txt:江口靖二 構成:編集部

活躍する小規模デジタルサイネージシステム

一般店舗などの店頭で、安価で手軽に使えるデジタルサイネージを多く見かける。しかし、本格的な普及はまだこれからと言ってもいい。こうしたサイネージを実際に導入された方の話を聞くことができたので、今後のさらなる普及のための方策を考えてみたい。

「ハルヱとケイジ」というデジタルサイネージシステムがある。2008年に日本サムスンから発売されたもので、32インチ液晶を搭載した自立型のデジタルサイネージ制作・表示システムである。価格は19万8000円で、価格面も含めて手軽に導入ができ、2011年に発売された後継機である「店舗の力」とともに、個人店舗などで非常に多く導入され、デジタルサイネージ全体の認知や普及に大きく貢献した製品である。当時日本サムスンでこれらの商品企画を担当された宮田隆氏が「愛知県の三河湾に浮かぶ日間賀島(ひまかじま)で導入されていた」とSNSにアップしておられた。それを見て、離島の飲食店がなぜ導入するに至ったのか、使い勝手はどうか、満足のいく導入結果になっているかなど、聞いてみたいことが山ほどあったので急遽現地に出かけてみた。

日間賀島は名古屋から名鉄電車と船で約1時間で行くことができる島で、タコやフグが名物である。人口は2,000人ほどで島内にはホテルや旅館や民宿が数多く、気軽に行ける保養地である。洒落たリゾート地というよりは昭和の薫りが漂う、いい意味で鄙びた島である。

ds2016_26_0450

デジタルとアナログの看板が並ぶ店頭

日間賀西港という船着き場から歩いてすぐの場所にある「daitome」という飲食店に「店舗の力 AIR」が設置されていた。店舗の力 AIRは、サムスンのスマートフォンであるGalaxy専用Androidアプリ「店舗の力 AIRアプリ」を使って制作したコンテンツを、無線LAN経由で液晶ディスプレイに表示、送信することができるデジタルサイネージだ。

ds2016_26_S__12271618

「daitome」オーナーの鈴木智幸さん

オーナーである鈴木智幸さんに、導入の経緯や活用法について話を伺った。導入のきっかけは、3年ほど前にテレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」で紹介されているのを見たことだったという。離島の飲食店であっても、何か新しいこと、楽しいことをやってみたいと考えていた鈴木さんは、放送を見てすぐにこれだと思ったという。しかし製品名も、どこで購入できるのかもその時はわからず、懸命に探してオンラインショップで購入したという。

ハルヱとケイジも、店舗の力も、オンラインや家電量販で購入することができたのも、それまでのデジタルサイネージの販路としては画期的であった。価格については「普通の立て看板でも3万円くらいかかるので、何種類もの情報を表示させることができることを考えたら全然高いとは思わなかった」という。

ds2016_26_0472

隣のお店にある看板を指差しながら、「これが3万円ならば全然高いとは思わない」とオーナーは言う

コンテンツ制作に関しては、やはりスマホだけで作れるのは手軽でいいと言う。だだそれは本人ではなく娘さんがもっぱら担当しているようだ。スマホに直接手書き文字を書き込むなど、手作り感が満載のコンテンツには、店の前を通りかかる観光客が驚くほど目を向ける。つまりみんなこの場所に不案内で、何か無いかとあれこれ探して歩いているからだ。こうした観光地の店は普通あまり情報提供が上手とはいえないのだが「場にそぐわないデジタルモノ」は、逆に注目を集めている。

ds2016_26_467_463_462

スマホアプリで制作した手創り感にあふれるコンテンツ

またこのお店は、例えばあえて夜は営業しないとか、朝は9時からコーヒーが飲めるとか、島での宿泊者の行動をちゃんと考えているし、島の名物であるタコとしらすを米油でアヒージョとして提供するなど、明確な差別化コンセプトが経営の根底にある。デジタルサイネージもそうした差別化の一環として考えられていると感じた。

ds2016_26_0460

黒板に書かれた一押しメニューの「タコとしらすのアヒージョ」

ds2016_26_S__12320772

これは本気で旨かった

鈴木さんに導入効果はどうかと尋ねると「ようわからんけど、島にはサイネージはここにしかないで、それでええと思うわ」と、笑顔で答えてくれた。

WRITER PROFILE

江口靖二

江口靖二

放送からネットまでを領域とするデジタルメディアコンサルタント。デジタルサイネージコンソーシアム常務理事などを兼務。