「パーソナライズ化」「インクルーシブなAI活用とテクノロジー」「ビジュアライゼーションの力」
CES 2024では各社が「AI活用」を掲げている。IoTや5Gの定着により、パーソナライズ化が期待される領域が多岐にわたったためだ。
2023年にAIはグッと身近になりつつも、少数精鋭でメンバー構成に偏りがあるテックカンパニーのバイアスや偏りがAIに反映されているのでは?という懸念も指摘されている。
CESでKeynoteを行う企業のほとんどは、グローバルに多種多様な従業員や顧客と向き合っており、インクルーシブが死活問題になる存在だ。
今回はSiemens、L’OrealのKeynoteを例に、一般コンシューマー向けに「パーソナライズ化を重視した、インクルーシブなAI活用とテクノロジー」がどう示されるのかを紹介する。
特筆すべきは「パーソナライズ化」「インクルーシブなAI活用とテクノロジー」を機能させる最後の1ピースに「ビジュアライゼーションの力」があり、クリエイティブの新たな領域を感じた側面にも触れていく。
フィジカルな場にこそデジタルツインが活躍する「産業用メタバース」を謳ったSiemens
Siemensが産業用ビジネスを通じて向き合っているのは、多くのエンドユーザーを含めた多種多様な環境だ。
今回、Siemensのローランド・ブッシュ代表取締役社長兼CEOが掲げたのは「産業用メタバース」という「リアルとデジタル」を繋げる取り組み。 ソフトウェア制御とAI、ゲーム技術を応用した没入型エンジニアリングを活用し、極力現実に近づけたデジタルツイン化し、シミュレーションハードルを下げようとしている。
Siemensは「新しいテクノロジーへのアクセスそのものを加速すること」にも重きを置いている。
そのため、今回の「産業用メタバース」の実現に際し、「専門テクノロジーに熟練していない次世代のエンドユーザー」でも扱いやすいUI/UXを目指している。安定したAIとしてMicrosoft「Copilot」を、クラウドの活用ではAmazon「AWS」という王道のタッグに、Mendix社の直観的に使えるローコードを組み合わせている。
また、自社の取り組みの仲間を増やせるSiemens Xceleratorオープンビジネスプラットフォームの強化も含めて、様々な企業とのパートナーシップを発表した。Siemensの本気度を感じたのは、ソニーのヘッドマウントディスプレイとSiemens Xceleratorソフトウェアを組み合わせた新たなソリューションだ。
ソニーの副社長 テクノロジー、インキュベーション担当である松本義典氏が実機を装着し登場。
ソニーはCESでも近年Immersive(没入型)技術の発表が際立っている。空間コンテンツ制作では、独自のモーション技術やディスプレイ技術を活用し、工業分野で知見を持つSiemensとタッグを組むことで、Immersiveなエンジニアリングを高画質かつリアルな表現や直感的なインタラクションで実現できる。
Siemensは「産業用メタバース」を、"バーチャルでありながら現実世界とほとんど区別のつかないもの"として考え、現実世界の課題にリアルタイムでコラボレーションやイノベーションの加速を後押ししたいと述べている。
この発表で真っ先に思い出したのは、米国のSFドラマシリーズ「スタートレック」に登場する「ホロデッキ(Holodeck)」だ。宇宙船や宇宙ステーションに設置されていて、訓練や娯楽など様々な目的で使われている仮想空間である。 その中で悲喜こもごもまで、生まれてしまうほどリアルな体験ができる設定だが、2024年、フィクションに現実世界が追いつきそうだ。
CESでは「デジタルツインでAIを活用しシミュレーション」という発表がこれまでも各社からなされていた。機械学習により画面の中で精度の高いシミュレーションをする前提のものももちろん多い。 けれども、それらのテクノロジーを生産現場に落とし込んで操作する立場になるのは、様々な独自条件を持つ環境で働いている、多種多様な個人である。
そのため、ワークフローを従業員に応じてパーソナライズ化する必要があったり、条件を変えた際のシミュレーションとリスクの洗い出しをしたりするのも、必ず人間を介する。
精度の高いデジタルツインをはじめ、どんなにテクノロジーが進みAIが優秀でも、残念ながら私たちの能力はそんなに早く進化できない。画面の中だけでのシミュレーションと実際のアクションに落とし込んだ時のシミュレーションを比べると、後者の方が実用時の精度を上げられることは間違いない。
