1.報道カメラマンは保守的

 ニコンでいえばF一桁、いわゆるフラッグシップ機の主たるユーザーであるプロカメラマン、特に新聞社などの報道カメラマンは機材に関してかなり保守的である。技術の進歩で新たな機能がカメラに組み込まれても、すぐには飛びつかないのだ。1980年にニコンF3が登場したときでも電子制御シャッターや自動露出への不安から、なかなかメイン機材として使ってくれなかった。1971年のニコンF2のときでさえ、さる大手の雑誌社ではニコンFのディスコンに備えてFを大量に購入し、未開封のまま保管していたというエピソードも伝えられている。
 撮り直しができず、失敗の許されない彼らにとっては絶対の信頼が第一条件なのだ。ということは、フラッグシップ機に新しい機能を盛り込む際には、慎重の上にも慎重に検討して十分に熟成してから組み込む必要があるのだ。

2.第4のF

 ニコンでは1986年のF-501以降、AF、AE、フィルムの自動巻き上げを組み込んだ全自動一眼レフのシリーズをスタートさせたが、それらの技術をブラッシュアップし、満を持してフラッグシップ機にそれらを盛り込んだのが、1988年のニコンF4である。キャッチフレーズは「第4のF」だった。当時のAF一眼レフの操作系は、ダイヤル操作から液晶表示を見ながらボタンやコマンドダイヤルで設定する形式に移行しつつあったが、ニコンF4では敢えてダイヤルを残した。シャッター速度、露出補正、フィルム感度、ドライブモード、露出モードの設定はそれぞれ個別のダイヤルで行う。フィルム巻き戻しは電動だが、巻き戻しクランクも残した。これらはみな前述したような報道カメラマンなどの保守的なユーザーへの配慮と言えるだろう。

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ニコンF4の操作系は従来からのダイヤルによる操作を基本としているが、そのダイヤルの配置はペンタ部の左側にフィルム感度ダイヤル、右側にシャッターダイヤル、そしてその右に露出補正ダイヤルが置かれている。このレイアウトは、現在のヘリテージデザインのミラーレスカメラニコンZfc(写真上)やニコンZfにも受け継がれている。

3.ニコンF4のバリエーション

 ニコンF4には3つのバリエーションがあり、その違いは使用する電源電池にある。基本形はニコンF4で、単三乾電池4本を収納するバッテリーパックMB-20が付属する。同時に発売されたニコンF4Sはバッテリーパックが単三乾電池6本を収納するMB-21になる。MB-20はグリップ部のみに電池が収納されるが、MB-21はグリップ部に3本、カメラ底部に3本と、分かれて収納するようになっていた。このMB-21は、縦位置撮影用のレリーズボタンやリモートターミナルが設けられ、現在でいう縦位置グリップとなっている。この 2機種では連続撮影のコマ速が違い、MB-20装着のニコンF4では最高4コマ/秒だが、MB-21装着のF4Sでは最高5.7コマ/秒と速くなる。
 1991年にはマルチパワーパックMB-23を装着したニコンF4Eが発売された。こちらは基本的な性能はニコンF4Sと同等だが、電池の収納はカメラ底部のみとなっており、F4Sの煩雑さが軽減されている。このモデルはむしろ専用のニカド電池MN-20の使用をメインに考えているようだ。

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ニコンF4SのバッテリーパックMB-21はグリップ部とカメラ底部の2つのパートに分かれており、それぞれに単三乾電池3本ずつを装填する。電池交換は少々煩雑だ。グリップ部には縦位置レリーズボタンが、底部にはリモートターミナルとケーブルレリーズ用のテーパーねじが設けられている。

