長年に渡って数多くの名作映画を世に送り出している東宝スタジオ。そのポスプロ業務を担うポストプロダクションセンターの技術課長・越真一郎氏と、東宝スタジオで数多くの作品の編集を担当されている株式会社FILMの穗垣順之助氏にインタビューを行い、東宝スタジオで映画編集のメインシステムとして導入されているAvid Media Composerの使い勝手や、今後の映画業界についてお話を伺った。
――東宝スタジオのポストプロダクションセンターについて教えてください
越氏:
東宝スタジオには映画やドラマなどを撮影をするためのステージが8棟あり(他にCM用で2棟)、同じ敷地内に撮影後のポスプロ作業を行うポストプロダクションセンター(以下、PPC)が2棟あります。PPC内には映像/サウンド編集室、MAルーム、ダビングステージ、アフレコステージ、フォーリーステージ、試写室などがあり、その他にグレーディング、本編集、DCPマスターを作成する環境も揃っています。
穗垣氏:
作品に参加しているスタッフとしては、同じ撮影所内で撮影が行われ、そこで編集も音の作業も行われているのはとても楽です。コミュニケーションが取りやすいですし、なにかあった時に対応しやすいので撮影所システムの大きなメリットだと思います。
――穗垣さんのAvidとの出会いはいつ頃でしょうか
穗垣氏:
Avidとは付き合いが長いですね。28年程前、当時私は日活撮影所の編集部に所属していました。当時はまだフィルムでの編集が主流でした。その頃、伊丹十三監督の助手をしていたのですが、伊丹監督がノンリニア編集に興味を持たれ、導入してみたいということでMedia Composerともう1社のシステムを試験的に導入して映画「静かな生活」(1995年)で数シーンを編集しました。それがMedia Composerとの出会いですね。
その後日活でMedia Composerを正式に導入し、伊丹監督の遺作となった「マルタイの女」(1997年)は、私が助手として携わった作品では初の全編Media Composerで編集を行ったメジャータイトルとなりました。
当時、これからはノンリニア編集が主流になると感じていましたがMedia Composerの情報が少なかったので、英語のマニュアルを翻訳しながら勉強し、Media Composerに携わる仕事にウェイトをおいて、その後も「踊る大捜査線 THE MOVIE」(1998年)などでも助手としてMedia Composer関連のサポートを行いました。
編集所ではネガ編も数多くこなしましたし、Media Composerでの編集にも携われたので、丁度フィルムからデジタルになっていく過渡期を編集所で過ごせたという感じでしょうか。その後、29歳で日活を退社してエディターになりました。そこからはほぼ全ての編集をMeida Composerで行っています。
退社後10年程フリーランスでしたが、劇場版「SP」の編集を担当する際に、映画の制作会社であった株式会社FILMに業務委託という形で所属しました。その後社員になり、現在は編集部のユニットリーダーをしています。
会社に所属するメリットは、機材等を個人で負担しなくてもいい事だと思います。Avid製品も常に最新のものを使えていますし、私はAvid Artist Mix(オーディオコントロールサーフェス)を使って音の調整を行っていますがそういった機材も会社が用意してくれます。
穗垣順之助
広島県福山市出身
株式会社FILM所属
日活芸術学院卒業後、日活株式会社に入社。鈴木晄氏に師事し様々な作品で助手を務め、退社後フリーランスとして編集技師になる。
現在は株式会社FILMに所属。
主な作品:
「浅草キッド」(劇団ひとり監督)
「花束みたいな恋をした」(土井裕泰)
「罪の声」(土井裕泰監督)
「響」(月川翔監督)
「サイレントトーキョー」(波多野貴文監督)
「ちはやふる~結び~」(小泉徳宏監督)
受賞歴:
「ちはやふる~上の句、下の句~」にて第26回日本映画批評家大賞編集賞、日本映画テレビ編集協会第23回JSE賞、第70回日本映画テレビ技術協会映像技術賞
「ちはやふる~結び~」にて第1回映画のまち調布賞、技術部門編集賞
「罪の声」にて第44回日本アカデミー賞、優秀編集賞
■穂垣氏が東宝スタジオで編集した作品
- 2014年公開
「チーム・バチスタFINAL ケルベロスの肖像」
「青天の霹靂」
「寄生獣」 - 2015年公開
「ビリギャル」
「アンフェア the end」 - 2016年公開
「ちはやふる-上の句-」
「ちはやふる-下の句-」
「四月は君の噓」
「グッドモーニングショー」
「何者」 - 2017年公開
「ひるなかの流星」
「君の膵臓をたべたい」
「坂道のアポロン」
「ちはやふる-結び-」 - 2018年公開
「響」
「オズランド」
「ニセコイ」 - 2019年公開
「午前0時、キスしに来てよ」 - 2020年公開
「罪の声」 - 2022年公開
「今夜、世界からこの恋が消えても」(7月29日公開予定)
「線は、僕を描く」(10月21日公開予定)
――ポストプロダクションセンター1に導入されているMedia Composerについて教えてください
