世界初の一体型中判デジタル
2005年といえばキヤノンからEOS 5Dが登場し、135判フルサイズ機が一般層にも浸透しはじめた転換期。その年の12月にフルサイズ機の2倍の面積をもつ中判カメラ「Mamiya ZD」が発売された。
それ以前から中判のデジタルバックが存在していたが、業務用でありバックだけで200~400万円する非常に高価なものばかり。そんな中、マミヤZDはカメラ一体型で120万円台という、当時としては異例の価格を実現した世界初の「中判デジタル一眼レフカメラ」である。
カメラ一体型ということで、一般のカメラ愛好家の中でも人気があり、現在では正常動作する個体が少ないこともあってか、一部で幻想が一人歩きしているようにも思う。
今回はそんな歴史的なカメラを1ヶ月ほどお借りすることができたので、作例を交えてお伝えしていきたい。
作例
19年前の中判カメラを手に横浜へ。以前から気になっていた根岸森林公園内にある「旧根岸競馬場一等馬見所」を見るためである。10月に入ったというのに、夏日といえるほど天候に恵まれた。
3つの塔が連なり、圧倒的な存在感を放つ建築物。
根岸競馬場は1866年から第二次世界大戦前まで使われていた日本で最も古い競馬場のひとつで、現存する「一等馬見所」は1930年に建てられたもの。今でいうメインスタンドの外側部分である。
設計は、丸の内ビル建設のため来日し横浜に根付いたニューヨーク生まれの建築家J.H.モーガン氏(横浜の各所で彼の建築物を見ることができる)。
周辺はモーガン広場として綺麗に整備され、バスケットに興じる子どもたちや、遊具で遊ぶ幼児ら、ベンチで読書を楽しむ人など憩いの場として機能していた。ちなみに、建物のすぐ裏側(観客席側)は米軍の居住地区となっており見ることができない。
事前にこの連載の趣旨を説明し、撮影が可能かを問い合わせたところ、モデルを使った撮影は許可が必要になるが、風景のみであれば自由に撮って使って大丈夫だと、横浜市みどり環境局さんから返答をいただいた。
48×36mm 22MP ダルサCCD
マミヤZDは48×36mm、2200画素(有効2130万画素)のイメージセンサーを搭載。中判デジタルバックでは実績のあるダルサ製のCCDを採用している。当時の中判センサーは44×33センサー(小)と48×36mmセンサー(大)とで差別化が行われており、マミヤは大型のセンサーを選択したわけだ。
48×36センサーは135判フルサイズセンサーを2枚並べた大きさで、現在主流の中判ミラーレスよりも大きく、一体型のカメラとしては最大という部分にロマンがある。
同じ年に発売されたデジタルバックに、Leaf社の Aptus22(定価399万円)がある。ダルサ製2200万画素センサーを採用しており、センサー自体はマミヤZDと同じものだと考えるのが自然だろう。
Leaf Aptus22はこの連載の第5回で特集しているが、今回のマミヤZDとは大きな違いがある。Aptusが他のデジタルバック同様16bit記録を基本としているのに対し、マミヤZDは12bit記録(14bit読み出しの12bit記録)という点である。現在多くのミラーレスカメラが14bit記録のため、それよりも色情報が少ないということになってしまう。販売価格を下げるためにA/D変換回路まわりでコストダウンを図ったと思われる。
また、業務用の中判デジタルバックは現像処理を前提としており、RAW記録しかできないのが常識なのだが、マミヤZDではJPEG記録が可能だ。このカメラのターゲット層がデジタルバックとは別の方向を向いていたのが分かる。色深度12bitという制限の中で、撮って出しでも使える画質を追求していたのだ。
※作例はすべてRAW現像したもの。
ローパスフィルター
この時代のデジタルバックを使った人なら分かると思うが、シャープに解像しすぎて強烈な「モアレ」が発生することがある。アパレル系や着物、ドレスの撮影では致命的にもなり得る、中判デジタルの大きな欠点でもあった。
