映画制作の実務教育の現場 ISMP

2012年に入って取材を続けてきて思うのは、更なる作品の質を求めるならば、QC(クオリティ・コントロール)を重視することで、これまで以上にポストプロダクション重視の制作スタイルが求められている、ということ。最終形がどうなっていくかを左右するのはポストにおけるテクニックやノウハウであり、それがこれまで以上に重要になってくるはずだ。そんな思いを抱きながら、LA取材の終盤。久々にISMPを訪れた。

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ロサンゼルスのトーランス市にあるISMP(International School of Motion Pictures)は、映画制作者、プロデューサー、映画監督になりたい人のために、ハリウッドの映画制作法を学べる2006年に開校した日本人向けの映画学校である。日本映画界の更なるグローバル化を目指して、世界マーケットに通用する日本映画人の才能を育てようというのがISMPの目標である。

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ISMP学長の横山智佐子氏

ISMPにおける授業のインストラクターはハリウッドで活躍する現役のプロ達で、学長はリドリー・スコット監督の「グラディエーター」「ブラックホーク・ダウン」や「アメリカン・ギャングスター」、ガス・ヴァン・サント監督の「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」などの制作に携わり、また紀里谷和明監督の「GOEMON」の編集を担当した、ハリウッドの第一線で活躍するエディター、横山智佐子氏。ハリウッドの映画人に直接日本語で受講できるという、他に例を見ないフィルムスクールとして注目を集めている。

映画制作のテクノロジーが加速度的に進化していく中で、これからのフィルムメーカーには、それを咀嚼して使いこなしていく能力がさらに求められてくる。そうなってくると、少しの経験値だけでは追いつかない、普遍的にロジカルな知識に基づいた、結果に裏付けされたテクニックが必要だ。ハリウッドと日本の大きな違いはそこで、これから映画制作を目指す人には、ISMPのような映画の実務教育を推進する学校が、今まさにこれから、一番求められてくると感じている。ISMP学長の横山氏に色々とお話を伺った。

映画というのはアートフォームなものですが、音楽にしても絵画にしても、他の分野のアートはすべて何度も反復練習を重ねて上手になります。それは映画でも同じです。しかし映画は映像の他に脚本、音といった様々な要素を含んだ複合的なモノなので、才能のある人だとしても、一回で良い物ができるということはまずありません。そして他の分野は練習が出来る環境がありましたが、以前の映画制作環境にはそれが無かったのです。

フィルムの時代には1本制作するのに100万円以上のお金が掛かり、誰もが簡単に映画を作ることは出来ませんでした。しかしDVカメラが出て、さらにFinal Cut Proが普及したことで、誰でも簡単に映画が作れる時代になった。そしてデジタル技術によって何度もやり直しが利く、つまり映画制作を練習できるようになったんです。このことがISMPを立ち上げたきっかけになりました。今は学校を立ち上げた当初よりも、さらにDSLR等で素晴らしい画質のムービーも撮れ、何度もやり直しが利きますが、それゆえに反作用も出て来ています。それは内容が追いついていないことです。

良い画質に酔いしれるわけではないだろうが、やはり映画は複合芸術であり、その各々のパーツを組み立てるプロセスが最も重要なものなのである。さらに映画は、今でも練習する場を得る事が難しい分野である。

実は、アメリカの大学で映画コースを専攻しても映画制作を学べるプロダクションコースというのは狭き門で、なかなか映画を撮らせてはくれないんです。だから実際に制作をちゃんと経験した人は少ないはずです。映画を制作するにはやはりそれでは意味が無く、企画、脚本、撮影、照明、美術、キャスティング、編集、合成、そして上映まで、実際に機材を触って作ってみないと解らない事が多い。

ISMPではそこをまず一通り経験して貰いたいと思っています。まず映画を実際に作る事を重視しています。しかしそんなに簡単に映画は作れませんし、”これは良い!”と思えるような作品を在学中に作れるようになるわけではありません。が、やはり練習すれば進歩するわけで、在学中には4本ぐらいの作品制作をしてもらいますが、やはり4本目に一番良いものができます。ISMPは、”まず最初の基礎として良い作品を作る方法を教える学校”なのです。良い作品というのは脚本、映像、音楽等のパーツのそれぞれが良くてもダメで、全ての要素が揃ったときに何かの化学反応が起きて、ある瞬間に、普通の”良い”から、”すごく良く”なるんです。

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さらに映画とは、他人に観せて初めて意味があることを力説されている。

