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「360Anywhere 8K VR Camera」(以下:360Anywhere)は、プロ向け、業務用向けの中国製の360°カメラである。4つの12MPの魚眼レンズを備え、8Kの動画、静止画の撮影を可能としている。10bitの色深度を保持し、幅広い階調を有しており、広視野角内における輝度差にも対応。独自の熱対策により、長時間に渡る動画撮影やライブストリーミングを実現する点も特徴だ。360Anywhereは技適を取得し、今年1月より株式会社ハコスコが国内正規代理店として取り扱いを開始したことから、本記事で検証レポートをお届けする。

概要

中国瀋陽市に本社があるShenyang TECHE Technology(以下:TECHE ※テッキと発音)は、2013年からプロ向けのパノラマカメラを開発している。同社が手掛ける「TE720」などの産業用パノラマカメラ(7つのレンズを搭載)は、Google Street View等で長年活躍してきたFLIR社の「Ladybug」のように、主に中国国内においてストリートシーンの撮影に使用されてきた。同社はこれまでに10以上のモデルを市場に投入しており、2019年には「PHIIMAX3D」という8K3DのハイエンドVRモデルの量産発売を開始。「Firstsight VR」という4Kの180°3DVRカメラなどもラインナップしている。

今回紹介する360Anywhereは、TECHEが2020年に販売を開始したプロ向けの360°カメラである。360Anywhereは国内外の市場向けであり、上海を拠点とするLife Pal社が正式な代表会社となっている。欧州、米国、日本等で販売されているが、今のところ中国国内で最も多くの顧客を抱えており、ユーザー層は、高品質のVRビデオコンテンツメーカー、制作会社、ライブストリーマーだ。カメラは24時間365日ストリーミングに対応しているため、特に中国の360°ライブ配信、また監視カメラの市場で評価されている。

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TECHEのラインナップ

8K 360°VRカメラ 360Anywhereについて

360Anywhereは、本体の大きさが、高さ15cm、幅5.5cm、重量が627gとなっており、性能や業務用途を鑑みれば、コンパクトな大きさである。IP66の防塵・防水機能を備え、悪環境下の撮影にも対応できる仕様となっている。

上部の4方向に魚眼レンズ(12MP、絞りf2.2)を配置。イメージセンサーは、ソニー2019年製の1/2.3インチである。カメラ内、またはPCアプリでステッチすることで、8K(7,680×3,840)360°の撮影を可能とする。カメラ内のリアルタイムステッチが可能だが、この機能をオフにした場合は、未ステッチの4枚のファイルが記録される。それを専用のPCアプリでステッチ作業をすることによって、精度の高いオプティカルフローのステッチ技術の成果を得ることができる。

撮影モードとしては、静止画、動画、ライブ配信機能を実装。10bitの色深度を備え、低照度下でも広い階調を保持した映像が得られる。本体には、LEDディスプレイ、電源/モード切替ボタン、撮影/決定ボタン、インジケーターが配置され、シンプルな操作のみ物理的に行える。詳細な設定は、モバイルアプリもしくは、PCアプリから行う。本体内部には6800mAhの大容量バッテリーを内蔵しており、約2.5時間の連続撮影ができる。

また、THECHE独自の液体循環冷却システムによるファンレス冷却により、長時間の撮影を可能にしている。カメラ内部にブロンズチューブ内を循環する一種の冷却液が利用されており、これが熱放散に役立つ仕組みとなっている。高温の環境では必要に応じて、アクセサリーのヒートシンクを取り付けることで、筐体の放熱効果をさらに高めることができる。WiFiは、2×2アンテナを内蔵、高出力の5G、信号範囲が30~60mとなっており、接続は良好だ。

オーディオは、小型シリコンマイクが2個搭載(ステレオ)。360Anywhereのセットには、カメラ本体、保護袋、LANケーブル、LAN変換ケーブル、DCケーブル&アダプター、3.5mmオーディオ→USB Type-C変換アダプター、延長スティック(1/4ネジ)、ヒートシンク等が、ケースに収納されている。

