txt:江口靖二 構成:編集部

日本の遙か先を行く、深センでのデジタルサイネージとは

遅ればせながらはじめて深センに行ってきた。もともとの目的は日本の遙か先を行っているとされる小売の現場を体験するためだ。そしてもちろん、デジタルサイネージ周りでも、日本はもちろん世界でもあまり見たことがない例を紹介したいと思う。

こうした例は深センの地下鉄(MTR)の例だ。筆者は世界中でさまざまな電車に乗ってきたが、深センではじめて見たのが、ディスプレイ下部に表示されている車両ごとの混雑状況である。これは日本でもJR東日本などがアプリベースで提供しているサービスである。しかし、この混雑状況をアプリで提供しても、実際にホームに立ってさあ電車に乗ろうとしたときに、さて次の電車の混雑状況はどうだろうと、わざわざアプリを立ち上げて確認するという行動はどう考えても現実的ではない。

次の電車の車両ごとの混雑状況が4段階で表示される

ところが、こうしてホーム上のデジタルサイネージディスプレイで、従来からある電車接近情報や広告と合わせて表示するといきなり状況は変わる。自分が乗ろうとしているドア位置が混雑していることがわかれば、列車到着前に他のドアに移動して待つことができるし、次の電車を待つこともできる。情報提供方法としてはアプリよりも明らかにこれが正しい。

車両の混雑状況を把握するには、カメラを利用するか床面に圧力センサーを設置するかどちらかの方法が一般的である。この場合どちらを利用しているかは不明であるが、カメラ位置が連結部分ではなく上記写真の車両中央部に2箇所あることから、おそらくこのカメラを使って画像解析しているのではないかと想像する。またこのカメラは防犯カメラと兼用しているではないかと思われる。

車両中央の天井に設置されているカメラ

なおこの混雑状況の表示はMTR11号線のものである。滞在期間中に全路線を使ったわけではないので、11号線以外では見ることはできず対応状況は未確認である。

続いてドア横のディスプレイだ。この位置にサイネージが設置される例は比較的よく見かける。画面を注意深く見るといろいろなことがわかる。ブロックノイズが乗りまくるが、よく見ると画面一番下の部分にはノイズが来ない。一番上の右上にタイムスーパーの表示されている黒い部分にはノイズが乗る。

このコンテンツは車内や駅でも同じものが表示されていて、実はこの映像はストリーミングなのだ。タイムスーパーの表示時刻と実時間の間には2分ほどのディレイがある。時刻を秒単位で表示しているが、こうしたディレイなど気にしない。「遅延があります」などという断り書きもない。一番下の横スクロール文字は、ストリーミングとは別に、画面分割で表示されているようだ。

画面が乱れるのは走行中の電波状態によるもので、おそらくLTEを利用しているものではないかと思われる。画像が乱れるのは感覚的に言うと全体の1割程度の時間である。この媒体は広告ではなく、行政、公安、MTRのPR画像なので、画像の乱れは気にしないのだろうか。日本だとこれは確実にNGとなりそうなシステム構成だが、そんなことは気にしないのである。なお、どのディスプレイもノイズの出方は同じなので、車両内のどこか一箇所で受信をして映像を分配しているようである。

このようなリアルタイムのストリーミング、たとえば緊急災害時にNHKの放送を走行中の電車内でも画面が乱れることなく安定的に提供しようとすると、大掛かりなシステムを用意する必要がある。LTE環境の設置は当然だとして、それに変わるものを入れるコストは割に合わないので、LTEを流用する。そうすると当然こういう不体裁な部分は残るが、それをどう考えるかということだ。

日本では一般社団法人デジタルサイネージコンソーシアムとNHKの間で覚書が交わされており、緊急災害放送時に限って、一定の条件と手続きは必要であるが、NHKとの通常の受信契約なしにデジタルサイネージにおいてNHK非常災害時緊急放送を放映できる取り決めがある。地下鉄のような環境でこそ、こういう情報提供は有効ではないかと考える。

WRITER PROFILE

江口靖二

江口靖二

放送からネットまでを領域とするデジタルメディアコンサルタント。デジタルサイネージコンソーシアム常務理事などを兼務。