YouTubeが良かったのは、やっぱり映画というのは人に観てもらって意味があるわけで、それを簡単に実現出来るというところです。ハリウッド映画はまさに他人に見せるための映画を作っています。そういう技術があることも確かです。ただし、あまりそればかりですと問題もあり、やはり作家性も重視される部分はあるべきで、ISMPはその中間を目指したいと思っていますが、観客に観られて初めて意味を持つというのは映画の基本として変わりません。

映画作りとは、人に観せるまでやらないと完璧ではないんです。ISMPでは学生の卒業作品発表は必ず映画館を借りて上映会をやります。YouTube公開とは違って、実際の劇場での上映はさらに緊張感を生みます。そこでは彼らが監督で花形なわけで、スタッフ、関係者を集めた上映会での反応など、映画の作り手としての喜びが自信に繋がっていきますね。その経験は他では得難いもので、私もそこの喜びがあるから、そしてそれを体験して貰いたいからISMPを続けて来られているのです。

また今後はポスト重視の時代が来ているという話の中で、映画の編集の重要性について伺った。

多くの監督さんが『編集とはリライティング&リディレクティングの場である』と言います。つまり脚本の書き直し、そして演出をやり直しの場であると。日本的なやり方であるスクリプト(脚本)重視の方法、つまり脚本通りの撮影が出来ればそれでOK、という方法ではリライティングという作業ができない。だから日本では本当の編集者は不要で、単に編集マシンのオペレータがいれば良かった。映画制作における人間的な技術で最も重要なのは撮影と編集、そして演出家の意識だと思います。日本ではロケで脚本通りに撮り終わったら、それで終了と思っている監督さんが多いのではないでしょうか?今後テクノロジー的にもポスト重視の時代がやって来たとするならば、そこにもっと編集技術、そして再演出の場としてのポスト技術を学ぶべきだと思います。

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アメリカまで行って、映画制作を学ぶというのは資金や言葉の問題、ビザの取得など生易しいものではない。しかしそこに壁があるからこそ、それを乗り越える価値がある。些か哲学的な表現になってしまうが、アメリカの映画学校で教えられる、映画の基本となるストーリーとは『ある主人公がいて、人生の中で何かの壁に当たり、その人に葛藤が生まれる。しかしその葛藤を努力や苦難、そして運気で乗り越えていく所にドラマがあり、またそこに感動が生まれる』のである。やはりその作り手自身が自分の人生の中で一つの壁を乗り越えなければ、良い作品作りには至らないのだ。

更なる映像を求めて…我々のHRの旅は終わらない

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デジタルツールの進化とともに映画制作自体もまた、次のスタイルへと変化しようとしている。映像機材のオペレーションやITのコネクションといった、これまで”面倒で難解”とされていた事はとても簡便になった。しかしさらに複合化されたシステム・シンジケーションを構築する必要があり、そこにはワークフローをデザインする能力=例えば、DITのシステムやカラーグレーディングまでの設計、作品の完成を前提としたポストの構築や、逆にそこから導き出されるカメラ選びやコーデックの選択など、随所にクリエイティブなセンスが求められる時代になったと言える。

良い映画作りというのは、そもそも制作方法の独自性を競う面がある。2002年にILMのファウンダーの1人で「スターウォーズ」の初期の特撮を手がけたVFX界の巨匠リチャード・エドランド氏が来日した際にインタビューしたことがある。彼が言っていたのは「映画作りというのは、常に魔法を作り続けなければならない使命がある。本当に素晴らしい作品を残したいなら、機材もそのまま使うのではなく、常に”Hot Rodding”な姿勢が必要で、新しく改善していく姿勢を忘れない事!」であると。Hot Roddingとは彼独特の言い回しだが、要はカスタムカー(改造車両)のHot rodのことで、改造カーをストリートでカッコ良く乗り回すかのごとく、映画もHot roddingな姿勢で臨んだ作品はやはりカッコイイということだ。デジタルツールが浸透して、制作者側のアイディアやスキルが作品にそのまま反映されるものになってきた今日、Hot Roddingな映画制作マインドは、より重要な時代になっていくだろう。そしてさらに画質の良さや表現力といった基本となる、2K/4KのHR(ハイレゾリューション)の世界では、そこが成功するか否かの、クリエイティブの分かれ目になってくるのかも知れない。

いずれにせよ、さらなる高品質なコンテンツを求める旅はこれからも続くのだ…。

txt:石川幸宏/猪蔵 構成:編集部


Vol.06 [Digital Cinema Bülow] Vol.00