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360Anywhereを各方向から見た製品写真
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4つの魚眼レンズ(12MP、絞りf2.2)とソニー製のイメージセンサーを採用した光学系を搭載
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カメラ内でリアルタイムステッチされた静止画ファイルとプレビューファイル
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未ステッチの4枚の静止画ファイルとプレビューファイル
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カメラ上部には、ヒートシンクを設置できる取り付け穴が設けられている
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底面部には、USB Type-C端子、1/4三脚取り付け穴、電源端子、イーサネット(LAN)ケーブル端子がある
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ヒートシンクを使用して、放熱効果を高めることができる
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360Anywhereのセット一式

ソフトウェア、アプリについて

360Anywhereには、専用のスマートフォン/タブレット用のモバイルアプリとPC用ソフトウェアが、それぞれ用意されている。撮影のコントロール用としては、「TECHE Center」のiOS版とAndroid版があり、Wi-Fi接続により、静止画、動画、ライブ配信における各種設定やパラメーターの指定、プレビュー等が可能である。

さらにPCアプリ「360Anywhere Controller」を利用することで、PCから同様の操作が可能となる。カメラとの接続には、Wi-Fiやイーサネットケーブルを利用する。PCコントローラーには、ファイル管理に加えて、モバイルアプリのすべての機能がある。撮影後のステッチや簡易的な編集は、「360Anywhere Stitcher」にデータを読み込んで作業を行う。PC用ソフトはWindowsのみの対応となっている。

検証では、システム認証の観点から、アプリは、Cドライブ以外のストレージにインストールした方がスムーズだった。データの転送には、USBタイプCケーブルも利用できるが、転送に時間がかかる場合には、イーサネットケーブルで接続すると良いだろう。その際には、イーサネットアダプターのIPを変更する必要がある。カメラのIPアドレスは、イーサネットケーブルに接続されているときにLEDスクリーンで確認できる。

360Anywhere Stitcherのステッチには、高度なつなぎ合わせの技術であるオプティカルフローの技術を採用したオプティカルレンダーと、他社ステッチソフトであるNew House Internet Services社の「PTGui」を用いて、手動でステッチしたパラメーターのテンプレートを利用する方式がある。最新バージョンの360Anywhere Stitcherを最初に使用する場合は、まず、はじめにカメラを360Anywhere Controllerと接続して、テスト的に任意の静止画もしくは動画を撮影する。すると、フォルダ内にステッチのためのテンプレートが生成され、それが次回360Anywhere Stitcherを立ち上げた際に自動的に反映される。

オプティカルレンダリングを選択すると、テンプレートのステッチ結果に基づいて、ステッチ品質が最適化される。「Scene」の項目では、室内では「Indoor」、屋外では「Outdoor」、カメラを逆さに設置している場合には「Flip」(上下反転)を選択する。「Indoor」と「Outdoor」のテンプレートは、より正確なステッチングのために異なるステッチのアルゴリズムを使用していると思われる。

システム要件からわかるように、「360Anywhere Stitcher」を実行するには、PCにNVIDIA「GeForce GTX1060 8GB」(以下:GTX1060)以上が搭載されていることが必要とされている。グラフィックカード未搭載、もしくは、GTX1060未満のグラフィックカード搭載のPC用には、スタンドアローンの360Anywhere Controllerが用意されている。Macユーザーのステッチ作業には、サードパーティーの有料ステッチソフトであるSGO社の「Mistika VR」の利用が推奨されており、360Anywhereのファイルのプリセットが存在する。

