クラシックカメラの現代活用
今回取り上げるのは、6×9判マミヤプレスシリーズの最終モデルとなるMamiya Universal Press(1969年発売)。中判デジタルばかりを扱うこの連載では初めての「クラシックカメラ」となる。
マミヤプレスはその名の通り報道用のプレスカメラで、手持ち撮影可能な4×5カメラを小さくしたような、速写性を持った中判レンジファインダー機である。アオリが可能な機種もあり(本機では未対応)レンズも超広角50mmから250mmまで多くのラインナップを有する。
連載第19回で取り上げたマミヤRZ67が、デジタル黎明期に業務で活躍した機種であるのに対し、マミヤプレスは世代的にずっと古い、とうに前線での役目を終えた機種だと言えるだろう。
では何故、マミヤプレスにデジタルバックを装着しようとするのか。それはもちろん、距離計連動のレンジファインダー機だからである。
レンジファインダーの魅力
筆者はレンジファインダーのカメラが好きだ。もちろん業務では確実な道具を選ぶが、そこから離れて「写真」を楽しむことができるのが、筆者にとってのレンジファインダー機である。
一眼レフのようにレンズのボケやフレーミングに囚われることなく、画面(えづら)よりも「その瞬間」が写り込むような感覚。仕事で写真を撮っていると、無意識にファインダー上で画をつくってしまいがちなところ、コントロールできる要素を減らすことで得られるルーズさに、ごまかしの効かない面白さと自由を感じるのである。
構造的な利点として、ミラーボックスがないお陰でレンズ設計の自由度が高く、広角~標準域のレンズ描写が良いことが挙げられる。特に広角域ではコンパクトで歪曲が少ないレンズを造ることができる。
マイノリティーなのは承知しているが、形だけを真似たものではなく、二重像を合わせてシャッターを切る、本物のレンジファインダー機が好きなのだ。
中判レンジファインダー・デジタルへの道
中判フィルムのレンジファインダー式カメラは数多く存在するが、デジタル機は一度も発売されていない。選択肢があるとすれば、Graflex等の距離計連動4×5判カメラや、中判のプレスカメラにデジタルバックを装着する方法。そして海外のショップが販売していた、デジタルバック用に改造されたNew Mamiya 6くらいだろう。
改造を必要とせず、最も手軽にフィルム・デジタルを使い分けできるのが、今回ご紹介するマミヤ・ユニバーサルプレスである。
入手が容易な上、レンズシャッターを搭載しているため、レンズとデジタルバックを繋ぐだけで、簡単に撮影できてしまうのだ(必要なアダプターは記事の後半で解説する)。
6×9判のフィルムカメラに、半分の645判デジタルバック(Phase One IQ260)を装着。本来の画角からはほど遠く物足りなさを感じる人もいるだろうが、レンズマウント側からセンサーを覗いてみると十分過ぎるほどに大きく見える。
マミヤプレスはかなり重量があるように見えてしまうが、グリップを付けたこのセットで2.8kg。普段使っている645DF+と80mmの軽量セットで2.5kgあることを考えると、実際にはそれほどの違いはない。
モノクロで楽しむ。
すっかり秋めいた11月上旬。私物のPhase One IQ260を装着したマミヤプレス(Mamiya Universal)を持って福島県の五色沼を訪れた。
フェーズワンのIQシリーズは、ワンタッチでプレビューをモノクロ表示に切り替えることができる。濃淡のバランスを見ることで、色に引っ張られずに写真を確認できる機能だが(これはかなり有効で、昔のビデオカメラのビューファーはモノクロだった)マミヤレンズの軟調さもあいまって溢れるようなトーンが美しい。
その昔モノクロフィルムを詰めて毎日持ち歩いていたのを思い出し、今回はすべてモノクロで撮影することにした。
IQ260は普段から使っているデジタルバックなので、普通にカラーで撮っても新鮮味がないという気持ちもあった。
もちろんRAWしか撮れない業務機のため、実際に記録されるのは16bitカラーのデータなのだが、RGBそれぞれのチャンネルを調整できるという意味で、モノクロで仕上げる際もコントロールできる幅が広く使いやすい。
MAMIYA-SEKOR P 75mm F5.6
