カンヌ・ライオンズ

世界最大のクリエイティブ祭で"迷子"にならないために

カンヌ・ライオンズと言えば、世界最大とされる国際クリエイティブ祭(広告祭)。毎年6月下旬に南仏カンヌで催されている。しかし、パンデミックの影響で昨年は中止に(ウェビナーのみ配信)。今年はオンラインでの開催となり、2020年と2021年まとめて2年分のアワードが発表された。

2007年から現地取材も続けている筆者は、同フェスティバルのレポートをPRONEWS他に、例年寄稿してきた。それらの中でも毎回ふれているが、いまのカンヌ・ライオンズは部門と賞の数が異常に多い。今年は30部門から約1000のアワード(金・銀・銅賞と各部門のグランプリ)が発表された。マーケティングの手法と目的、メディアによって部門が細分化されている。

アワードの発表だけでなく、例年100を超えるセミナーが催され、ビジネス交流を目的とした関連イベントも多い。それにともないプレーヤーのバックグラウンドも多様化し、かつてのように広告主および広告代理店・制作会社だけではなく、ITベンチャーからNPO、プラットフォーマーにコンサルティング産業など、様々な業界・業種の人々が参入するようになった。複雑なことこの上ない。

今年はそこにパンデミックの影響まで加わり、まさに静かなカオスの様相を呈していた。そのすべてがオンラインで公開されているが(視聴にはパスの購入が必要)、下手にアクセスすれば"迷子"になりそうだ。

そこで本レポートでは、いまやデジタル迷宮と化したカンヌ・ライオンズから、映像系部門のグランプリや金賞受賞作をメインに、最低でも「これだけは見ておきたい5つのCM」をご紹介しながら、現在のCMトレンドを深堀ってみたい。

まずはカンヌの常連、ナイキとアップルから見てみよう

1.NIKE/YOU CAN’T STOP US(USA)

企画・制作:WIEDEN+KENNEDY,Portland・PULSE FILMS,Los Angels

(公式・日本語訳付き)

カンヌを20年近くウオッチしている。ナイキというブランドはいつも興味深い。先にもふれたようにカンヌ・ライオンズは、新世紀に入ってからこの20年で、劇的に変化した。新しいメディアとテクノロジーが続々と誕生、その変化に対応できず、激流に飲み込まれてしまったブランドもある。

だが、ナイキはいつの時代も変化に敏速に対応し、カンヌでも毎年のように大量受賞、変わらぬ存在感をキープしてきた。ゆえにナイキのCMを見ることは、アスリートの目を通して、いまという時代を目撃することにほかならない。今年のフィルム部門でグランプリを受賞したこのCMは、パンデミックがテーマだった。

こんなCMだ。陸上と水泳、野球とテニス、バレーとバスケetc――画面を左右に分割、世界トップクラスのアスリートたちの競技シーン(あり素材)をモンタージュ合成し、まるで両者が"一体"であるかのように表現している。

練習場の閉鎖、試合の延期や中止――どんな困難に直面しようと「ひとつになれば、だれも私たちを止められない」。合成映像にすることで、そんなメッセージを伝えている。「私たち」というのは、アスリートのことであり、ナイキ自身のことでもあるのだろう。

クリエイティブチームは4000を超える素材の中から、ベストな組み合わせを選び抜いたという。コロナ禍で新撮企画は難しかったかもしれないが、「あり素材でここまでやり切るのか」という感想も浮かぶ。

CMにはレブロン・ジェームズ、大坂なおみ、クリスティアーノ・ロナウドら53人のアスリートが"出演"している。ナレーターを務めるのは、米女子サーカー代表チームの主将・ミーガン・ラピノー。LGBTQ+や女性アスリートの権利向上の提言を積極的に行う"もの言うアスリート"としても知られ、いまやナイキCMの常連でもある。そんなキャスティングも、時代の反映と考えると興味深い。

2.Apple/THE WHOLE WORKING-FROM-HOME THING(USA)

企画・制作:APPLE,Cupertino・SMUGGLER,Los Angeles

(公式・日本語訳付き)

カンヌの常連と言えば、アップルも外せない。そして、そのアップルも今年のテーマは、やはりパンデミックがらみだった。

「在宅勤務の舞台裏(THE WHOLE WORKING-FROM-HOME THING)」と題した約7分のCMでは、あるヘナチョコ開発チームのリモートワークでの奮闘ぶりを、コミカルかつスピーディに描いている。日本語字幕も付いているため、内容に関してはリンクをご覧いただければと思うが、"リモートワークあるあるネタ"が、「これでもか!」というほど連打されるところが見所だ。

シナリオの流れに乗せて、アップルのプロダクト(使用シーン)も「これでもか!」というほどアピールしている。さりげないその見せ方が、小憎らしいほど巧みだ。プロダクトのデザインと機能を、ワンビジュアルで訴求することが多いアップルの中では、異色とも言えるストーリー仕立てのコマーシャル。2年前に話題になった「Apple at Work―大逆転」の続編でもある。

今年の主役は子宮?もはや"フェイクCM"は通用しない

3.Essity/#WombStories(UK・USA)

