フェイシャルVFXによって顔の若返りと老化を実現「イチロー未来会議」[Report NOW!]

俳優やタレントの顔を若返らせる/老化させることができる「フェイシャルVFX」のDigicに「イチロー未来会議」の制作秘話について話を伺った。過去や未来のシーンで代役をたてる必要がなくなったり、特殊メイク以外の選択肢を手にすることも可能になる。

「イチロー未来会議」企画の概要

「イチロー未来会議」は、2022年、2001年、2030年の3つの時代のイチローさんが集合し、SDGsをテーマに、「エネルギーの未来」、「金融の未来」、「野球の未来」などについて話し合うという内容。それぞれの時代を生きるイチローさんならではの視点で、21世紀社会が抱える課題などを話し合う映像作品だ。Vol.0からVol.6、そして「こぼれ話」の全8話に加えて、各エピーソードの終わりには、野球編とよばれている3人の夢の球宴を観ることができる。

SMBC日興証券「イチロー未来会議」 A&P:博報堂+東北新社 CD:桃井 菜穂 AD:榎 悠太 Director / Camera / GR:柿本 ケンサク Producer:味方 優介 Production Manager:依光 杏奈 Online Editor:中村 貴則 CGデザイン:荻野 健一 CG:白組

今回の作品でフェイシャルVFXを担当したDigicの木下 明里紗氏にコメントをいただいた。

木下氏:

私たちが担当したVFXショットは約500ショット以上あり、合計20分以上のフッテージに対する作業でした。CMなどの広告案件の場合は15秒や30秒が多いのですが、今回は、長編映画に近い作業ボリュームでした。

「顔のVFX」が求められた背景

木下氏:

CMの場合は撮影の1~2ヶ月前から、映画の場合は公開1年以上前からご相談いただくことが多いのですが、こちらの企画は、撮影3ヶ月前からお話を頂きました。
イチローさんを撮影できるのは1日だけということは企画のスタート時点で分かっており、撮影当日に時間のかかってしまう特殊メイク以外の方法を検討されていました。もし特殊メイクで行なっていた場合、若返りと老化それぞれのメイク時間に加えて、メイクを落とす時間も必要になります。その場合は、撮影できる時間はさらに減っていたと思います。さらに、特殊メイクでも「老化」は実現可能ですが、「若返り」は難しい場合があります。皮膚を引っ張る方法では演技がしずらくなったり、引っ張ったことでの不自然な皮膚の張りが発生した際には対処が必要になります。
フェイシャルVFXでの「若返り・老化」は、撮影当日の負担が少ないことも利点で、今回の「イチロー未来会議」では、8時間ほどで撮影を終えることができました。

撮影風景

Digicの「撮影前・撮影本番」の取り組み

木下氏:

この企画の相談を頂いたときに、VFXの作業期間が短いことも聞いていました。1ヶ月以内に約500ショットのVFX作業を完了させることも念頭におきながらフェイシャルVFXの計画を立てていきました。
私たちがご相談を頂いてから最初に取り組むことは、「若い頃の顔」の資料となる映像や画像を集めることです。これはVFXアーティストにとっての資料にもなり、この後お話するDeep Learningの学習データとしても活用することになります。この資料集め自体にも、私たちはノウハウをもっているため、お客様が資料を用意される場合でも独自で収集をおこなっています。
若返りの目標は「過去資料」という画として共有できるものがありますが、老化の場合は監督が求める老化を撮影前にビジュアル化する必要があります。老化といっても健康的/不健康、幸せそう/不幸そう、太る/痩せさせるなど様々な方向性があります。
今回の企画では「イチローさんは年をとってもカッコいい存在であり続けるだろうし、健康的でかっこいいイチローさんのまま歳を取っていてほしい」というリクエストを頂いていたので、迷わずに今回の顔を作ることができました。
撮影前に、監督と関係者の皆さんに、イチローさんの「過去・現在・未来」の3つの顔を比較して検討できるように資料を作成しました。そちらでOKを頂いた後は、撮影までに準備すべきことまとめ、お伝えしました。
全てをVFX作業で行うよりも、撮影時に取り組んだほうが仕上がりも良くなり全体の費用も抑えられるポイントがあります。代表的なのが「頭髪・眉毛・唇」です。どれも撮影時の準備に時間のかかるものではありませんが、お客様に大きなメリットが生まれるので毎回お薦めしています。
今回は行いませんでしたが、極端な若返り(例:70歳台を40歳台にする)が必要な企画では、撮影前の「テスト撮影+シミュレーション作業」を強くお薦めしています。このようなケースでは、昔と比べて顔が大きく変化している場合があり、今回の「イチロー未来会議」で採用した方法とは別の方法を選ぶことになります。
今回、ムービーだけでなく、静止画ビジュアルも制作することになっていたので、高精細な写真にも耐えられる完成度も同時に求められました。Digicは元々コマーシャルフォトのレタッチから事業をスタートしているので、写真クオリティに対しては問題なく対応することができます。