使用したレンズはSEKOR-P 75mm F5.6 のみ。ポラロイド100に対応した巨大なイメージサークルを持つPレンズだ。6×9判では広角レンズだが、645判では実に使いやすい標準画角となる。
ファインダー上のブライトフレーム(100mm枠を使用)はあまりアテにならず、思っていたより広い範囲が写ったりするのだが(これはフィルムでも同様だろう)75mmという筆者好みな画角にも助けられ、それほどストレスなく撮影を楽しむことができた。
開放がF5.6ということで少し暗くも感じるが、4×5をカバーしてしまうほどのイメージサークルを持った「大判レンズ」と考えると納得できる。レンジファインダーなのでレンズのF値はファインダー像には影響しない。また645フルフレームセンサーではF5.6でも結構ボケてしまう現実もある。マミヤプレスには開放F2.8の100mmレンズも存在するので、そちらの選択肢も魅力的だ。
基本的にマミヤレンズは逆光に弱めで、ましてや50年以上前のレンズということもあり、さらにコントラストが落ち盛大にハレやゴーストが出ることがあった(カラー画質に関しては後述)。
作例はRAW現像時に微調整を施しているものの、6000万画素の等倍で見ても、なかなかシャープで味わい深い写りなのが面白い。まさに中判のオールドレンズ遊びである。
デジタルの135判フルサイズ機が645フィルムのような精密な写りをするのと同じように、645のデジタルは6×7フィルムのように感じることがよくある。現代のレンズよりもコントラストが低いせいか、粒子が存在しないフィルム写真のようだ。
軽快な使用感
距離計連動の大きなファインダーは実に気持ちが良い。レンジファインダー・ユニットが物理的に大きいため、他と比較にならないほど見やすく感じる。
ただし、現存するマミヤプレスにはファインダーにカビや汚れ、クモリが発生しているものが多いため、快適に使いたい場合はなるべくファインダーが綺麗なものを入手することをお勧めしたい。
撮影していて最も違いを感じるのは、シャッター音が小さいこと。とにかく静かだ。中判一眼レフでシャッターを切ると近くにいる人は大抵振り向くものだが、マミヤプレスのレンズシャッターでは誰も振り向いたりしない。
カメラが大きく無駄に目立ってしまうのが難点だが、使用感は実にシンプルで軽快だ。歩きながら露出を決め、二重像でピントを合わせ静かにシャッターを切る。シャッターチャージからのレリーズ、というリズムが実に心地よい。
純正グリップには専用レリーズを装着できるが、それも試した上で、直接レンズのシャッターレバーを右手親指で降ろす方法をとった。その方がチャージからの流れもスムーズでブレにくいと思う。
五色沼のすぐ近くにある諸橋近代美術館で、サルバドール・ダリの作品を堪能したのち、目的地だった会津若松の飯盛山へと向かう。
筆者は幕末の歴史に疎く、日本最大の内戦といわれる戊辰戦争に関心を持たずに生きてきてしまったのだが、九州から上京して多くの「歴史上の地名」に出くわす中で、新撰組も活躍した舞台、東北に興味を持つようになってきた(言ってみれば"幕末ぼんやり層"である)。
会津戦争の折、16~17歳の少年兵「白虎隊」は、この場所から鶴ヶ城に立ち昇る黒煙を見て自刃を遂げた。白虎隊十九士の墓もこの飯盛山にある。
このとき肉眼ではよく見えなかったが、写真をピクセル等倍で見るとはっきりと鶴ヶ城が写っていた。フェーズワンのダルサ製CCDセンサーの良さもあるが、マミヤレンズを侮ることなかれ、と言ったところだろうか。
こちらは同じく飯盛山にある会津さざえ堂。寛政8年(1796年)に建立された六角形のお堂で、二重の螺旋通路は登る人と降りる人がすれ違うことのない特殊な造りとなっている。
この異質な外観も、内部構造も非常に面白いので、興味のある方は訪れてみてほしい(有料で中の見学も可能)。建設当時はこの中で三十三観音参りの巡礼が完了するコンセプトだったようだ。
こちらは白虎隊記念館そばにいたネコ(ミーちゃん)。館内に入り込み人々を和ませていた。実は飯盛山に訪れるのは昨年以来2度目なのだが、前回は夕方の遅い時間に到着してしまい、営業時間内に記念館に入れず悔しい思いをしたのだった。
カラー撮影の注意点
