかも不明である。
にも関わらず、趣味用途には十分の使い勝手をもっており、京セラの技術力がここまで高かったのかと驚く結果になった。またフェーズワン・マミヤやハッセルブラッドHシステムが業務用の側面が強いのに対し、実用性だけでなく嗜好品としての要素が強く反映されているように思う。
CONTAXとCarl Zeissの絶大なブランド力と、憧れの名機を使う満足感。無駄のないスタイリッシュなデザインは眺めるだけで楽しく、写真を撮っても楽しい。
道具としての所有欲を刺激される、とても困ったカメラである。