越氏:
2010年にPPC1を新設した際、システムとして信頼性があり映画編集という部分ではMedia Composer以外の選択肢はありませんでした。導入当初はWindowsベースのMCでしたが、WindowsでQuickTimeのサポートが終了した事と、他のソフトをインストールしてもあまり問題は起こらないということで4年程前にMacベースに変更しました。現在7式が稼働しています。個人的にも25年Avid製品に携わってきましたのでその部分でも安心感はあります。
越氏:
PPCには映像だけではなくサウンド編集室もあり全てMacベースのPro Toolsを導入しているので、映像編集もMacベースにすることでメディアデータをやりとりする場合にデータが読める、読めないといったケアをする必要がないというのもありますね。Pro ToolsとAAFなどのデータのやりとりにおいてもMCから書き出されるデータは全く問題なく運用できているので、それも使い続けている理由の1つです。
弊社は映画メインのオフライン編集室ですので素材の共有をする必要がありません。
編集作業が終わり、次の工程に進んだ後に合成差し替えなどで編集作業に戻る事も多々ありますが、HDDも昔と違って軽量で安価だし故障も少なくUSBやThunderbolt接続で簡単に移動出来るので作品で使用していたHDDを保管しておき再度編集作業に戻る際でも別マシンに繋いですぐに作業が出来るのでメディアサーバーは導入していません。
穗垣氏:
ポスプロ業務では、素材の仕込みをする助手が入れ替わるなど、様々な人が出入りをするので、担当が変わる度にログイン方法を教えなければならなかったり、そういった事に不慣れ故のトラブルを考慮しなくて良いのは作業全体を考えた時にとても安心感があります。
また、一部のテレビドラマで今日撮影したものを明日のオンエアまでに編集するというような物凄いスピードを要求される場合は複数人で同じプロジェクトで作業ができるサーバーのメリットもあると思いますが、映画ではそこまでの要求はありませんし、編集で使用するメディア(自分は主にDNxHD 80)と本編で使用するメディアは別物で、作業する場所も異なるため、同一サーバーに存在させる必要も特にありません。
――編集を担当される穗垣さんが思うMedia Composerの使い勝手の良いところを教えてください
手数の少ない操作感とレスポンスの速さ
穗垣氏:
まず大前提として、幸いにもある程度の予算のある作品に携わらさせて頂いていることもあり、ポスプロ作業の部署が細分化されているため、自分のパートでは合成やカラーグレーディングといった映像を作り込むいわゆるオンライン的な作業は行いません。私は2時間程度の長尺のお芝居を繋いでいくのが仕事なので、芝居の編集がいかにスムーズにできるかを重視しますが、その作業がMedia Composerは圧倒的に楽だと感じています。
それぞれのカット変わりのタイミングを1コマ2コマ変更して芝居のニュアンスを掴んでいきますが、そのための様々なトリミング作業全体としてMedia Composerだと1手で済むところが他社だともっとかかってしまうような印象です。
映画のカット数は多い場合は2,000カットを超えますが、そのような状態で監督から「この場所をこうしたい」と言われて作業する場合のレスポンスが圧倒的に速いと感じています。私はMedia Composerのレスポンスに慣れてしまっているので、他社ソフトを使うと「う~ん」となってしまうことが多いです。
また、YouTuberなど一般の方々も編集する機会が増えていて、裾野が広がるという意味ではとても良いと思います。そういう方々に向けたソフトもありますが、長尺の芝居を繋ぐ編集とは全く別物なので、我々としてはプロフェッショナル向けに作られているMedia Composerの設計思想やレスポンスが必要だと考えています。
ビンでの素材の探しやすさ
穗垣氏:
近年の邦画では撮影現場でカット割を厳密に固定せずに、引き、寄り、別アングルなどを同時に撮影してあとから編集で選択するという流れが多くなっています。以前は編集する際の素材をカットナンバー(ファイル名)で探していましたが、上記のような素材だとフレーム表示にして「もうちょっと寄りのカットを入れたい」「引きに戻したい」という感じで画の画角で探した方が楽な場合もあるのでMedia Composerのビンのフレーム表示をよく使います。これは慣れもあるかと思いますが、ビン周りのインターフェースを含めビンでの素材の探しやすさが気に入っています。
Artist Mixでの音調整
穗垣氏:
編集中に楽曲を乗せて芝居と絡む部分の調整をすることがあり、その場合は画面の小さなフェーダーアイコンをマウスでドラッグするのは辛いです。また、オーディオトラックのオン、オフなど様々なキーボードショートカットもArtist Mixに割り振ることができるので、Media Composerで動くコントロールサーフェスはとても重宝しています。
――Media Composerに対する要望はありますか?
