ロンドンにとんでもないイマーシブ体験ができる場所ができている、という噂を聞いたので、先日の欧州出張時に足を伸ばしてみた。
その場所「Outernet London」(以下:OUTERNET)は、2022年にトッテナム・コート・ロード駅の東口の目の前にオープンした複合エンターテインメント施設である。日本的に言うと銀座ソニービルのような場所だ。レストランやライブハウス、ホテルなどを擁する4階建ての新ビルであり、目玉として世界最大級のラップアラウンドLEDスクリーンを備えたヨーロッパでは最大のイマーシブビジュアルスペースである。
2023年にはTime Out誌によって「ロンドンで最も訪問される観光名所」に選ばれたこの施設では、ロンドン市民や観光客が五感を刺激する音楽や360°ビデオをみることができる。それも無料でだ。
ここには「Now Building」と呼ばれる大きなアトリウムを筆頭にして4つのパブリックスペースがあり、それぞれ天井と壁が全部で2,100平方メートルにもなるLEDスクリーンで覆われている。
人々は立ったり、座ったり、ときには床に寝転んだりしながら、クリエイティブなイマーシブ動画を見ることができる。座れるスペースはそれほど多くはない。有料のライブイベント以外は無料で提供されており、出入り口のようなものはないので、人々は自由に入場することができる。
技術的にはSIはQvestが担当し、再生システムはVENTUZ、LEDスクリーンはAOTO、スピーカーはL-ACOUSTICSがそれぞれ導入されている。200台のカメラが設置されていて、来場者を匿名の状態でモニタリングしている。これはコンテンツ接触状況を把握してクリエイティブに活かすためだそうである。
レストランやホテルもあり、地下にはHERE at Outernetというクラブがある。こちらも巨大なLEDスクリーンを備えるスペースとのことだが、あいにく筆者が訪れた日時にはオープンしていなかった。
OUTERNETで上映される映像は、アート作品から、観客の手の動きに合わせて変化するインタラクティブコンテンツなど幅広い。
では、コンテンツの例をいくつかご覧いただく。まずは最も大きなアトリウムであるNow Buildingから。
空間の大きさ、天井の高さ、200個のスピーカーの音をこの映像から想像してみていただきたい。決して実写やフォトリアルなコンテンツを目指しているわけではない。ここでしかない体験そのものなのである。
そして気がついた方もいると思うが、LEDの施工がかなり雑で、黒い筋や外が透けて見えるほどの隙間があったりする。
こうして切り取ってみるとかなり厳しいものがあるが、実際に体験しているとさほど気にはならない。しかし日本の感覚だとこの施工は許容されないだろうとは思う。
OUTERNETビジネスモデルは無料広告モデルだ。LED導入コストは公開されていないが、巨大な導入コストに見合うための広告費の金額は想像に固くはない。そしていわゆる広告企画や広告営業は自社で行っている。やはりこの媒体特性を技術面も含めて熟知していないと、効果的な体験を人々に提供することができないからだ。
16:9の既存広告素材を持ち込むような場所ではない。汎用性のない映像素材によって、唯一無二の体験をここOUTERNETで提供するものなのだ。そしてそれこそが新たな価値を生む。
では広告素材の例も見ておこう。これはキャセイパシフィック航空の広告だ。この素材は少なくとも香港編と東京編があることは確認した。このときの広告の掲出頻度は平均すると7、8分に1回程度で、メガブランドなど3社ほどの素材を確認できた。それ以外はアート作品がメインで上映されている。広告媒体ではあるが時間比率でいうと広告は非常に少ない。
この素材はリアルタイムのフライトデーターから自動生成されているのかと思ったがそうではない
建物外壁のスクリーンにもキャセイの広告が掲出されていた
他のスペースの状況も見ていただきたい。
インターネットの対義語や反対概念として使われることがあるアウターネット(OUTERNET)が意味するところは、オンラインの仮想世界に対して現実の物理的な世界である。つまりデジタル空間の外側にある実世界のことを表現している。このネーミングは、インターネットに対するアンチテーゼであり、デジタルやネットに振りすぎた反省や、いま起きているリアルとバーチャルの融合や、インターバースの重要性を明確に先取りをしているものだ。
われわれはスマホやパソコン、そしてデジタルサイネージの狭くて四角いディスプレイの中だけに引き篭もってはいられないのである。
最後に蛇足を少々。「outernet」というタイトルのアルバムを、globeが2004年にリリースしていることを知った。
Wikipediaによると、小室哲哉氏は「outernet」について当時こう述べている。
アルバムのテーマは「トランス・ロック・ヒップホップを基調としたミクスチャー・ロック」「globeを中心にした外への広がり、外部とのネットワーク」「インターネットでの仮想の旅から、現実の外への旅に出ていく勇気」「過去のプロダクトからの逸脱とポップス性の振り幅の両立」「前半40分はトランスで突っ走る」事をイメージした。
Wikipediaより引用
我々には勇気が必要なのだ。