是枝裕和監督による短編映画「ラストシーン」。同作は「Shot on iPhone」の最新作であり、iPhone 16 Proのみで撮影された作品だ。今回は「ラストシーン」でのiPhoneの印象や、オフライン編集に使用されたAvid Media Composerの使い勝手について、是枝監督に話を伺った。

是枝裕和氏 プロフィール
1962年6月6日、東京都生まれ。早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。2014年に独立し制作者集団「分福」を立ち上げる。1995年に「幻の光」で監督デビューし、その後も「誰も知らない」(04)、「そして父になる」(13)、「海街diary」(15)等、数々の作品を世に送り出す。2018年の「万引き家族」は、第71回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを受賞し、第91回アカデミー賞外国語映画賞にノミネート、そのほか多くの映画賞を受賞した。
2019年の「真実」は国際共同製作作品として海外の映画人とのセッションを本格化させ、2022年には初の韓国映画となる「ベイビー・プローカー」で、第75回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品、エキュメニカル審査員賞を受賞。映画「怪物」(23年)は、第76回カンヌ国際映画祭にて脚本賞(坂元裕二)、クィア・パルム賞をW受賞した。最新作は、向田邦子の傑作ホームドラマをリメイクした「阿修羅のごとく」(出演 宮沢りえ・尾野真千子・蒼井優・広瀬すず他)。

iPhone 16 Proが映し出す是枝裕和監督の短編作品「ラストシーン」

「ラストシーン」
監督:是枝裕和
撮影:瀧本幹也
主演:仲野太賀、福地桃子

あらすじ
脚本家の倉田はテレビドラマ「もう恋なんてしない」の脚本の改訂に取り組む。そこに、50年後からタイムトラベルしてきたという由比が現れ、倉田に「ラストシーンを書き直して欲しい」と頼む。倉田は疑念を持つが、由比が主演女優の孫であること、そして自分のせいで未来の世界からテレビドラマが消えてしまったことを知る。倉田は未来を変えるため、由比と共に脚本を書き直そうとする。

――iPhone 16 Proの印象はいかがですか。

是枝氏:

アクションモードやシネマティックモードなど機能も充実していますし、音の拾い方も含めてカメラとしてかなり進化しています。今後iPhoneで長編映画を撮る人がでてくるだろうなと思います。

――iPhone 16 Proでの撮影で、印象に残っているシーンを教えてください。

是枝氏:

観覧車のシーンですね。役者2名、スタッフ3名の計5名で乗り込んでの撮影で、iPhone 16 Proの小ささが非常に有効な場面でした。以前別の作品で観覧車での撮影がありましたが、その時は機材スペースが原因で自分は乗ることができず、観覧車の下で待っていました。演出という面で、今回一緒に乗れたのはとても大きかったです。

観覧車での撮影シーン

是枝監督が語る、Media Composerでのオフライン編集

――初めてAvid Media Composerで編集をされたのはいつ頃ですか?

是枝氏:

映画「DISTANCE」(2001年)の時から使っています。当時の助監督に一通りの操作を教えてもらって使い始めました。それまではVHSやUマチックでテープ編集をしていました。

――最初の印象はいかがでしたか?

是枝氏:

いくらでも直せてしまうのがむしろ不便に感じました。テープ編集では繋ぎを直そうとすると大変手間がかかります。カットを追加しようとすると、それ以降の部分を別テープにコピーして、カットを追加して、コピーした部分をその後に追加するわけで、それをできるだけ避けるために、1つ1つのカットの編集が「決断」でした。
デジタルになると取り消す、割り込むなどなんでもできてしまうので決めることが難しい。それが半ば楽しいのですが、半ば「終わりがないな」と。デジタルは「とりあえずの編集」なんだな、これが最初の印象でした。

――使い続けるうちに印象が変わっていったのでしょうか

是枝氏:

Media Composerで編集することで、試行錯誤の回数がテープ編集と比べて圧倒的に増えます。それによって発見することも増えてきます。その喜びのようなものが分かってきたのが、「誰も知らない」(2004年)の編集をしているあたりでしょうか。
何十通り、何百通りの繋ぎを試して、「これだった」というところに辿り着く面白さみたいなものはさらに数年使って実感できたように思います。

――他社の編集システムと比較してMedia Composerの印象はいかがですか?