企画・制作:AMV BBDO,London・CHELSEA PICTURES,Los Angeles

ナイキやアップルのCMへの反響は毎度のことだが、今年の"主役"かと問われれば、実はそうではない。カンヌでもっとも喝采を浴びたのは「子宮(Womb)」だった。

生理用品や衛生用品のブランド「ボディ・フォーム」(エシティ)によるキャンペーン「#WombStories」は、最多の4部門グランプリを達成している。SNSを絡めた施策など、メディアを広く活用した統合キャンペーンだが、ここではCMをご紹介しよう。

描かれるのは、生理や性行為、妊娠と不妊、子宮内膜症といった子宮に関わる「決してシンプルではない」物語。幾人もの女性たちの苦しみや悲しみ、喜びをストレートに表現して、あなたの子宮の物語もシェアしてほしいと呼びかけている。重いテーマにも思えるが、実写とアニメーションを交差させる編集はテンポも良く、ノンバーバルに伝わるショートフィルムになっている。

リアルの世界で起こる出来事はシリアスだが、アニメが描く子宮内の世界は可愛くてコミカルでさえある。この対比によって映像にダイナミックな力が宿った。無数の子宮が宇宙空間を漂うキメカットがいい。演出はアメリカで活動する女性監督、ニーシャ・ガナトラ氏だ。

ブランドの公式YouTubeの投稿欄には、多くの賛同と共感の声が投稿されている。従来の生理用品のCMに異を唱える意見もあった。例えば以下のようなコメントだ。

多くの生理用品メーカーは相も変わらず、彼らの商品が女性たちを速攻で快適にし、(生理中でも)白いズボンで通勤電車に飛び乗るようなCMを流し続けている。でも、そんな広告を信用する女性はいない。

2020年夏のキャンペーン後、ボディ・フォームのマーケットシェアは、ヨーロッパ各国で上昇したという(イギリス8.1%、ロシア14.1%、デンマーク9.9%)。表現のタブーや社会のステレオタイプに挑み、カスタマーの本音に本気で迫るブランドがファンを増やし、ビジネスを成長させる時代が来ているようだ。もはや"フェイク"は通用しない。近年のカンヌでは、そんな事例を多く目撃できる。

CM表現に宿るニューノーマルの美

4.LACOSTE/CROCODILE INSIDE(FRANCE)

企画・制作:BETC,Paris/ICONOCLASR,Paris

もはや"フェイク”"は通用しない――と書いたばかりだが、ここまで徹底してやりきればむしろ清々しいと思わせるCMもあった。

室内で言い争うカップル。そのあまりの激しさに、部屋の壁にはヒビが入り、やがてアパートは真っ二つに崩壊し始める。女を追う男、走り去る女。シャンソン「愛の讃歌」をBGMに、SFX技術を駆使して描き出す白昼夢の世界。音と映像のギャップから醸し出される感情効果にも注目したい。

"究極の夫婦喧嘩"というアイデアから出発して、ラコステのブランドメッセージである「人生は美しいスポーツだ」にアクロバティックに着地させている。いつの時代も誇張と比喩は、クリエイティブの基本中の基本だ。

演出を手がけたのは、現在引く手あまたの人気ディレクター集団「メガフォース」。フィルム部門でゴールドを受賞したBurberryのブランドCMも同チームによるものである。

5.DOVE/COURAGE IS BEAUTIFUL(UK/Canada)

企画・制作:OGILVY,London/OGILVY,Toronto・OUTSIDER EDITORIAL,Toronto

最後に、映像というよりスライド動画とでも言ったほうがよさそうなCMを紹介したい。「勇気は美しい」と題されたダブのキャンペーンだ。

用いられるビジュアルは、パンデミックと戦う世界各国の医療従事者たちのポートレイト写真。防護服を着用したままの長時間勤務により、モデルの肌は荒れ、顔についたゴーグルの跡も痛々しい。だがダブは「その勇気こそ美しい」と称え、感謝の意を表する。

カンヌでは2部門でグランプリを獲得。10年以上にわたり、「リアル・ビューティ」のメッセージを発信してきたブランドだからこそ実現できたキャンペーンでもある。非現実の世界を描いたラコステも、パンデミック下のリアルに取材したダブも、独自の視点から「美」にアプローチしていることに着目したい。

「美をどう表現するか?」は、いつの時代もCMにとって重要なテーマだが、美の感覚は文化によって異なり、時代によっても変化していく。

バーガーキングも独自の美を描いていた。「Moldy Whopper」と題されたCMでは、ワッパーをスタジオに約1ヶ月間放置し、食材がカビていく様子をひたすら撮り続けた。カビだらけのバーガーには、「人工保存料を使わない美」があるという。

ひょっとするとこれらは「ニューノーマルの美」というものなのかもしれない。テーマとしてストレートに「美」を謳ってはいないが、"#WombStories"にもそんな感覚がある。この鉱脈をそれぞれのポジションから掘り下げて、新しい美を生み出せる表現者が、2020年代をリードしていくのだろう。今年のカンヌでは、その胎動を感じた。

さらに知りたい方は、ほかの事例もぜひ見てほしい。100作くらい見れば、広告表現のいまをリアルに体感できる。

WRITER PROFILE

河尻亨一

河尻亨一

編集者・銀河ライター。著作に『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』、翻訳書に『CREATIVE SUPERPOWERS』。