その点、営業写真館等をターゲットにしたマミヤZDでは対策がなされ、オプションで「ローパスフィルター(約20万円)」を用意し、標準装備の「IRカットフィルター」から自身で交換できる仕組みを取っている。ローパスフィルターの装着でダルサCCD特有の解像感は損なわれてしまうが、モアレは抑えられるという訳である(現在では現像ソフトの進化もあり、以前よりモアレ制御が容易になっている)。
筆者がマミヤZDを使うのはこれが2台目になるのだが、今回お借りした個体にはローパスフィルターが装着されており、以前使った個体と比べると幾分甘い写りとなっている。旧タイプのAFレンズでは描写が崩れてしまいがちなため、デジタル対応のDレンズを主に使用した。
ちなみに、後年に発売されたリーフシャッター搭載のシュナイダーLSレンズ群は、マミヤZDでは動作しない。リーフシャッターが使えないだけでなく、レンズ自体を認識しないので注意してほしい。
使用感
マミヤZDを「大きく重い」と感じる人もいると思うが、それは小さなフォーマットと比べてのもの。中判デジタルバックのシステムと比べた場合は、随分とコンパクトで軽量なカメラ(本体1.3kg)と言えるだろう。
持ちやすさという点では、本体の太さに対してグリップが浅いため、いつも滑り落ちそうな感覚がある(指かかり自体は良好)。1kgほど重いはずのマミヤ645DF+とデジタルバックの方が、手への負担が少ないように感じていたが、筆者の場合はハンドグリップを着用することで一気に快適に使えるようになった。
AFは遅いながらも実用上問題ないスピードで動いてくれた。しかし、他のマミヤ機と同じように後ピン傾向があるようである。
軽さゆえか、重量バランスの問題なのか、ファインダーをのぞいていてカメラがやたら揺れているのが分かる。実写を見ても、普段使っている645DF+よりも明らかに手ブレしやすい。とはいえ他社の中判機のような強烈なミラーショックに起因するものではなく、あくまで手ブレ。慣れてしまえば1/100辺りは安心して常用できると感じた。
欠点としては、とにかく撮影後のプレビューが遅いこと。あまりの遅さがこのカメラの軽快さを損なっている。時代背景を考えると仕方のない部分ではあるが、最初の1枚を撮って背面液晶に表示されるまで3~4秒。2枚目以降では待たされるようになり、実用上10秒ほどかかるのがザラだ。撮った写真をチェックしようと再生(DISPLAY)ボタンを押しても、1枚送るごとに5秒ほどかかるため、確認を諦めてしまう。
多くの中判ユーザー同様、マニュアルで露出を決定する筆者にとって、1枚撮ったら確認して微調整、といういつもの流れが通用しないのはかなりつらい(もちろん業務用デジタルバックでは問題なく撮影できる)。自然光のもと仕事のテンポで人物撮影を行うのは苦行に近いが、このレスポンスを受け入れた上で、風景やスナップ撮影を楽しむのは、旧車を愛でるような大人の楽しみと言えるのかもしれない。
記録メディアは、CFカードとSDカード。CFカードは16GBで動作を確認。SDHCには非対応なのでSDカードは2GBまでのものを使用する必要がある。双方ともカードとの相性があるようで、筆者もここで苦しめられた。他はしっかりした造りなのだが、カードスロットのフタだけは価格不相応に安っぽいと思う。
画質について
中判デジタルの世界では、古い機種であってもピークの画質が現行機を上回ることが往々にしてある。もちろん世代が新しくなれば平均点は上がっていくし、トラブルも少ないが、理屈を超えてくることもあるのだ。
同じセンサーを搭載したLeaf Aptus22は、筆者が初めて購入したデジタルバックだったのだが、やはりZDもよく似ている。ローパスフィルターを装着しなければ、同等のシャープな写りを体験できる。
