『Something in the Water』主催ファレル・ウィリアムズ(左から2番目)
ヴァージニア・ビーチで起きた新しい出来事
2019年4月末、米国東海岸ヴァージニア・ビーチで開催された新しいイベントに参加してきた。ミュージシャン、プロデューサー、起業家として活躍するファレル・ウィリアムズが地元ヴァージアで東海岸版SXSWを起こすと発言していた『Something in the Water』だ。
今年の2月、SXSW2019に参加するかどうか、悩んでいた私のところにこんなメディア・ニュースが飛び込んできた。まずは、これを見て欲しい。
昨今は多く日本人や日本メディアも訪れるSXSWなのであえて自分で足を運ばなくても状況は掴めるだろうと考え、今年は初開催の『Something in the Water(SITW)』に参加することにした。しかし2月末の段階ではほとんど情報はなく、あるのは一枚ペラのウェブサイトとインスタグラムのイベント公式アカウントのみ。
「4月26日、27日、28日にヴァージニア・ビーチで開催するよ!チケットなど詳細は少し待ってね」という状態で、とりあえずインスタグラムをフォローし、Google Alartで「Something in the Water」「Pharrell Williams」を登録して新しい情報が入り次第チケットを入手しようと考えた。そして、ホテルも念の為予約をしておいた。
そこから一週間程経ちチケット販売開始が米国東部標準時間3月8日正午だとアナウンスされた。日本時間だと3月9日2:00am。夜中に起きてVIPチケットをゲットした。ラッキーなことに5分ほどでVIPチケットは完売。
その後一般チケットもすぐに完売したのでまだ見ぬイベントだが期待の大きさをチケット売り切れ状況からも判断できた。
念の為と予約したホテルも後から考えると大正解、近隣ホテルは軒並み満室で会場から車で1時間以上かかるホテルに泊まった人も多かったという。後日談では、そんな遠方宿泊の方向けのシャトルバスをファレル・ウィリアムズ自らが手配したとも聞く。ファレル・ウィリアムズが立ち上げたこのイベントの特徴をいくつかまとめてみる。
・「これは単なる音楽イベントではない、コミュニティ・イベントだ」ファレル・ウィリアムズのポジティブなホスピタリティーがあらゆる苦難を乗り切る
・JAY-Z、Snoop Dogg、Travis Scott、Chris Brown、KAWS、Virgil Ablohなど42組のセレブリティー・アーティストに加え、ソニー、アディダス、ティンバーランドなど18企業が参加
新しいカタチのイベントがそこには存在した
ファレル・ウィリアムズのミュージシャン仲間のステージやカンファレンス登壇が多かったが「これは単なる音楽イベントではない、コミュニティ・イベントだ」とファレルは言い続けた。それは彼の生まれ故郷ヴァージニアがギネス登録された世界一長い海岸とその歩道(ストリート)以外には、若者がインスピレーションを得る場所がないことを課題と感じていたからだ。
さらにはここ数年、毎年4月末に開催される「カレッジ・ビーチ・ウィークエンド」では暴力事件も頻発してきていた。この状況に「何か新しいものを(Something new)」を起こさなければいけないと考えて2018年秋からファレル・ウィリアムズは『Something in the Water』を企画し始めた。
若者にヴァージニアに誇りをもってもらいつつ、コミュニティを意識し、新たなインスピレーションを得てもらうことを考えたのだ。ファレルはイベント期間中ずっと主語を「We(私達)」と言い続け、これは参加者一人ひとりのものであるという意識付けを行っていた。
ステージではJAY-ZやTravis Scottなど一流アーティストの演奏が行われる一方、カンファレンス(「More Than The Music」)ではヴァージニアの若者に向けて起業するためのティップス、テクノロジー&投資家コミュニティーとのネットワークの作り方、ダイバーシティーについてなどが語られており、どうしたらヴァージニアの学生たちが社会に出た時に輝けるようになるのか?
