txt:江口靖二 構成:編集部

デジタルサイネージによって“可視化”すること

横浜高島屋の1F中央エントランスに設置されているもの

飲食店において店頭にデジタルサイネージを設置して来店誘導を図るという利用は、かなり一般的なものになっている。こうした業態では、グルメ系のポータルサイトに出稿したり、フリーペーパーにクーポンを提供するというような販促活動は広く行われてきた。これらはもちろん有効であるのだが、普通の人が宴会や会合以外に日常的に外食をしたり、仕事帰りに仲間とふらっと飲みに行くような場合に、こうした販促ツールを利用するかというと案外そうではない。なんとなく歩いていて立ち寄るというケースはかなり多いはずだ。

そうした明確な目的のない場合には、「デジタル客引き」としてのデジタルサイネージは一定の効果がある。世界中がどこでもフラットに繋がるインターネットでは、オンラインのサービスでクーポンを配っても、わざわざ長距離移動して来店してくれる確率よりも、店の近く、いやいま店の前にいる人を呼び込むほうが遥かに確率が高いからだ。

今回紹介する空席情報サイネージは、こうした店頭型のデジタルサイネージによる来店動機とは異なる側面からの来店誘導に貢献することが期待できそうだ。半年間ほどのテスト運用を経てサービスを開始したこのサービス「VACAN」は、横浜駅前の相鉄ジョイナスと高島屋で2月1日からスタートした。

相鉄ジョイナスの地下1Fに設置されているもの

かなり離れたダイヤモンド地下街に設置されているもの

「VACAN」は、駅前の大規模商業施設内の飲食店の空席情報を、上層階にある飲食フロアではなく、地下や1階といった離れた場所で表示するものだ。せっかく上層階まで行ってから空席がないとなると顧客満足度はどうしても低下してしまう。

そこで広義の来店誘導を、メニューの訴求ではなく、「空席あり」という情報で実現するものである。商業施設での買い物客が利用することが多いこうした飲食店は、買い物の前に飲食をする、あるいは買い物の後に飲食するといった行動パターンを、空席表示というコンテンツを提供することで効率よくしてもらおうということだ。

こうした来店誘導方法は、個店ではさほど効果はないかもしれないが、ショッピングモールやデパート等の大規模商業施設の飲食店では有効なことは容易に想像できる。同様のニーズは、大規模オフィスビルやそれに準じたオフィス街に立地する飲食店では、ランチタイムには非常に有効だろう。

店舗内に設置されたカメラ。映像撮影ではなく画像認識のためのセンサーとして機能している

VACANのシステムはIoTとAIを活用しているようだ。店内に設置したカメラによる画像認識で空席状況を把握し、空席状況だけではなく、日時などに応じてどれくらいの待ち時間があるのかを算出した上で、デジタルサイネージに表示している。サイネージはWEBベースのようで、同じものがスマホからも確認できる。これは重要で、オフィス街のランチタイムではオフィスから空席確認ができたらとても便利だ。インターネットの黎明期に、ケンブリッジ大学の研究室にあるコーヒーメーカーの残量をライブカメラで配信していた「The Trojan Room Coffee Machine」を思い出させてくれる。

相鉄ジョイナスの状況(リアルタイム)

VACANのサービスを実現しているのが同名の株式会社バカンという会社である。この会社のビジョンは、「ありとあらゆる空席情報を集めて提供し、グローバルNo.1を目指します」というユニークなもので、潜在ニーズはかなり大きいと思われる。こうした顕在化できていなかった新しい価値を創造するためには、IoTやAIというものが大いに役立つであろうことを感じさせてくれる。

様々なセンサーとAIのような高度な分析技術で導き出される結果を、デジタルサイネージによって可視化することだ。これはこれまでのデジタルサイネージの利用用途である「広告」、「販促」、「情報提供」、「エンターテインメント」に加えて、「可視化」という潜在ニーズがかなりあることを予見させるものだと思う。

WRITER PROFILE

江口靖二

江口靖二

放送からネットまでを領域とするデジタルメディアコンサルタント。デジタルサイネージコンソーシアム常務理事などを兼務。