穗垣氏:
編集では基本DNxHD 80を使っていますが、同じビットレートでもう少し画質を上げてもらえると嬉しいです。スクリーンに映した時の画質はできるだけ良くしたいのですが、作品が長尺なのでビットレートを上げてしまうとシステムへの負担も上がってしまいます。
今ぐらいのデータ量のまま画質が上がってくれると良いなと思っています。
――今後のポストプロダクション業務についてはどのようにお考えでしょうか?
穗垣氏:
コロナ禍になって、プロデューサーと監督に一度も直に会わずにリモートのやりとりだけでドラマの編集をしたことがありますが、私はリモートは苦手と感じています。編集というのはその場にいる人たちと会話をしながらそれぞれの人たちの温度を測るというか、真意を汲み取る作業もとても大切です。
しかしリモートだとなかなか相手の本音を探るのが難しいですね。同じ空間にいるから喋れることがあると思いますし、時には喧嘩もしながら作品を作り上げていくという作業ができないのは、物作りをしている者として良い悪いではなくて寂しいと感じています。また、私は自宅で作業をするとすぐにサボってしまいがちなので(笑)編集室に来てクリエイティブなスイッチを入れて作業をする方が合っていますね。
同僚には助手が仕込んだデータを受け取って自宅で編集をして、監督と編集を始めるタイミングで編集室に来る者もいますし、プロデューサーの立場で考えると部屋をおさえるコストが下がるのでリモート作業は今後増えていくだろうなと思いますが、ポスプロ業界にとってはあまり良い事だとは思えないです。
越氏:
以前は仕込みなどの事前作業から編集室を利用してもらいましたが、今はそういった作業はノートPCでも十分可能になっています。そのような理由で編集室を利用する期間が短い作品が増えてきました。しかし、映画作品の場合は劇場サイズのスクリーンで確認することがとても大切です。
穗垣氏:
そうですね。普通の部屋にあるようなモニターサイズの映像では全く印象が違うので、その状態で何かを判断されるのは困ってしまいます。
越氏:
なので、ポスプロとして試写関係の設備は当然用意しなければなりませんし、大スクリーンに映しての作業も必ず行うことになるので、その部分は変わらないだろうなとは思います。
穗垣氏:
もう1つはポスプロ作業での就労環境ですね。私は結婚して子供がいまして、妻も働いています。なので子育てをしながら働ける環境をつくらなければと思っており、普段はできるだけ平日の10時から17時ぐらいで働き、夜や土日は休むようにしています。
編集を担当した劇場版「SP」は、カラーグレーディングと音の仕上げをアメリカで行いました。私もその現場に立ち合わせて頂きましたが、毎日午後6時には機材の電源を落としていました。もちろん日本とは規模も違うので直接的な比較は難しいですが、そういったプライベートな時間をちゃんと持てるという事はとても大切だと思います。
ポスプロでは近年女性の割合が非常に高いです。本人が望むのであれば何の心配もなく結婚、子育てができる環境であることが健全だと思っています。昔のように毎晩徹夜とか土日も休みなく働くといった環境では仕事を辞めざるを得ないことになるでしょう。撮影現場は夜の撮影もあるので難しいですが、ポスプロパートならそういった環境作りは実現可能だと思っていますし、映画業界の将来を考えると実現すべきことだと考えています。