    Vol.23 長時間使用に強い8K 360°VRカメラ「360Anywhere」詳細検証レポート[染瀬直人のVRカメラ最前線]
モバイルアプリTECHE Centerのインターフェース
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    テキスト
PCアプリ「360Anywhere Controller」のインターフェースのインターフェース
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PCアプリ「360Anywhere Stitcher」のインターフェース(Windows版のみ)
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高度なステッチのつなぎ処理技術のオプティカルレンダーエンジンを採用

静止画性能について

静止画は、JPEGかDNG形式の撮影が可能で、解像度は8K、6K、4Kが選択できる。またDNG10モードを選択すると、一度に10枚(レンズが4つなので、合計40枚の未ステッチファイル)のDNG画像を記録し、高度な画像処理作業が可能となる。ただし、専用のアプリではDNG形式は扱えず、画像処理ソフトでRAW現像したり、スタックする等の処理を行う必要がある。タイムラプス撮影の場合は、JPEGもしくはDNGの静止画の連番として記録され、こちらも動画編集ソフトで動画化する。

360Anywhereで撮影した映像は10bitの色深度に対応しており、RGB各色で1024階調、約10億7374万色以上の色再現が可能である。画像の周辺部を確認したところ、色収差や偽色の発生が抑えられていることがわかる。

360Anywhere Stitcherの「Match Color」の項目は、画像間のブレンドを意味しているが、基本的に「Fast」を選択して、静止画の場合は、「Contour Match」を指定すると良い結果が得られるようだ。これは撮影状況に依存するので、適宜お試しいただきたい。

撮影時に使用した底面のスタンドを隠すために、ロゴを貼り付けるパッチ処理が、モバイルアプリ上から行うことができる。

    テキスト
8K静止画作例
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    テキスト
8K静止画作例
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タイムラプスの撮影は、JPEGかDNGの静止画の連番として記録される
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動画性能について

前述のように、360Anywhereで撮影した映像は10bitの色深度に対応しており、カラーグレーディング等のポストプロダクション編集の耐性が高く、豊富な色情報や滑らかなグラデーションが維持できる。動画の解像度については最大8K30fpsや4K60fpsが選択できるが、カメラ内で行うリアルタイムステッチ処理をオンに選択した場合、6K30fpsなども選べるようになっている。

動画の撮影形式はMP4で、カメラ内ステッチ処理をオンに選択した場合、H.265とH.264が選べ、オフの場合はH.265のみとなる。ビットレートは一つのレンズにあたり100Mbps、合計で最大400Mbpsまで記録できるが、360Anywhere Stitcherからは350Mbpsまでが書き出せる限界であり、それ以上必要な場合は、サードパーティーのステッチングソフトを選択することになるだろう。カメラ内ステッチの場合は、80Mbpsが最大ビットレートであった。

360Anywhereは、独自の冷却システムを採用しており、ファンによる排熱を行っていないので、動画の音声収録時にノイズの発生がないことはメリットである。手ブレ防止(スタビライザー)は、カメラ内ステッチをオンにして移動撮影する際には、撮影時にコントローラーの「Steady」をオンにしておくこと。カメラ内ステッチをオフにした場合は、4つのビデオファイルにジャイロデータが埋め込まれた未ステッチのファイルとして記録されるので、アプリでステッチする際に、「Steady」の項目をオンにする。つまり、コントローラーアプリのスタビライザーはカメラ内ステッチ専用と言える。

ステッチャーの「Match Color」の項目は、基本的に「Fast」を選択し、動画の場合は「Block Match」を指定すると良いブレンドの結果が得られるようだ。360Anyweherでカメラ内ステッチ処理した素材はYouTube等にアップした際に、現状360°表示にならないので、360 Video Metadata等のオーサリングツールで360°動画であることを示すタグを埋め込む必要がある。

Macユーザーが撮影後にステッチ処理をする場合は、サードパーティーの有償のステッチ専用ソフトMistika VRを使用することになり、Mistika VRのテンプレートリストには360Anywhereのプリセットが含まれている。

