txt:江口靖二 構成:編集部
今、注目されているライブビューイング
家以外の場所にある全てのディスプレイ、スクリーンはデジタルサイネージである。デジタルサイネージは広告や販促だけがそのコンテンツとは限らない。今、新しいメディア、新しいビジネスとして注目されているのがライブビューイングである。
4K/8K、あるいは今後それ以上の解像度の映像が実用的になると、家のテレビで視聴するだけではなく、100インチを超えて数100インチ以上での表示が可能になる。こうした技術環境を利用した新たなビジネスが拡大していくものと考えられる。これらをパブリックビューイング、ライブビューイングと言う。両者に明確な定義があるわけではないが、一般的な使い分けとしてはおおよそ以下のように区分できると考えられる。
パブリックビューイング | ライブビューイング | |
解像度 | 2K以上 | 2K以上 |
画面サイズ | 100インチ以上 | 100インチ以上 |
視聴ロケーション | スタジアム、競技場、公園 | 映画館、ホール |
設置形態 | テンポラリー設置 | 常設設置 |
コンテンツ | スポーツイベント | 音楽、演劇など |
ビジネスモデル | 無料が多い | 有料が多い |
今回紹介する4Kライブビューイングは、一般社団法人映像配信高度化機構がスカパーJSAT株式会社と共同で、2016年度事業として総務省が行う「高度な映像配信サービス実現に向けた調査研究」の一環として、映画館での4K有料ライブビューイングを実施したものである。実施概要をまとめると以下の通りである。
■日時:2017年3月16日(木)19時~22時
■上映劇場:TOHOシネマズ日本橋、TOHOシネマズ流山おおたかの森、TOHOシネマズ梅田
■上映コンテンツ:クラシックバレエ
『ニーナ・アナニアシヴィリの軌跡~最後のクラシック・ガラ~』
「白鳥の湖」より第2幕・第4幕
「眠れる森の美女」より
(東京文化会館大ホールより生中継)
■チケット販売:全席指定3,000円/1枚(税込)
東京文化会館大ホールにF55を5台投入
4K中継車の内部
現場会場である上野の東京文化会館から、5台の4Kカメラ、ソニーのF55を4K大型中継車に送り、会場に横付けしたSNG車から衛星にアップリンクをして全国3箇所のTOHOシネマズで受信して中継された。TOHOシネマズではソニーの4KプロジェクターSRX-R320で投影された。
4Kプロジェクターは、ソニーのデジタルシネマ用のSRX-R320
スカパーJSATの新規事業部マネージャーの橋本英樹氏は、現場の空気感を伝えるために様々な検討を重ねていたようだ。
橋本氏:4K映像のクオリティはもちろんですが、音が重要だと考えています。そこで今回は40本を超えるマイクで音を拾いました。とにかく現場の空間感を出したかった。せっかく本格的なオーケストラが入っているのだから、「音が鳴っている」ではなく「音楽」として体感してもらいたかったんです。ちゃんと人間的なアナログ感を残しながらも、映画館という場所で、現場である東京文化会館という場を再現することに注力しました。
筆者はリハーサルを現場で見たのちに、TOHOシネマズ日本橋のライブビューイング会場で本番を体験したのだが、この試みは十分成功したと言える。想像した以上に臨場感があったからだ。
TOHOシネマズ日本橋のスクリーン9がライブビューイングの会場
橋本氏:たとえば、弓が弦をこする音、ダンサーが舞台に着地する音、拍手…そういったノイズとして落とされてしまうような音を、あえてきちんと入れたかったんです。しかし通常の劇場のスピーカー特性では限界があり、音量を上げると一気に破綻する。そことのせめぎ合いでした。
こうしたこだわりは体験空間としても、映像クオリティでも、そして音の再現性としても現場に近い状況を再現できるがゆえに細かい必要なことなのだという。終演後に4Kライブビューイングを体験した現役のバレリーナの方に感想を聞いたところ、
とても素晴らしい体験でした。こういう試みはニーズがあるので、もっと普及すると思います。あえて言うとすれば、例えばプリマの視線の先にあるものが映像では切り取られてしまっていることがあったのがちょっと残念です。
とのこと。
5台のF55は、舞台全体を押さえるカメラと、それぞれのバレリーナを追いかけるカメラに分かれており、これらがスイッチングされて一本の映像として配信された。これは当然のことだと思うのだが、バレエとして見たい映像というのはやはり音楽のライブとは異なる部分が多いようだ。これに4Kの高解像度で大画面で見るという要素が加わるわけで、これまでのテレビとは異なるカメラワークやスイッチングが求められるのだろう。これはバレエに限らずどういう被写体であっても言える話で、経験値を重ねていく必要があるだろう。
また彼女はさらに「今回の料金3,000円は安いかなと思います。このクオリティであればもっと払う価値があると思いました」と付け加えた。現場の料金はS席18,000円からD席5,000円となっていた。現場の最も安い料金よりもさらに安い設定であったわけだが、こうした料金設定もビジネスとして確立するためには非常に重要なことである。
TOHOシネマズ日本橋の映写室。デコーダーとしてターボシステムズのXjive Playerを使用
ビジネスとして成功するためには、単に現場からの生中継だけに留まらず、新しいエンターテインメント事業として確立できるかどうかが鍵を握っている。インターネットやモバイル環境の普及や進化によって、生活習慣や感覚、感情、そして時間などのあらゆるものが変化しており、これらは人が紡いできたコミュニケーションや経験、価値観を大きく変え、消費スタイル、余暇活動に大きな変動が生じている。近年、様々な業種や業態において同様の傾向が見られ、2020年にはまったく違った市場形成が予測される。
エンターテインメント産業ではリアルなイベント市場が成長し続けている。楽曲配信や放送、DVDやBlu-rayパッケージ需要は急減する一方で、音楽ライブやミュージカル、演劇などの動員が急増している。2015年時点で4年連続のプラス成長を記録し、スポーツ等のイベントに関しても今後も更なる拡大が期待されている(「2016ライブ・エンタテインメント」白書より)。
いろいろな業種業態において「モノ」から「コト」への消費スタイルの変化と言われることが多い。エンターテインメント産業とは、生活習慣や感覚、感情そして、時間とともに生まれ、成立してきたコンテンツ産業であり「楽しい」という感覚を絶対価値としてきたと言える。テレビはその1つであることは言うまでもないが、テレビだけにとらわれる必要はない。
これらを取り巻く周辺環境が大きく変化している中、エンターテインメント産業に求められる「楽しさ」も大きく変わると考えられる。この「新しい楽しさ」を表現する手法や、要素技術やコンセプトはほぼ出揃い、進化の予測も可能になりつつある。新しい技術や手法を継続的に追い続けるとともに、生活習慣や感覚、感情そして、時間とどのように組み合わせることで「新しい楽しさ」が生まれ、ライブ・エンタテインメント産業とて定着するのかを追求するべきである。ライブビューイングはこれからが正念場になる。