車の運転なども同様で、どのようなプロであっても、リアルな質感を感じられなければ、見つけられないリスクやプロセスの抜け漏れがたくさんあるはずだ。
多種多様な環境、人によるインクルーシブなAI活用やテクノロジーを、エンドユーザーが使えるようになるには、ビジュアライゼーションはより一層大切な存在となる。
映像制作やゲームの空間表現などの技術が転用されることで、エンドユーザーを取りこぼさないビジュアライゼーションを生み出すクリエイティブの領域は、今後工場などの生産領域や医療など身近で新たな領域へと広がる可能性を感じさせてくれた。
医療分野でも定評のあるSiemensでは、インクルーシブなテクノロジー活用として、3Dスキャナー技術によりパーソナライズ化した義手を作るUnlimited Tommorow社とのパートナーシップも発表した。
テクノロジーがインクルーシブな形で入り日常生活にアウトプットされる際、やはりビジュアライゼーション精度を高めて行えば、使う人の「感情的な価値」も高められることが伝わる発表だった。
テクノロジーを「For Everyone」から「For Each」にするL’Oreal
Siemensのようなエンタープライズ向けビジネスを行う企業でも、多種多様なエンドユーザーを見据えた発表をしていたが、一般コンシューマーとダイレクトに向き合うL’Orealでは、よりパーソナライズ化とインクルーシブに目を向けている。
CESの発表でよく使われる表現は「For Everyone」だ。便利さや機能性を持つスマートホームや最新の家電でも、みんなで使えることの普遍的な価値はやはり変わらない。
他方、L’Orealの主戦場は、便利さや機能性だけじゃない「美」という感情的な価値を持っている。
1971年から「Because I Worth It.」を掲げ、様々な時代の多種多様な人にとってその人らしい美しさと自信へのエンパワーメントを続けている。 化粧品開発で培った科学的な知見とイノベーションを生かした「Beauty Tech」を開拓し、CESのInnovation Awardも9度受賞。
今までブース出展がメインだったが、今回は「BAUTY FOR EACH powered by TECH」を掲げ、満を持してKeynoteに初登場した企業だ。ニコラス・ヒエロムニスCEOが同社の様々な取り組みを紹介した。
快適な美容家電に囲まれている日本人にはピンと来ないアイテムもある一方、機能性を追求する家電メーカーとは異なる「課題設定とアウトプット」は目を見張るものがある。
女優のエヴァ・ロンゴリア氏が実演した家庭用ヘアカラー家電「COLOR SONIC」は「グレイヘアなどを気にする人のヘアカラー頻度とホームカラーの不便さ」を的確に捉えている。
また2023年のUnveiledでもプロトタイプを実演していた、運動障がいを持つ人でもメイクが可能になる家電「HAPTA」も紹介された。
AIの活用や新たなテクノロジー実装をするとき、私たちはつい機能性で語ってしまう。けれども、「美」という共通の「感情的な価値」に着目することで、同じ願いを持つ人を取りこぼさないインクルーシブなテクノロジーのあり方が見えると感じた。
それぞれ化粧品ブランドと紐づいている分、ガジェットのデザインやアプリのUIも使っていて「ちょっとアガる」ビジュアライゼーションがされている点も発見だった。
テクノロジーがエンドユーザーの手に届くとき、ビジュアライゼーションは価値を後押しする
SiemensもL’Orealも、「パーソナライズ化」「インクルーシブなAI活用とテクノロジー」に着目し、非エンジニアを含めたエンドユーザーの日々を後押しする取り組みの発表だった。
いざエンドユーザーを念頭に置くと、技術的に優れていてもUI/UXが手に取る人にとってフレンドリーでなければうまく使えないこと、そこに感情が伴うなら「ちょっとアガる表現や仕上げ」の方がうれしいことが伝わる内容でもある。
エンドユーザーにとって、パーソナライズ化されたり、インクルーシブな目的を持った状態で手元に届いたりする状況であるほど、テクノロジーはちゃんと価値を感じたいし頼りたい存在になる。ビジュアライゼーションが新たな領域を得て、価値を後押しする力も感じるKeynoteだった。
CESの会場ではアシストが必要な人は事前登録ができ、展示エリアの通路も広く電動車いすでの移動も頻繁に行われている。
2024年時点では、AIのバイアスの課題はあれど、そのようなインクルーシブな文化の中で、多様な一般コンシューマーを見据えた各社の発表が相互に影響し合い、あるべき姿が見えることで、少しずつ課題の解消と前に進むきっかけになることを期待している。