360Anywhere 8K30fps 360Anywhere Stitcherにてステッチ処理

低照度下の作例動画。8K30fps。ISO800 シャッタースピード1/50

手ブレ防止機能の比較動画

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360°表示のタグを付加するツール Spatial Media Metadata Injectorの画面。フリーで入手できる
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サードパーティーのステッチングソフトMistika VRのプリセットリストには、360Anywhereのステッチのためのテンプレートがある
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ライブ配信について

360Anywhereは、YouTube、Facebook等のVRライブ配信に対応しているプラットフォームにおいて、またはカスタムサーバー等で、360°のVRライブを実施することが可能だ。ライブ配信のプロトコルは、RTMP、RTSPに対応、最新のファームウェアでは、RSTもサポートされるようになった。前述のファンレス冷却システムのお陰で、音声収録時にノイズを発生させることがないから、長時間のライブ配信においてもアドバンテージがある。

ライブ配信する場合は、カメラ本体側にイーサネットケーブルを接続して、WiFiでPCと繋いでPCアプリから操作するか、または、スマートフォンとカメラ本体をWiFiで繋いで、モバイルアプリから配信することになる。因みに、ライブストリーミング専用の機能として、配信側と視聴者がリアルタイムでやり取りできるビジネスユーザー向けのボイスチャット機能があり、アゴラサービスとTHECEサービスに対応している。8KVRライブ配信については、中国には、UTOVRのような8KVRライブ配信対応のプラットフォームがある。日本国内では、NTT XR Live EX 8Kやジュエ株式会社が手掛けるサービスが8KVRライブ配信に対応している。または独自のプラットフォームを構築することになる。

Vol.23 長時間使用に強い8K 360°VRカメラ「360Anywhere」詳細検証レポート[染瀬直人のVRカメラ最前線]
360Anywhere Controllerのライブ配信の画面
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まとめ

360Anywhereは業務用としては、かなりコンパクトな大きさで、重さも本体が627g、収納ケースに納めた際の重量が2.1kg程度と軽量だ。バッテリーも6800mAhと大容量であり、コンシューマー用VRカメラとは一線を画している。360Anywhereは過熱を抑える設計がなされ、24時間年中無休で動作することが謳れている。

今回は実際にそこまで長期間の検証は出来ていないが、このような特徴が、360°ライブストリーミングにおいて、中国の業務向けの市場で評価されてきた点であるように思う。長時間利用する場合は、上部にヒートシンクを装着して、放熱を促進した方が良いだろう。今回の検証では、カメラの作動後、1時間の時点で、筐体の上部が最も温度が高くなり、ヒートシンクなしの状態では表面が60°程度に、ヒートシンクを装着すると45°ほどで維持されるようだった。フル充電では、約2.5~3時間の撮影が可能だが、外部電源に接続している場合、バッテリーが熱くなると充電が停止する。通常、カメラがオフのときに充電することが推奨されている。

ユーザーはカメラを制御するために、「TECHE SDK」を利用して独自のアプリを開発できるので、業務用途としての可能性を拡張できるところもアドバンテージである。

360Anywhereには「Live Streaming」と「Professional」の2機種が存在しているが、国内正規代理店のハコスコではProfessional版のみ取扱いがあるとのことだ。 両者の違いは、Live Streaming版のストレージが512GBであるのに対して、Professional版は256GBであること。Live Streaming版では、継続的なモニタリングやドングルの使用が可能であることなどだ。

360Anywhereの通常販売価格は税込498,000円。現在はキャンペーン中につき税込478,000円(キャンペーン期間は2022年9月半ば頃まで継続予定)。

協力:株式会社ハコスコ(国内正規代理店)

360Anywhere説明画像

WRITER PROFILE

染瀬直人

染瀬直人

映像作家、写真家、VRコンテンツ・クリエイター、YouTube Space Tokyo 360ビデオインストラクター。GoogleのプロジェクトVR Creator Labメンター。VRの勉強会「VR未来塾」主宰。