中判デジタル界のパイオニア
一般ユーザーでも中判デジタルを楽しめる時代。
その中でも、中々接することのない業務用の高級デジタルカメラがある。
中判デジタルのパイオニアであり、今なおその頂(いただき)に君臨しつづけているのがこのフェーズワンだ。
フェーズワンは元々、ハッセルブラッド、マミヤ、コンタックス等の中判フィルムカメラやビューカメラをデジタル化する「デジタルバック」を各社システム向けに提供していた。2007年にはマミヤとデジタル分野での業務提携を発表。同社の645 AFシステムを採用し、時間をかけて自社システムを確立してきた経緯がある。
今回はメーカーから「Phase One XF」ボディに、最新のデジタルバック「IQ4 150MP」をお借りすることができたので、ご紹介していきたい。
民生機と業務機の違い
まず前提として確認しておきたいのが製品コンセプトの違いだ。基本的には、初心者が使用することは想定していない完全な業務機と言えるだろう。フォト・イメージングを追求するカメラマンや写真作家向けの製品だ。
昨今はメーカーの画づくりで比較されることも多いが、フェーズワンではいたってニュートラルな画を記録する。 ※過去には個性的な写りをするデジタルバックも存在した。
カメラ内に用意されたプリセットによってテイストを絞り込むことができるものの、基本的にはCapture Oneによる仕上げを前提にしており、カメラの色や味というよりも、必要とされるあらゆるイメージに対応できる、良質な素材データの取得に特化しているように思う。
今回ご紹介するXFシステムにも、画質や仕事の精度を上げるための機能は数多くあれど、撮影者の失敗をカバーする機能はひとつも見当たらない。
すべては撮影者の意図と技量に任され、カメラは一切の主張をしない。この辺りが一般向けのカメラとはあまりにも方向性が異なっている。
大型645フルフレームセンサー搭載
まず「IQ4 150MP」デジタルバックを見ていこう。最大の特徴はやはりセンサーサイズだろう。
いま流行りの中判デジタルは概ね4433(44×33mm)と呼ばれるサイズだが、現行のフェーズワンIQ4シリーズでは、全機種でさらに大型の645フルフレーム(53.4×40mm)センサーを採用している。
センサーの大きさによって、使用するレンズの焦点距離が変わってくる。標準レンズと言われる50mm相当の画角を得るには、中判4433センサーだと63mm、この645フルフレームだと80mmが必要になる。
一般的な35mmフルサイズの視点でいうと「中望遠レンズの写りなのに標準画角」という感覚だ。優劣ではなく、物理的に違った写りになる。
特に中判フィルム機をお使いだった方には、80mmを標準レンズとして使えるのは実に快適でしっくりくると思う。55mmのレンズがちゃんと広角レンズとして使えるのである。
1億5100万画素、16bit記録
IQ4のラインナップを見ると、下位モデル『IQ4 100MP Trichromatic』で1億画素、今回お借りした『IQ4 150MP』では裏面照射型の1億5100万画素センサー。そのモノクロ専用モデル『IQ4 150MP Achromatic』が存在する。
1億5100万画素機には、画素数を1/4の3770万画素で記録できる「Senser+」機能もあり実用的だ。
また、一般的な35mmフルサイズ機では14bit記録になるが、本機も含めほとんどのデジタルバックで16bit記録が可能だ。たった2bitの違いでも、1画素あたりの情報量は4倍にもなる。これがRAW現像時に滑らかで美しいトーンもたらしてくれるのだ。
記録メディアについては、XQD/CFexpress Type Bと、SDカードのデュアルスロットを採用(発売時はCFexpressに対応していなかったが、2021年のアップデートで対応)。SDカードだけで使用することもできるし、RAWデータをCFexpressに記録し、SDカードにセレクト用JPEGを記録してそのままクライアントに渡すということも可能だ。
パソコンとのテザー撮影はWi-FiかUSB-C、もしくはEthernetで行うことになる。Ethernetの場合はルーターに接続する必要があるが、PoE(Power over Ethernet)に対応しておりデジタルバックに給電されることで電池交換が不要となる。
また、将来的な拡張性を踏まえてIQ4からはOSにLinuxを採用。電源を入れるとOSが立ち上がり、その後バック内でCapture Oneが起動することになる。
従来のフェーズワン・ユーザーの方にとっては、PシリーズからIQ3までの伝統的なホーム画面が廃止され、操作系が変わっていることにはじめは戸惑うかもしれない。
ちなみにこのIQ4デジタルバック、同社のXTシステムやビューカメラでの使用も想定されている点を付け加えておきたい。
XFカメラボディ
