ディスプレイ技術の進化定点観測
主催団体の名前がCEA(全米家電業界)からCTA(全米民生技術協会)へと変わり、正式名称も2018年より「Consumer Electronics Show」から「CES」となったように、CESは今や家電製品に限らず、スマートプロダクト、スタートアップ、モビリティなど、多岐にわたる分野の技術見本市へと進化しています。しかし家電の「ど真ん中」ともいえるテレビ/ディスプレイ技術の進化が観測できるのも、家電見本市時代から今も変わらずCESの醍醐味の一つです。
映画の投影面や画面のことを指す「スクリーン」という言葉は元々、空間を遮蔽する「ついたて」を指す言葉でした。レンズ越しに平面としてとらえた映像を平面として映し出すための画面は、まさに「ついたて」のように垂直な壁である必要がありました。
しかし、ディスプレイ技術の進化により、透過ディスプレイ、湾曲したディスプレイや、球体ディスプレイなど、多様な形状のディスプレイが登場し、新たな視覚体験を生み出しています。
透過ディスプレイ
LGは毎年OLED TVを全面に押し出しており、これまではCESのメイン会場の入り口で、OLEDならではの曲面を利用した壮大なディスプレイファサードを設置して度肝を抜くというのが定番でしたが、今年は一番目立つ場所にOLEDウォールはなく、変わりに今年のLGの最大の売りであるワイヤレス透明ディスプレイが展示されていました。
ワイヤレスであることをアピールするため、映像と連携しながらそれぞれのディスプレイが上下前後に移動する演出になっています。また、透明と不透明を切り替えられることができるという今回のポイント訴求のため、映像自体も透明と不透明をシームレスに繋ぐ演出がうまく作り込まれていました。
ちなみに透明と不透明の切り替えは、画面の裏側に巻き上げ式のスクリーンが付いており、このスクリーンを機械式で上げ下げすることによって行っています。
LGの商業施設向けサイネージソリューションCLOIにもタッチパネル形透明ディスプレイがラインナップ。展示では商品棚にこれを使うことによって、実際の商品にAR的に情報をオーバーレイするUXが提案されていました。
LGだけでなく、Samsungも透過ディスプレイを展示、残念ながら筆者がSamsungブースに行った際にはトラブルで展示中止なっていた模様…。その後無事にOLEDと比較して2倍の鮮明さを実現した透過ディスプレイ「Transparent MICRO LED」の姿を見ることができました。
湾曲ディスプレイ
LEDの極小化や、フレキシブルOLED、インクジェット方式のOLEDなどの技術の成熟によって、リビング用のテレビのようにスクリーン(平面のついたて)を拡大していくだけではなく、湾曲したディスプレイが実現可能になってきています。
こうした技術を利用してLEDによるドーム型シアターを実現したのがCES開催地でもあるラスベガスの新ランドマーク「Sphere」ともいえます。
PC用ディスプレイはリビング用テレビと異なり。ユーザとの距離が近いため、大型化するにつれ、湾曲形状が人気を博しています。湾曲させることで目からの距離を一定にすることで視覚的な歪みや、目の疲れの軽減、また視野を広く占有することでゲームなどの没入感を高める効果が期待されています。
今年、中国のパネルメーカーTCL CSOTが展示していた、57インチ4KスーパーワイドminiLEDディスプレイ。解像度は7680×2160でリフレッシュレートは240Hz。昨年発売されたSamsungのOdyssay Neo G9の競合商品といえます。
ターゲットは、完全にゲーマー向けスペックで、画面解像度にあわせて視野角を広げられるリアルタイムレンダリングのゲームをこの画面で見ると視野がほぼゲーム画面で覆われるため、VRのような没入感が得られます。
TCL CSOTで注目を集めていたのが、ドーム形湾曲ディスプレイ。OLEDの発光材をインクジェット印刷技術を利用して吹き付ける製法を採用することで、このような形状のディスプレイが実現可能になったそうです。ここまで湾曲していると、普通の映像を見ると若干の歪みを感じますが、広視野映像を見るとかなりの没入感があります。
イマーシブシアターなどのドーム型ディスプレイは多くは、プロジェクションによるものですが、今後このような湾曲OLEDを組み合わせることで、より高輝度で高精細な小型のイマーシブドームディスプレイが実現されるでしょう
フォルダブルディスプレイ
OLEDの特徴の一つに、折り畳み可能である点があります。すでにSamsung Galaxy Z Fold, Z Filpは日本でも発売されており、フォルダブルOLEDはあっという間に見慣れた存在になりました。