4.スクエア型シャッター

 ニコンF4では、フラッグシップ機で初めてスクエア型の縦走りフォーカルプレンシャッターを採用した。最高速は1/8000秒である。1/8000秒はこの6か月前に発売されたニコンF-801ですでに実現しているが、F4では羽根の材料に新開発のカーボン複合材料を用い、ショックを軽減するためにタングステン素材のバランサーを設けるなど、フラッグシップ機にふさわしいものにブラッシュアップしている。それまではフラッグシップ機にはドラムタイプのフォーカルプレンシャッターを用いるのが普通であったが、高速シャッターやストロボ同調速度の面ではスクエア型の方が優れているのは明白なので、フラッグシップ機にふさわしい信頼性を確保すべく改良した上で採用したということである。

5.AFセンサー

 ニコンF-501ではAFセンサーとしてハネウェルのTCLモジュールを用いていたが、その後1987年のニコンF-401からは自社開発のセンサーモジュールを用いている。同一チップ上に2列に設けたCCDアレイに、セパレーターレンズの役目をする2個の凹面鏡で被写体光を導く独特の構成で、AFセンサーの定石どおりミラーボックス底部に配置された。このモジュールの構成はコンパクトでユニークなものだったが、残念ながらAF測距エリアの多点化に対応できないため続かなかった。このAFセンサーの周囲にはスポット測光用の受光素子やTTL調光のセンサーも配置され、ミラーボックス底部はけっこうにぎやかなものになっている。
 なお、このニコンF4のAFには、動体の動き分を補正する「予測駆動フォーカス」が組み込まれた。

6.最も広範囲のレンズが使えるカメラ

 ニコンFマウントは1959年のニコンFの発売以来基本的な寸法形状は変わっておらず、現在に至るまで互換性を長期間確保しているレンズマウントとして知られている。しかし、ボディとレンズの組み合わせによっては装着できないものとか、装着できても機能に制限が生じるようなケースが生じている。そのような状況の中にあって、ニコンF4には過去のFマウントのニッコールレンズのみならず、その後に登場するレンズ内モーターのAF-IレンズやAF-Sレンズにも対応できるように設定してあるのだ。そのためニコンの一眼レフの中でも最も広範囲のレンズが使えるカメラとなっている。
 端的な例としてはニコンF3AFと同時に登場したAiAFニッコール80mm F2.8SとAiAFニッコール200mm F3.5Sが挙げられるだろう。これらのレンズをニコンF4に装着してAFで使うこともできる。逆に、これらのレンズでAFが可能な機種はニコンF3AFとニコンF-501AF、それにこのニコンF4のみなのである。
 ただ、2001年以降に登場したGレンズは絞りリングがないため、ボディ側から絞り値を手動セットする手段をもたないニコンF4では絞り優先AEとマニュアル露出は使えない。また、電磁絞りのEレンズはこのカメラでは使えないが、これはニコンの銀塩一眼レフすべてに言えることだ。レンズマウントを変更して古くからのユーザーを切り捨ててしまうメーカーが多い中で、ニコンF4は既存のユーザーを大切にするニコンの良心の象徴のような存在なのだ。

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Ai方式の絞りリングに連動する露出計連動レバーは、Ai以前のレンズを装着したときに絞りリングと干渉しないよう、退避可能なものになっている。このことでAi以前のレンズでも装着して絞り込み測光で使用できる。レンズマウント内の上部にはAFレンズのための電気接点が設けられているが、そのため21mm F4用の回転止めキーが省略されてしまった。ニコンF4で使えない、数少ないFマウントレンズの一つである。

豊田堅二|プロフィール
1947年東京生まれ。30年余(株)ニコンに勤務し一眼レフの設計や電子画像関連の業務に従事した。その後日本大学芸術学部写真学科の非常勤講師として2021年まで教壇に立つ。現在の役職は日本写真学会 フェロー・監事、日本オプトメカトロニクス協会 協力委員、日本カメラ博物館「日本の歴史的カメラ」審査員。著書は「とよけん先生のカメラメカニズム講座(日本カメラ社)」、「ニコンファミリーの従姉妹たち(朝日ソノラマ)」など多数。