「Phase One XF」は2015年に発売され、機能アップデートにより進化を続ける一眼レフカメラだ。ソリッドなアルミボディには高級感があり、ひんやりと冷たく、ずっしりと重い。
フェーズワンは他メーカーとは違い、カメラボディはそのままで、センサー部分(デジタルバック)を自由に選択し組み合わせることができる。筆者は旧型の「Phase One 645 DF+」カメラボディを使用しており、これまでに何度かXFに触れる機会はあったものの、今回XFボディのテストができるのを楽しみにしていた。
※XFボディにはIQシリーズのすべてと、Leaf Credoシリーズが選択可能。それより古いデジタルバックは動作しない。
多機能なデジタル時代の中判一眼レフ
基本操作として、絞り、SS、ISOとを3つの物理ダイヤルでダイレクトに変更できる。わざわざISOボタンを押す行程が不要で、デジタルバック側でISO感度を変更する必要もない。カスタムできる物理ボタン(ユーザーボタン)も複数配置されており、写真を撮る道具として痒いところに手が届く設計だ。
この肩口のタッチスクリーンと2つのキーがポイントとなる。
ミラーレス全盛のいま、一眼レフカメラでありながら電子機器としてのハイテクっぷりに驚かされた。
大型センサーで問題になるAF関連の細かい設定をはじめ、水準器やタイムラプス、カメラの振動を感知し自動でシャッターが切れる機能、被写界深度の浅さを補うフォーカススタック(いわゆる深度合成)機能があり、こちらは対応レンズを使用することで、手前と奥のピント位置を指定すると現在の絞りで何枚必要かを判断して自動で撮影してくれる。
Profoto社製ストロボのトリガーを内蔵、出力をも調整できる点は、broncolorユーザーの筆者として羨ましく思う。トランスミッターからカメラのシャッターを切ることもできるらしい。
他にも実用的な機能があり、多機能さゆえにはじめは混乱したが、タッチスクリーンをスワイプすることで簡単に上記の機能にアクセスできた。
選べるシャッター方式
フェーズワンのシステムでは、XF以前からカメラ側のフォーカルプレン・シャッター(FP)と、レンズ内のリーフ・シャッター(LS)の両方を使い分けることができるようになっている。※シャッター搭載レンズのみ。
FPでは1/4000まで対応。シャッターを押してからのタイムラグが少なく、LSではストロボ1/1600までの高速シンクロが可能。それぞれにメリットがある。
今回ご紹介するIQ4からは、この2つに加えてデジタルバック側の機能として、物理的にシャッターを動かさない「電子シャッター」が使用できるようになった。これによって「IQ4 150MP」では、輝度差の大きな場面で活躍する『Dual Exposure+』機能(シャッターを切った直後に電子シャッターで露出違いを撮影し合成された1枚のRAWデータを記録する)も追加されている。
ウエストレベルファインダー
XFボディではオプションでウエストレベルファインダーが用意されており、ワンタッチで簡単に交換できる。ウエストレベルでの撮影を望む方には、軽量化の恩恵もあり重宝すると思う。
実際に使用してみると、これまでに見たどのウエストレベルファインダーよりもクリアに見えた。デジタル時代の精度で組まれたファインダーは実に鮮明で、内蔵のルーペを使うことで十分に実用的なピント合わせができる。
AFユニットはボディに内蔵されているため、ウエストレベルで使用する際にAFが使えるのも大きな特徴だ。
また、向かってレンズ左下にある第2シャッターボタンを有効にすると、フィルムカメラを使うように左手で無理なくシャッターを切ることができた。肩口のスクリーンにピントのMFインジケータを表示させることも可能で、メーカーが本気でこのスタイルを想定しているのが伝わってくる。
旧型ボディとの比較
せっかくなので手持ちの645DF+ボディと比較してみた。
流線形のグラマラスなデザインから、XFでは直線的なデザインに変更されている。古いマミヤユーザーであれば、かつての「Mamiya 645 Super」を連想することだろう。
グリップが大型化し、高さや形状が大きく変わっているのがわかる。手の大きな筆者でもそっと添えるだけでフィットしてくれる。バッテリーはデジタルバックと同じものが採用されており、使い回しが効くのも効率的だ。
体感できる程度に重量も増しているが、スタジオや室内での撮影であれば、特に重さを感じることもなかった。
フェーズワン独自のHAP-2(ハニービー・オートフォーカス・プラットフォーム)だが、確実にAF精度が上がっていると感じた。AF補助光が以前よりも有効に働くようになり、悪条件下でもしっかりと合う。またDF+とはAF時の挙動がそもそも異なり、すべてにおいてスピードアップしたとは感じなかったが、筆者の場合は『AF priority』を『Release』に設定することでストレスなく人物撮影できるようになった。
XFの大きな特徴として、レンズごとに細かくAF調整ができるので追い込んでおくのが良いと思う。
スタジオでのテスト撮影