昨年発表されたTCLの フォルダブルOLED TVは事前に話題になっていましたが、残念ながらCESでの実機展示は行われていませんでした。テレビのスクリーンサイズが大きくなると、家の中で存在感がありすぎるという課題がありますが、フォルダブル機構にすることによって、テレビを見ない時には隠すことができるというのは大きなメリットといえるでしょう。
CES2024 Innovation AwardのBest of Innovationに輝いたhpのSpectre FoldはフォルダブルOLEDを利用したラップトップPCです。フォルダブル機構と分離型キーボードをうまく利用して、キーボードを置いた位置によって画面解像度が変化するなど、自然なUXが実現されています。残念ながらこちらも実機の展示はありませんでした。
球体ディスプレイ
CESとは直接関係ないものの、やはり昨年9月に開業したばかりの「Sphere」は現地でも大きな話題となっていました。CESの会場の一つであるVenetian Expoから直結していることもあり、CESに参加者が多く訪れたようです。PRONEWSでも「Sphere」が別記事で紹介されています。
ラスベガスの球体シアター 「Sphere」潜入レポート Vol.05 [CES2024]
Sphereの外観には、円形のRGB-LEDユニットが球体のフレーム構造に均等に配置されており、最近店舗などにも設置されているのを見かけるLEDディスプレイなどと比べると、個々のユニットがかなり大きいものになっています。その分輝度が高くなっており、離れてから見ると球体ディスプレイに見えます。この球体のフレームの中に一回り小さい球体上の建造物が入っており、この中にシアターが収まっています。シアターの映像は球面の1/3の面積が高解像度のLEDディスプレイになっていて、外側の球体ディスプレイの解像度とは全く異なります。
CESの会場でもLED球体ディスプレイを活用した展示を複数みかけました。
Xweatherは、様々な気象情報を販売しているB2B企業。そのブースには、様々なリアルタイム気象データを球体ディスプレイに表示していました。日本未来館の「ジオコスモス」を思わせます。※この球体ディスプレイはScreen Solutionsが開発しているものとのことでした。
韓国のSKグループのパビリオンでも巨大な球体LEDディスプレイがランドマーク的に設置され、注目を集めていました。SKグループの展示はOLED湾曲ディスプレイやプロジェクションマッピングなども活用され非常に手の込んだものになっていました。
バーサライター
バーサライターとは、列状に並べたLEDライトを細かく制御しながら回転させることによって、残像によって映像を空間上に描画する仕組みのことを指します。ペンライトくらいのサイズで、左右に振ることによって文字を表示するものなどは昔からありましたが、10年ほど前からイギリスのkino-mo社が、扇風機のような機構で大きなLEDバーを回転制御することで映像を空間上に表示するシステム、HYPERVSN(https://hypervsn.com/)を発表し、大きな話題になりました。HYPERVSNは新たにアバターソリューションを展示
Sphereのアトリウムにも巨大なHYPERVSN導入
仕組みとしては昔からあるものですが、HYPERVSNの成功の秘訣は、映し出す映像を立体感がわかりやすくでるように回転運動を加えながら、背景を黒くすることによって、”3D Holographic Solution”と謳っているように、多くの人が思っている「ホログラフ」的なイメージを上手に再現したところにあったと思います(厳密には「ホログラフ」とはまったく違うものです…)。
新しいディスプレイ技術が新しい映像表現を生む
透過ディスプレイ、湾曲ディスプレイ、フォルダブルディスプレイ、球体ディスプレイ、バーサライターなどCES2024で見かけた「スクリーン=ついたて」ではないタイプの新しいディスプレイ技術を紹介してきました。
これらの技術のショーケースやSphereを体感して、こうした新しいディスプレイ技術こそ、映像作家にとって魅力的なキャンバスになるということです。平面と画角にとらわれた映像ではなく、様々な特性を持つ新しいディスプレイにあわせて映像のアイデアを考えることによって、これまでにないスペクタクル体験が作り出せる可能性が開かれるはずです。
プロジェクションマッピングの表現が先導した、映像を平面から空間へと解放する動きはこうした技術の登場によってますます今後進んでいくでしょう。