積極的に来場者も交えてディスカッションをしていた。私からすると「SXSWで語られている内容に近いな」と思ったのだが、地元の学生達には、千載一遇のチャンス。
いままでにない情報がトップアーティスト、ビジネスマンから聞けるので目を輝かしながら積極的に質問をするし、ファレル・ウィリアムズが登壇するセッションにはJAY-Zやマドンナなどの楽曲も手がける音楽プロデューサーTimbalandも登壇していたため、FAQのマイクが渡ると自分の歌を披露し、是非プロデュースして欲しいと自分の作品USBを手渡して売り込む学生もいたぐらいだ(会場は一種のカラオケ大会的になったのだが、ファレル・ウィリアムズはこの「アメリカン・アイドル」風企画を来年は公式に採用しようともステージ上で語っていた)。
新しい波に賛同した18の企業。SONYの場合
アーティストKAWSの巨大な『HOLIDAY』もビーチに出現した
さて、このような新たな挑戦に乗った18社の企業の貢献にも目を向けたい。たとえファレル・ウィリアムズが著名人であったとしても初開催のイベントを応援する際には少し様子見をするものかと思いきや、各企業は『Something in the Water』の企画趣旨を理解し、コミュニティ・イベントとして相応しい出展をしていた。
ウォルマートはコミュニティ・ランチとして昼ごはんを振る舞い、アディダスはバスケットボールやダンスのワークショップにより新たなスター誕生を応援していた。そしてソニーは本体イベントのチケットを持たなくてもライブや音楽体験が楽しめるブースを出展していた。各企業とも様々な工夫があるだろうが、参加クリエイターの声を取材できたので、ここからはソニーの挑戦にフォーカスしたい。
ソニーの出展ブースはメイン会場から歩いて10分程、ヴァージニアビーチの中心的な19th Streetの一角に構えられていた。ステージと後ほど詳しく述べる360度サウンド体験ができるドーム『360 RA Experience Dome』が遠くからでも目に入ってくる。
実は初日は嵐のためイベント本体のメインステージは全部中止になってしまい、イベント目当てに来た方々が行き場を失っていたのだが、ソニーは嵐に負けずに(正しくは雨が一時的にあがったタイミングで)ブースを一般開放しメインステージに行けなかった方々にライブやドーム体験を楽しんでもらった。
結果、翌日のメディアで「Sony Saves Us!!(ソニーが行き場を失ったみんなを救ってくれた!)」と伝えられており初日からポジティブな反応を得ていた。aiboも出展していた。私からすると「あ、またaiboがいる」と思ってしまったのだが、よくよく考えてみるとここはヴァージニア・ビーチで、aiboに初めて触れる人たちが圧倒的に多い場所だ。そしてヴァージニアは犬を大事にする市であるので、aiboは多くの人から受け入れられていた(よかったね、aibo)。
さて、今回のソニーブースではトップクラスのビジュアル・クリエイター達が参加していた。ライゾマティクスリサーチ(真鍋⼤度・計良風太・上條慎太郎)、CEKAI(中⽥拓馬・千合洋輔)、Sagar Patelらである。今年1月のラスベガスCESでも発表されていたソニーの360 Reality Audioの360度の音源ファイルを元に「音をビジュアライズ」してドーム体験を増幅させていたのだ。
ライゾマティクスリサーチの真鍋大度は語る
ドーム型の体験はコーチェラやソナーなどの音楽フェスでも増えてきています。ただ、360度サウンドは慣れていない人には分かりづらいのです。
普通のスピーカーと何が違うのか?分かりづらい。ですので今回ファレル・ウィリアムズ率いるN.E.R.D & Rhiannaの『Lemon』をビジュアル化する際に、ファレルやリアーナの声が聞こえてくる場所からリリックをテキストで表示するビジュアルを心がけました。そうすることによって来場者にもわかりやすく360度サウンドの魅力を伝えられるので。
ただ、360度サウンドは耳・体で体験するものなのでオススメは一回目は目で追いながら仕組みを理解し、二回目以降は目を閉じて音を感じると迫力が味わえます。
『360 RA Experience Dome』でファレル・ウィリアムズの『Lemon』ビジュアル演出を手がけたライゾマティクスリサーチ真鍋大度(右)・計良風太(左)
コーディング&ビジュアライズを手がけたライゾマティクスリサーチの計良風太の感想はこうだ。
今回ソニーから提供された360度音源ファイルをopenFrameworksで取り込んで、ボーカル、ドラム、ベースなどの音源情報を映像化するため空間にマッピングしました。まだ360度音源ファイルのプラグインが無いのですが、今回の制作に当たっては360度音源ファイル自体が一般的なデータ形式(XML形式)で提供されたので、扱いやすかったです。
今回は全部で10曲、ドーム内で体験できたのだがファレル・ウィリアムズ『Yellow Light』、The Chainsmokers『This Feeling』などの4曲のビジュアライズを手がけたCEKAIの中田拓馬は今回の挑戦についてどう感じていたのだろうか?