是枝氏:

途中、他社のソフトも使ってみたのですが自分には合いませんでした。うまく言えないのですが「コンピューター」な感じがしました。パーツを貼り合わせている感じというか。平面的というか。Media Composerは、タイムラインでの「時間の流れ」、画と音が流れている感じが好きです。「割り込みができるテープ編集」のような印象があります。

――Media Composerで気に入っている機能はありますか?

是枝氏:

Media Composerはトリミングしている時の感覚が、他社のソフトよりも「実際にやっている」感じがして自分の感覚に近いです。手作業感がありますね。また、トリミングで、再生させながらカット点を調整する機能が好きで、よく使っています。
また、シークエンスの一部をソースモニタにコピーする作業もよくします。シーンの順序を変える時などに、ソースにコピーしてそこから編集するという、テープ編集の「やりくり」に似ている感覚が良いですね。「一昨日のあの編集が良かったから、その部分だけ持ってくる」といったこともよくやります。
それと、インターフェースは「Media Composerクラシック」の設定にしています。新しいインターフェースも試したのですが、個人的には「これはAvidではない」と感じました(笑)。それまでの感覚のまま編集をしたかったので、以前のインターフェースに近い環境で作業をしています。

――作品の編集をご自身で行われていますが、どのようなこだわりがありますか?

是枝氏:

マウスを持って右手を動かしていないと頭が働かないんです。編集途中の画を、テープ編集でのジョグシャトルのように再生させることによってアイデアが浮かんできます。「ここはこうした方がいいんじゃないか」、「自分はこんなことがやりたかったのかもしれない」といったことが、編集しながらあれこれいじっていると見えてくる。それが楽しいですね。

    テキスト
「ラストシーン」オフライン編集のタイムライン
※画像をクリックして拡大

――編集の工程で改善してほしいことはありますか?

是枝氏:

オフラインが一旦終わり、その後CG、音などが出来上がってきて、それを入れた状態で見た時に、編集をしなおしたくなる場合もよくあります。その際に、変更箇所を他の部署とやり取りしますが、現状では編集助手が手作業でカットごとの変更リストを作成しています。このあたりがもっと自動的に正確に追加、修正できるようになると、スタッフの手間も時間も減ってギリギリまで編集ができるなと思っています。

――是枝監督が撮影や編集の過程で大切にされていることがあれば教えて下さい

是枝氏:

「愛を引きずらない」こと。自分で脚本を書いて、自分で監督をしていますが、その"愛"を引きずらないように編集マンとして作業しています。

    テキスト
「ラストーシーン」制作ワークフロー図 ※画像をクリックして拡大

「ラストシーン」メイキング

「ラストシーン」でのiPhone 16 Proの撮影技術

  • シネマティック・スローモーション(最大4K 120fps Dolby Vision)A18 Proチップと改良カメラにより、まるで映画のように滑らかなスローモーション撮影が可能。例えば、観覧車内で桜のフィルムケースが落ちるシーンなど、微細な動きも高精細に捉え、撮影後に速度を24fpsへ調整することで詩的な余韻を演出。
  • シネマティックモードで被写体の奥行きや感情の揺れを、ピント移動とボケ味でドラマチックに描写。ファミリーレストランで由比と倉田が出会うシーンでは、後からボケの強さを調整できる機能が、映像に空気感と臨場感を与えている。
  • 5倍望遠カメラ テトラプリズム設計を採用した5倍光学ズームにより、高精細な映像を安定して撮影可能。たとえば、由比が海岸から50年前にドラマ撮影中の祖母を見つめるシーンでは、この望遠描写が作品に静かな情感と距離感を加えている。

録音技師に聞く、Media ComposerとPro Tools連携の強み

今回、「ラストシーン」で録音を担当した、録音技師の冨田和彦氏にもAvid製品での制作についてお話を伺った。

――「ラストシーン」はどのように録音・後処理を行ったのでしょうか?