モノクロのプレビューだけを見て撮り進めたが、実際のデータには16bitの豊富な色情報が含まれている。この状態でチェックすると、逆光時に紫色に変色した写真が見られる。
設計がフィルム前提ため、光の入射角がキツくなってしまうのかとも考えたが、現象としてはCCD特有のスミアのようにも見える。マミヤRZ67 でも同様の現象が起きたが、今回は発生頻度が高いように感じた。
これはこれで面白い写りではあるが、今回の疑似モノクロ運用は正解だったのかもしれない。
3Dプリンター製アダプター
このようにコスパよく楽しめるマミヤプレスのデジタル化には、デジタルバックを装着するためのアダプターが不可欠となっている。
マミヤRZ67の記事でメッセージのやりとりをした縁もあり「LensMod」という米国のサプライヤーが製作している新型アダプター(3Dプリンター製:$229.00)を購入してみることにした。
まず、マミヤプレスの最終型「Mamiya Universal」にのみ対応している点に注意が必要だ。また、マミヤが製造していた「Polaroid 600SE」も見た目はそっくりだがフランジバックが異なるため使用できない。
M645マウント用の他、ハッセルブラッドV、Hマウント用もラインナップされている。残念ながら到着した製品にはいくつかの問題があり、ヤスリと耐水ペーパーで削ってなんとか使用できるようにした。
その旨を製作者にフィードバックし、半ば開発テストに協力する形でやり取りをする中で、ものすごい速さで細かい仕様変更を繰り返し、フランジバックの微調整が可能なアダプターへと進化した。消費者目線では最初から完成された状態で販売してほしいところだが、製作者Paul氏の、製品の完成度を上げようとするその姿勢は好きだ。
3Dプリンターの精度にはわずかな誤差が生じるため、完璧な製品を求める方には向かないが、ある程度自分で対処できる方にはお勧めできる。もし数がまとまるようであれば、筆者が間に入り動作確認後に発送ということも考えてはいるのだが、手間もかかることだし、マミヤRZやRB用も含めて、もし要望があれば検討したい。
こんな人にオススメ
この連載の読者には、手持ちのデジタルバックを有効活用して、いろいろなカメラで使ってみたいという方も多いだろう。趣味で使うのなら、1つのカメラでしか使わないのはもったいない。
マミヤ・ユニバーサルプレスは、現状レンズ付で2~5万円程度で手に入る。経年で状態が悪いものも多いとはいえ、こうも手軽に楽しめるシステムが他にあるだろうか。
豊富なトーンが魅力の中判レンジファインダー機は、その大きさを受け入れる気概さえあれば、とても楽しい選択肢になると思う。サクサク撮れるそのフィーリングに筆者も病みつきになりそうだ。
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ここからは与太話として聞き流してもらいたいのだが、どうして中判デジタルのレンジファインダー機は発売されないのだろう。昔のように中判は業務用という時代でもなくなってきているのだ。大衆受けしないとはいえ、M型ライカの変わらぬ人気を見れば、中判でも固い需要があるはず。複雑なAFアルゴリズムを一切必要としないのだから、中判センサーを搭載したレンジファインダー機を比較的容易に実現できるはずだ。
フェーズワンはあまり趣味層を想定していないし、ハッセルブラッドも今の方向性を見るにまず出すことはないだろう。富士フイルムは中判レンジファインダーでの実績があるものの、発売するカメラがすべて品薄状態になるほど売れているため、超ニッチ分野には手を出さないように思う(GFX 50Rの時点で答えは出ている)。
このミラーレス時代、中判カテゴリーでも「誰でも簡単に、それっぽく撮れる」ことが求められるのだ。
だが独自の道を貫くメーカーが残っている。新たに中判ミラーレスを開発中とされるライカである。Sシステムの45×30mmセンサーを使いレンジファインダーで出すことに何の違和感もないし、多くのM型ライカユーザーに歓迎されるはずだ。他者と競争するよりも独自のカテゴリーで勝負するシステムがあっても良いではないか。
などど勝手な妄想をしてしまうが、もし発売されても高価すぎて買えないのではと、どうしようもない戯言で今回の記事を締めくくりたい。