今回はリアルタイムで全て処理することにこだわりました。いろいろと状況がかなり切迫していたので、短納期で4Kx4Kのドーム映像をスクラッチから作るとなると、ポスプロ的な作業方法よりもリアルタイム処理してそれを画面収録するVJ的な作業フローが理想的だと考えました。
今回ソニーの独自のソフトのデータを、unityやvvvvで扱うためのプラグイン制作をカナダ人リアルタイムグラフィクスアーティストのSagar Patelが作ってくれてて、常にリアルタイムで楽曲に反応する映像と、オブジェが動く様が見れる状態で制作しました。
ドームに投影されたシチュエーションもリアルタイムに描画可能にシステム構築し、自分がこの場所にいたらこういう映像みたい、ということを常に意識しながら作りました。また、CEKAIのメンバーである映像作家の千合洋輔にドームの形状にあわせたグニャっとしたグラデーションのプリレンダー映像も作ってもらい来場者が音と映像と自分のリアルタイム処理グラフィックを楽しんでもらうようにこだわりました。
カナダ人リアルタイムグラフィクスアーティストのSagar Patelはファレル・ウィリアムズ『Happy』他5曲のビジュアライズを手がけた。ビジュアルエディター向けのプラグインも作り、カラースキームのチェックなども行うのが大変だったが360 Reality Audioの可能性を高く評価し、今後クラブなどでも360度サウンドを取り入れて普及していくのではないかと述べた。
『360 RA Experience Dome』でファレル・ウィリアムズの『Happy』他5曲のビジュアル演出を手がけたリアルタイム・グラフィックス・アーティストのSagar Patel
来場者も「非常にイマーシブ(没入感ある)な体験だ」と360度ドーム体験を喜び、歌い出し、踊り出す人も居たほどである。
再びライゾマティクスリサーチ真鍋大度にドームのような体験が増えてきているトレンドについて意見をもらった。
『エクスペリエンス(体験)』の価値が高まっています。この360度ドームも実際に体験してみないと凄さがわからない。では、どのようにお客様に参加してもらうように設計するのか?が重要になってきています。また、最近のフェスでは来場者の行動データを取ることも注目されていて、お客様がどうしたら気持ちよく回遊してくれるか、そのおもてなし設計も大切になってきています。よって今まで以上にテクノロジーを扱えるクリエイターの需要が高まっています。テクノロジーを扱う我々のような立場からすると、実践の場所が得られるのでテクノロジーとフェスの需要と共有がマッチしてきている印象を受けます。
誰もが幸せに包まれた
「エクスペリエンス(体験)」を大切にクリエイターやファレル・ウィリアムズ主催側が丁寧に心がけたことにより『Something in the Water』は、とても満足度高いイベントとなった。
それは私個人の意見だけではなく、会場で出会った人はもちろん、UBER運転手でさえも「こんなに丁寧な配慮が行き届いたイベントは今まで無かった!」と述べていた。ファレル・ウィリアムズはソニーなどの企業だけではなく、行政・警察・消防もうまく巻き込み街全体で「We(私達)」を感じながらイベントを3日間終了させたのである。
イベント終了から数日後、ファレル・ウィリアムズからメールが届いた。そこにはこのように書かれていた。(一部意訳あり)
「WE(私達)が成し遂げたこと」を一緒に世界に示してくれてありがとう。
私は今回のイベント期間中、一人称を「WE, US(私達)」にするよう努めてきました。
この「WE」にはコミュニティ、アーティスト、行政、警察、消防署、参加してくれた企業・ブランド、スケーターショップ(注:ヴァージニア・ビーチ周辺にはスケーターとサーファーの店が多かった)、コーヒーショップ、誰かが失くした財布や鍵を届けてくれた人、誰かのために食べ物を買った人、部屋や車・自転車・アイディアをシェアしてくれた人、握手してくれた人、日曜日の礼拝(注:”ポップアップ・教会”が砂浜に出現しました)に参加してくれた人が含まれます。
私はあなた達の多くがまだイベントのリストバンドをつけているのを知っています、そしてその理由を理解しています。 それはあなたが『Something in the Water』の熱狂を忘れたくないと思っているからです。でも、心配しないでください。 その気持ちはあなたの中にあります。このヴァージニアでの体験をあなたの家、仕事、友情などに持ち込んでみてください。ここで得たインスピレーションを忘れずに、続けていきましょう。
See you soon. Two up two down(注:ヴァージニア VAのハンドサイン).
ファレル・ウィリアムズ
徹底した「WE」で体験の3日間
私は初めてヴァージニアに行ったのにこの3日間+のファレル・ウィリアムズと『Something in the Water』を取り巻く人々の熱狂でいつのまにか「WE」に取り込まれていた。イベント会場で知り合った現地の若者からも「一緒にプロジェクトがしたい」と連絡をもらっている。
「ホリスティック・ホールネス(全体的、総合的)」なアプローチが重要になりつつある昨今、文献を読んだりしても頭でしか理解できてなかったことが心から感じられた。ファレル・ウィリアムズが示したのは徹底した「WE」を貫く姿勢こそが人々を巻きこむということだ。誰かの利権ではない、みんなの喜びを考える大切さを私の心が学んだ体験だった。
Two up two down(注:ヴァージニア VAのハンドサイン)を披露するファレル・ウィリアムズ