冨田氏:

ラストシーンはiPhoneで撮影しましたが、録音機材は通常の映画と同じ機材で録音しました。iPhoneで撮影されたオフライン用に変換された映像データにカチンコ、タイムコード(Blackmagic Camera App撮影時のみ)、内蔵マイクガイド音声の3つの方法で、別収録機で録音したWavを編集担当が映像と音声をSyncしています。
オフラインピクチャーロック後Pro Toolsでの整音作業はAvid Media Composerから以下の3つのデータを出力してもらっています。

  • 作業用QuickTimeの映像
  • AAF
  • PTX

冨田氏:

このデータをもとに音響チームは、セリフ、音響効果、作曲、選曲などを進めました。

――オフライン編集にMedia Composerを使用したことで、どんなメリットがありましたか?

冨田氏:

私はセリフ担当だったので、整音作業は従来からのAAFをメインに展開して、オリジナルのWavに戻してマイクごとのISOからMixをし直して進めます。
Media ComposerからPTXファイルをもらう利点は画のIn/Out点がわかることです(※Media Composerオリジナルの映像はもらっていないので実際は映像にリンクはかからず)。リング切れの状態になりますが、編集の画の切れ目がわかるので非常に便利です。画の編集点と音の編集点は違うことが多いので、PTXファイルがなかった時は画の編集点を1フレームずつ手作業で送って探していました。

――Pro Tools側に反映される情報についてはいかがですか?

冨田氏:

Media Composerトラックやタイムラインにマーカーとしてコメントを残してもらうと、Pro Toolsで反映されます。「ここに監督が効果音が欲しいと言ってた」「ここのセリフはアフレコ予定」などがPro Tools上に出てくるのは非常にわかりやすく、Pro Tools側も、マーカーやトラックマーカーが複数配置や表示/非表示できるようになったので、整理しやすくなりました。
PTXでやりとりができるようになったのはAvid製品同士の利点だと思います。
あと、最近気になっているのはMedia Composer/Pro ToolsのAIによる文字起こしです。ナレーションやインタビュー作品で効率化できるかもしれません。

「ラストシーン」での主たる録音機材

■Recorder:

  • Sound Devices Scorpio

■Mic:

  • DPA 4017
  • DPA 4011

■Wireless:

  • Wisycom MTP61 MTP41
  • Wisycom MCR54 MCR42

■Lavalier Mic:

  • DPA 6060/6061

■Microshotgun mic:

  • DPA4097

是枝監督の創作を支えるMedia Composer

テープ編集時代の「決断の瞬間」を受け継ぎながら、デジタルの自由度を活かして多彩な試行錯誤を可能にするMedia Composerは、是枝監督の創作プロセスに寄り添うパートナーと言えるだろう。


さらに、「ラストシーン」の制作ではオフライン編集からPro Toolsへの連携もスムーズで、音響チームとの効率的な情報共有やタイムライン管理を実現。iPhone 16 Proによる撮影と組み合わせることで、コンパクトかつ高画質な映像制作が、より柔軟かつスピーディとなった。


映像制作の現場において、創作意図を忠実に映像化するためのツールとして、Media Composerは今後もプロフェッショナルにとって欠かせない存在であることが「ラストシーン」の制作から伝わった。

WRITER PROFILE

小池拓

小池拓

有限会社PST代表取締役。1994年より Avid、Apple、Adobeなどの映像系ソフトのデモ、トレーニングを行っている。