txt:江口靖二 構成:編集部

少しの配慮で全てが決まる「ストリートサイネージ」

電線を地中化することは、美観の点や、狭い道路の場合は通行しやすくなるので良いことだと思う。その場合にトランスや開閉器がどうしても地上に残ってしまうことが多い。この地上トランスや開閉器をうまく活用する目的で、東京電力らがデジタルサイネージの実証実験「ストリートサイネージ」を行っている。今回は実証実験中の田町駅東口と、渋谷公園通りの2つの現場に行ってみた。

まずは田町駅の東口に向かった。JR田町駅から芝浦口を降りて階段を下った歩道の右側に設置されている。

これだけ歩道が広いとストリートサイネージには目が行かない

この場所は写真左側のエリアの再開発が完了したために、歩道が非常に広くなった。そして地上トランスは車道との境界部分に設置されている。初見で何の説明もなくこの写真を見ても、どこにサイネージがあるかわからないのではないだろうか。それは現場にいても同じである。

近寄っても厳しい。ディスプレイも太陽光の下では暗く視野角も狭い

逆方向からみた様子。左端がストリートサイネージ

この設置場所の課題は明らかで、そもそも視界に全く入ってこないのである。この場所でデジタルサイネージを設置する場合は、まずは何よりも人の動線に対してディスプレイを正対させるべきである。これくらい歩道が広いと垂直ではなく、ななめに角度をつける方が広い範囲の歩行者に対して有効だろう。設置する高さも可能な限り高くしたほうがいい。人の頭を超える必要があるからだ。あとはこうしたロケーションに置いては、ディスプレイは縦にするのが正解だろう。既存の広告媒体との互換性を考えても縦にするべきだ。

渋谷は公園通りのアップルストアの真正面に設置されている。歩道は田町に比べると3分の1くらいなのでディスプレイサイズ自体は問題ないが、やはり人の動線には正対していないので視界には入らない。

渋谷は公園通りのアップルストアの目の前にある

コンテンツは渋谷区の広報ビデオが6種類。尺は長いもので3分位あって、デジタルサイネージのメディア接触態度がまったく考慮されていない。映像自体のクオリティはかなり高いのだが、制作サイドはメディア特性を理解していないのが非常に残念。今からでも短尺に編集し直すべきだ。

なおこの映像は筆者が探した限り、渋谷区のサイトも含めてネット上では確認できなかった。ケーブルテレビのコミュニティチャンネルでも使われているのだろうか、あくまでもテレビ的な作りである。

撮影時点のコンテンツは渋谷区の広報映像のみ。尺が最大3分位のものまで6種類あって、どれもサイネージ向きでは正直ない

類似の設置例で、人の動線をきちんと考慮したものの例を示しておこう。

ニューヨーク マンハッタンのLinlNYCは動線に対して正対している

こういう設置法もある(丸ビル)

ロサンゼルス空港のターミナル2

地上トランスを活用した「ストリートサイネージ」が、コスト面、構造面、条例などによって一捻りして正対させるような設置に制限があるとすれば、この企画自体にそもそも無理がある。こういった人の動線に対して並行にディスプレイを設置せざるを得ないような設置環境の場合、利用者側にサイネージを見る、操作する必然性が明確にあればかまわない。ある程度の制約を超えてでも利用しようとする。実際に東京都が設置している観光サイネージもこのスタイルの設置環境だが、少なくとも利用者側に目的地を探しているという意思があるので利用されている場面を見かける。

「ストリートサイネージ」は広告と情報配信を行う想定のようで、自然な状態ではここを歩く人の側にはサイネージを見る必然性は存在していない。おそらくここでしか見られない、ここを歩く人側が自ら主体的に見ようと思うようなコンテンツや情報は存在しない。ここだとJRや地下鉄の運行情報くらいだ。そのため強制視認とは言わないが、人の動線に対してもう少し自然に視界に入ってこないと何も伝えることはできない。トランス部分をラッピングしたところでほとんど何も変わらない。

おそらく道路を走る車から視認されることに対して、警察などが難色を示しているのではないかと思われる。その点を本稿で議論する意図はないが、執筆時点ですでに1778台が稼働している前述のLinkNYCによって、ニューヨークで交通事故が増加したという話があるのだろうか。デジタルサイネージ的に適切な設置ができる地上トランスが都内にどれくらいあるのか不明だが、今回の実証実験のようなままで設置が進んでも、有効に使われないものが街に増えるだけで、結果的にデジタルサイネージのイメージが悪くなるだけである。民間企業が広告事業を前提で事業検討を行うのであれば、この状態で実証実験を行わないだろう。「ストリートサイネージ」のように行政が関与すると「墓石サイネージ」候補が出現しやすい。

繰り返すが、ほんの少しの気配りや配慮で、このメディアは生死が決まると思われる。ディスプレイを縦にして一捻するだけでいい。車のことを気になるなら丸ビルの例のような「ハの字」型設置でもいい。何らかの理由でそれが叶わないのであれば、決して有効に使われることはないことを断言しておく。

WRITER PROFILE

江口靖二

江口靖二

放送からネットまでを領域とするデジタルメディアコンサルタント。デジタルサイネージコンソーシアム常務理事などを兼務。