デモ機をお借りしている期間内に、一緒にお借りした「Schneider Kreuznach 150mm LS F2.8 Blue Ring」を使って簡易的な作品撮りをしてきた。150mmは135判換算で97mm相当の画角で、110mm(換算71mm)と並んで人物撮影では使い勝手の良い中望遠レンズとなる。
見ての通り、このレンズはとにかく巨大だ(価格は110万円を超える)。
使い勝手は他のレンズと遜色なく、あっけないほど普通によく写る。以前所有していた150mm F3.5 LSと比べると別物の写りであり、最短撮影距離が短いのも使いやすい。
135判のフルサイズ機では絞り込むと平面的に描写になりがちだが、645フルフレーム機では、ある程度絞り込んだときにこそ立体感が際立つ。ここでは少し絞りを開けてF7.1で撮影。
実に癖のない素直なデータで、過剰なほどの解像感が得られる。あくまで素材なので、本来の撮影のイメージに合わせて微調整をした状態でテザー撮影を行う。
筆者は普段、旧型のフェーズワン機(こちらも645フルフレーム)を愛用しているのだが、IQ4をいつものパソコンにUSBケーブルで繋ぐと、Capture Oneが自動で認識、いつもと同じように撮影ができた。
いつも通り過ぎて特に感想が出てこない、というのが正直なところで、有線のワークフローとしてはほぼ完成されていると思う。仕事の道具として、変わらない使いやすさは正義だ。
撮影サンプル
レンズは2020年に刷新された最新型の80mm F2.8 LS Mark II。
よく見ると岸壁に鳥(ウミウ)がたくさんいたのに気づいて撮影した。2枚目はそのモニュメント。
両方ともF8での撮影だが、近距離でボケてしまうのは当然として、遠景でも全域にはピントが来ていないことから、被写界深度の浅さがうかがい知れる。
1億5100万画素もの高画素とあって、小さくリサイズすると逆に甘めに見えてしまう部分はあり、ピントのシビアさと解像力の高さが伝わりにくいのが残念である。
フェーズワンを片手に近所をスナップ撮影する人は少ないだろうが、いつもの感じで撮り歩いてみた。レンズは私物のLSレンズ(55mm、110mm)を使用。>スタジオでの撮影では気にならなかったが、中判を持ち出すことに慣れている自分でもXFのセットは少し重く感じた。
ちなみに、スナップ時にはサンスナイパーという三脚穴に取付けるタイプの速写ストラップを使用しているため、首や肩が痛くなることもなくスムーズに撮影できている。
メーカーに確認したところ、PhaseOne銘のAFレンズ(LSレンズに限らずすべて)と、マミヤブランドのLSレンズに関しては、現在でも修理受付を行っているとのことだ(修理は代理店を通して依頼するカタチとなる)。
まとめ
システムとしての大きさや重量、バッテリー消費量などとトレードオフで、ひたすら『画質』を追求する姿勢にはフェーズワンの思想がハッキリと出ていると思う。
残念な点もある。IQ4の登場からずっと言われていることだが、デジタルバックの起動に15~20秒ほど時間がかかるのは大きな弱点だと思う。待機状態でもバッテリーの消耗があり、熱も帯びてくることから電源をこまめに切りたくなってしまうのだ。単純に仕事の道具として割り切れば問題にならないことも多いのだけれど、写真機として、撮りたい瞬間にシャッターが切れないかもしれないのはちょっと悲しい。
将来的にソフトウェアで起動時間を短縮できるのか、できないのか。この起動時間を待てない人は、IQ3までの機種を選ぶのが賢明かもしれない。
また、仕事の撮影であっても1億5100万画素は持て余すという人がほとんどだと思う。『Senser+』機能を使うことでセンサーサイズを活かしたまま3770万画素のRAWで撮影できるのは大きなメリットだが、14bitでの記録に制限されてしまうので、ここは是非16bitにも対応してほしかった。
こんな方にオススメ
広告やアーカイヴ系の仕事でなるべく大きな画素数や情報量が必要な人は当然として、ひたすら画質最優先の人、色にこだわる人、具体的に撮りたいイメージがありカメラに主張して欲しくない人、今使っているカメラのポテンシャルに根本的な不満がある人にもマッチするのがフェーズワンのシステムだ。
もちろん写真において、フォーマット(センサーサイズ)はただ大きければ良いというものではないし、同じ中判デジタルでも、センサーが大きくなればなるほど撮影の難易度が上がり、レンズに対する要求がシビアになってしまうという側面もある。当然だが大型センサーは万能ではない。
しかし、そのポテンシャルは桁違いだ。派手さはないものの複雑な色も難なく表現してくれるし、レタッチ耐性も抜群である。中判でしか撮れない写真など存在しないと思っているが、大型センサーだからこそ宿るもの、表現できるものは確実にある。
2023年3月現在、現行品で645フルフレーム機を生産しているのはフェーズワン社だけである。
人生は一度きり。この深淵を覗いてみるのも一興かもしれない。