画づくりに関してはマミヤ独自のもので、Leafとはまったく違う。撮ったままの状態では全体的に赤茶系に寄った、渋い発色をするようだ。発売当時はこういった発色をするデジカメが多かったような気もする。
また16bit記録のデジタルバックのように、RAW現像で自由自在にコントロールできる感覚はなく、例えばLeafで感じていたドキッとするような深みのある発色は苦手だ。12bit記録の宿命で、トーンカーブで調整するとすぐに色が抜けてしまい、どういじっても渋い印象が抜けない部分がある。
ちなみに、マミヤZDのRAWデータ(MEF)は、Capture Oneで問題なく現像することができる。JPEGを同時記録したものと比べてもほぼ同じ傾向だったので、メーカーの画づくりがプロファイルに反映されているのだろう。
ミラーレス・ネイティブ世代の方は驚くかもしれないが、中判CCDのポテンシャルを発揮できるのは、最低感度の2倍までというのが通例である。マミヤZDの場合はISO50~ISO100。それを超えると解像感やレタッチ耐性が失われていく。基本的には低感度の画質が売りなのだ。
これはフィルムの代替として考えると自然なことではあるし、最高感度のISO400が使えないわけでは決してない。RAW現像時の耐性は落ちるものの、良い光の下で適切な露出であれば鑑賞に耐えうる。カラーネガをスキャンした時に似ていなくもない描写である。
ハイライト耐性
現代のデジタルカメラはシャドウ耐性が強いため、白飛びしないよう暗めに撮っておく場合が多いと思うが、この時代のダルサCCDでは、むしろハイライト側のダイナミックレンジが優秀だ。
最低感度のISO50であれば現像で暗部を持ち上げても問題ないが、ISO100以上では色も乗らずノイジーになってしまう。フィルムに似た特性で、露光不足の部分はそもそも感光していない = 情報(データ)がない、と考えるとわかりやすいだろうか。
そのため、仕上がりを想定した上で暗部に露出を合わせ、RAW現像で明るい部分を調整する方法が有効である(もちろん輝度差が大きすぎる場合には、臨機応変な露出決定が必要だ)。
まとめ
世界初の「中判デジタル一眼レフカメラ」を、発売から19年後に使ってみた。マミヤが初めて手がけたデジタルカメラでもあるし、レスポンス面で我慢を強いられる面もあったが、Phase OneやLeaf、旧imacon社がしのぎを削っていた中判デジタル業界に、カメラメーカーのマミヤが一石を投じた、歴史的なカメラであることは疑いようがない。
ダルサの大型CCDを採用し、筐体デザインには澄川伸一氏を起用するなど、間違いなく社運をかけたカメラだったのだが、ここからマミヤは大きく変化していく。2006年にマミヤ・オーピーは光学機器部門をコスモ・デジタルイメージングに売却、社名をマミヤ・デジタルイメージングとしてマミヤブランドは引き継がれ、その翌年には業界最大手のフェーズワンとの業務提携を発表。
後年にも「マミヤブランド」の中判デジタルバックが登場しているものの、Phase OneやLeafのOEM製品となっており「Mamiya ZD」と「ZD back」はマミヤが開発した最初で最後の中判デジタルということになる。
筆者が使ったマミヤZDは、1台目はAFが動作せず、今回お借りした個体でも、たまにAFが動かなくなりMFに切り替えることがあった。AFが動作しない不具合は他でも耳にする。
カメラ一体型で使いやすい機種のはずが、それゆえに正常動作する個体が希少となり、当時のデジタルバック達が今でも元気に動いていたりするのは皮肉なものだ。
画質やレスポンスなど実用面で考えると、何倍も高価だった当時のデジタルバックが確実に上回る。しかしマミヤによる世界初のプロダクトは、そういった軸で語られるべきではないだろう。グラマラスで独特なデザインも唯一無二。過去の遺産といえばその通りではあるが、きちんと撮れば現在でも素晴らしい画質で応えてくれる。なんともロマンを感じるカメラである。