木下氏:

私たちが撮影当日に行うことは、ほとんどありません。本番で演じられた「動き・姿勢」に意識を集中させて、もし問題がある場合は監督に伝えることに専念しています。老人の動きを若者の動きにかえる事は、私たちの技術では出来ないためです。

クオリティアップと時間短縮のためにDeep Learningを活用

木下氏:

私たちのフェイシャルVFX作業の中で、もっとも時間がかかるのは「アーティスト間での"目標の顔"のすり合わせ」と「繊細な演技をできるだけ損なわず若返らせる/老化させる」工程です。
若返り案件では、「◯◯さんの若い頃の平均的な顔」と、多くの観客が思い描きそうな「◯◯さんらしさ」をDeep Learningに映像生成させています。これが出来なかった頃は、共同作業するアーティスト達が資料を見ながら、言葉とスケッチで意見をすり合わせていく必要があり、この工程に時間がかかっていました。
過去の映像や画像を丁寧に分析すると分かるのですが、短い期間で人の顔は変化しています。みんなが過去の映像や画像を見ないで、頭の中で思い浮かべる◯◯さん"らしさ"や"平均的な顔"を言葉だけで言い合っても、目標設定は難しいものです。
老化案件では、御本人の表情筋の使い方を踏まえて、老化によって深くなったシワや新たに生まれたシワがどのように動くのかを、Deep Learningにシュミレーションさせています。

Deep Learningによる学習の初期はノイズばかりで、顔らしいものは生成されない
多数の高齢者の顔と、イチローさんの顔の学習が進むと、徐々に老化した顔が生成されていく
こちらがDeep Learningによって生成された映像の一部。様々な老化のパターンが生成された後に、VFXアーティストの資料となる

木下氏:

Deep Learningで生成される映像は、4K映像作品にそのまま使用できるような画質ではないため、フェイシャルVFXアーティストによる顔の造形制作と皮膚制作、そして仕上げのブラッシュアップ作業は欠かせません。
私たちのDeep Learningの生成技術はまだまだ改良の余地があります。現在の欠点として、企画や物語を理解していないため、求めていたものとは微妙に違う表情や演技が生成されることがあります。私たちは、Deep Learningが生成した映像を「答え」だとは思っていません。AIも間違えることがあるからです。少しおバカなところはあるけど、人間離れしたことをやってのける後輩ぐらいの存在としてアーティストは可愛がっています。
今年になって、最適な学習データを効率的に用意するノウハウも揃いました。さらに現在では、AIモデルを刷新したことで、「仕上がりが変わったね」「完成度が高くなったね」と言われるようになりました。
Digicは、俳優・タレントの安全を最優先にしています。この映像生成技術は、セキュリティ面を最重要視していて、インターネットや外部のネットワークに接続しない(物理的に切り離した)仕組みを採用しています。これによって、俳優・タレントの大切な顔や機密情報が、意図せず流出することはなくなります。

今後の計画と、映画向け肌調整サービス

木下氏:

今の私たちの映像生成の技術は、社内のVFXアーティスト用として使っていますが、将来的にはお客様側が顔を選ぶ際のツールとして使いやすさを重視したものにしていきたいと考えています。
私たちは、AIの今後の進化に期待しているのと同時に、VFXアーティストの重要性はさらに高まると考えています。なので、現在もフェイシャルVFXに興味のあるCGクリエイター、レタッチャー、コンポジターを積極的に採用しています。
今年になって「本人の肌質を残した自然な肌づくり」サービスの提供をスタートしました。映画などの長尺作品では、予算と制作時間の都合上、肌修正はプラグインやフィルター、カラコレに頼ることが多く、自然に仕上がることもあれば、肌理を失った不自然な状態となり、ショット毎のバラツキも発生して困っているというお話を度々聞いていました。
ご本人の健康状態のよい自然な肌を、顔専門のスタッフが作り、それを大量のショットに反映させていくことが可能になりました。普段、長編映画のVFXを手掛けているチームが担当するので、ポストプロダクション工程を取り仕切る方との連携がスムーズに行われます。ぜひ一度体験してみてほしいです。

Digicについて

今年で19年目を迎るDigicは、老舗の自動車CGプロダクションとしても知られている。4年前にフェイシャルVFXの技術開発をスタートし、現在では顔と体の「若返り/老化」だけでなく、ヒゲを剃ることができない俳優のための「ヒゲ消去」や、顔全般にまつわるVFXサービスを展開している(お問合せ:eizo@digic.jp/03-5360-8505)。

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