クロス新宿ビジョンの3D巨大猫
いま新宿の3D巨大猫が話題である。それはデジタルサイネージ関係者に限ることなく、幅広く話題になっている。おそらく日本のデジタルサイネージ史上でこれほど注目を浴びた事例は他にはないだろう。それはなぜなのか?考えてみたい。
新宿駅東口に新たに大型ビジョン、クロス新宿ビジョンが設置された。7月12日からの正式運用に先駆けて、7月5日からテスト放映が開始されたが、SNSでかなりの数が拡散されている。筆者が現場に行った7月6日には、炎天下にも関わらず200人近い人がビジョンを見たり、録画してSNSにアップしていたのには正直驚いた。
クロス新宿ビジョンが話題になっているのはコンテンツとしての3Dの巨大猫である。これはL字型に配置されたLEDディスプレイで表示したときに立体的に見えるようなデザインを施したものだ。こうした再撮映像以上に、実際の現場だともっと立体的に見える。
裸眼で立体に見えるのは、LEDディスプレイや再生装置、再生ファイルが特殊なものであるからではない。これらは全て通常のものである。これはプロジェクションマッピングと3DCGの知識があれば実現できる。まずLEDディスプレイがL字型に設置されていて、ビューポイントから見たときのディスプレイまでの距離が違う。つまりそもそも3次元立体なのである。通常のディスプレイはあくまでも平面なので、ディスプレイは2次元的でしかない。
制作者の意図した通りに3Dで見るためには、理想的なビューポイントは一箇所である。もちろんある程度の範囲内であれば十分立体的に見える。ビューポイントは下の画像の赤い円のエリアである。
この画像はクロス新宿ビジョンの公式ライブカメラ映像をキャプチャーしたものだが、こうしてビューポイント以外の別の角度から見ると、随分と歪んだと言うか、変形された映像を表示していることがお分かりいただけると思う。この変形された映像をL字に変形したLEDディスプレイに表示すると、赤いエリアから見ると3次元的に飛び出しているように見えるのである。
この変形のさせ方は、ディスプレイの形状とビューポイントまでの距離によって決定される。プロジェクションマッピングでは、マッピングツールとしてのソフトウエアが複数存在しているが、現時点ではデジタルサイネージ用途の映像変形ツールがあるわけではないようだ。ひょっとするとどこかから提供されるようになるのかも知れない。
この事例では、ディスプレイの真下や歌舞伎町側の反対方向からだと、高さや手前の樹木などによってロケーション的に視認が事実上できないので、これくらい変形させてしまってもあまり問題にはならないだろう。逆に言うと、ビューポイントが複数確保できるケースだと、ポイントよっては違和感のあるものになってしまうことになるだろう。
そのためこうした事例の大部分はL字型の設置で、ビューポイントに制約があるロケーションに向いているわけだ。なおここではL字部分は直角でなく曲面になっているので、角の部分の映像に不自然さがない。
さらに錯視的な要素も取り入れられている。猫がいる空間の床と天井部分を認識しやすくするために、その外側の「余白」までも映像化している。さらにこの余白も、よく見ると現場に元々ある広告物や構造物の色と同じものを使うことで、床や天井が実際に立体的に存在している可能ように見える。
さて、ここまでは技術的と言うか3DCGのテクニックの話だ。韓国や中国で話題になった事例はどちらかと言うと技術的な部分が中心となる話である。これでも十分新鮮でインパクトがあるのだが、クロス新宿ビジョン決め手は、クリエイティブが秀逸であることだ。特にコンテンツに「本物っぽいCGの猫」を使っていることである。この猫はこのビジョンのキービジュアル、マスコット的な存在のようで、これからも色々なパターンで登場してくるようだ。
この企画から改めて学ぶべきことは、デジタルサイネージにおけるクリエイティブの重要性である。犬・猫・子供というのは普遍的で強力なコンテンツモチーフである。これの制作者がコメントしているように、新宿の顔にするという発想から、渋谷が犬(ハチ公)、なら新宿は猫(名前はまだない?)なのだ。猫と言ってもアニメやイラストっぽいキャラクターデザインにしてしまうと、3Dの持つインパクトが半減してしまうことをクリエイターがちゃんと分かっているのだ。
これほどSNSに解散され、多数のオマージュやファンアートまで出現することは本当に素晴らしい。こうしたSNSへの拡散に際してひとつ課題がある。再生環境におけるリフレッシュレートの都合だと思われるが、SNSにアップされている動画の多くは、スマホの動画撮影環境との組み合わせによっては綺麗に記録されず、モアレっぽく撮影されてしまうのだ。
これはドライブレコーダーで機種によってはLED化された信号機が点滅してしまったり映らなかったりすることがあるのと同じ理由である。思わず動画でアップしたくなるようなものだけに、ここはちょっと盲点だったと思う。いまからでも設定変更などで解決ができるようであればぜひ行っていただきたい。そして今後の、特にLEDディスプレイを使用するデジタルサイネージにおいては、こうした点も考慮しておく必要があるだろう。
手元のスマホで撮影するとモアレが出てしまい、設定をいろいろ変えてみたがあまり変わらなかった
クロス新宿ビジョンは、デジタルサイネージにおける大型ビジョンも、単なる映像表示から、こうした新しい媒体価値の提供にシフトしていく必要性を示している。媒体開発的には、このロケーションはすぐ隣りにあるスタジオALTAの大型ビジョンと比較すると、従来のような考え方だけだと不利だったかも知れない。
しかし様々な努力と工夫によって媒体価値が再認識できたと言える。そしてこれは渋谷ハチ公の大型ビジョン群とはまた異なる特色を持った場所として、新宿東口エリアがデジタルサイネージ的に再定義できるのかも知れない。
確かにこの事例は、インパクトメディアとしてのデジタルサイネージ的な事例であり、DXやプログラマティックDOOHといった文脈とはあまり関係ないかも知れないが、デジタルサイネージの基本をしっかり押さえた事例なのである。せっかくSNSとつながることができているので、この先の展開ストーリーに大いに期待をしたい。