スウェーデン製の美しいカメラ
小型で美しいラインに、官能的なシャッターフィール。
ハッセルブラッドの代名詞といえば、カールツァイス製レンズが魅力の6×6フィルムカメラだろう。レンズシャッターを搭載していることから、かつてはスタジオ系プロカメラマンの定番機材でもあった。
今回メーカーからお借りした中判カメラボディは、1970年に発売された『Hasselblad 500C/M』。装着されたデジタルバックは、2020年に発売された『CFV II 50C』である。
ボディの発売から50年の歳月を経て、機械式のカメラと何の違和感もなく調和するプロダクトには心が踊る。
ハッセルブラッドの歴史
ハッセルブラッドは世界で初めて、民間用のレンズ交換式6×6一眼レフを発表したメーカーである。
その前身となるのは1841年創業のスウェーデンの貿易会社で、1888年からコダック製品の輸入総代理店となり、1908年に写真部門が独立。後に『HASSELBLAD』の生みの親となるヴィクター・ハッセルブラッド氏は、各国の軍用カメラやフィルム工場など写真産業に携わり、様々なノウハウを積んで帰国し、1937年に自分の会社『Victor Foto』を立ち上げた。
そして1948年、6×6判一眼レフカメラ「HASSELBLAD」を発表。コダック製の交換レンズが用意されていた。この最初のハッセルブラッドは、野鳥撮影を趣味としていたヴィクターの意向で1/1600までの高速シャッターが切れたことから、後に「HASSELBLAD 1600F」と呼ばれるようになる。
そして1957年、ついに伝説的なV型ハッセルブラッドの初号機、レンズシャッター式『HASSELBLAD 500C』が発売された。
ずっと後に発売された国産6×6一眼レフと比べても、このハッセルブラッドは小型だ。ギリギリまで小さく作られているのは、ヴィクター・ハッセルブラッド氏がスウェーデン人としては手が小さかったためとも言われているそうだ。
このハッセルブラッドが全世界に広がった有名なエピソードがある。
1962年、宇宙飛行士ウォルター・シラーが、HASSELBLAD 500Cを私物として任務で使用したことから、NASAとハッセルブラッドによる宇宙カメラ開発がスタート。知名度を得て「世界のハッセルブラッド」となったのだ。
500C/M
今回デモ機としてお借りしたハッセルブラッドは「500C/M」。1970年から1989年まで販売された超ロングセラー機で、ハッセルブラッドの中でも大人気の定番カメラだ。ファインダー・スクリーンが交換可能になるなどした500Cの改良版であり、工業製品としての完成度が上がっている。
カールツァイスレンズ
ハッセルブラッドVシステムといえば、何と言ってもドイツの光学メーカー、カールツァイス製のレンズ群だ。その中でも標準のプラナーの写りは優秀であると同時に不思議な味わいがある。
今回使用したのは『Planar CF 80mm F2.8』。光学設計が古いとはいえ当時最先端だったプラナーの写りを楽しみたかったのだが、デモ機(正確には展示機だった模様)のレンズの状態が悪く、オールドレンズのような写りをするだろうとメーカーから説明を受けた。
このプラナー80mmは、CFV II 50Cで使用すると135判換算で63mm相当の画角となる。
デジタルバックCFV-II 50C
今回ご紹介するCFV-II 50Cの仕様を確認してみよう。
中判では主流となった44×33mm、5000万画素のCMOSセンサーを搭載。これは他社を含め多くの機種で採用されているものと同じセンサーであるため、内部処理は16bitと表記があるものの、センサー自体は14bitで記録されていると思われる。
当然ながらフィルムで撮影するときのように広い視野は得られないので、ファインダー上にマスクを重ねるか、マスク付のファインダー・スクリーンを使い、写る範囲を確認しながらの撮影となる。
記録メディアはSDカード。ダブルスロットを搭載している。
ひとつ前の機種CFV-50cまではデジタルバックの下にバッテリーを取付ける方式だったが、本機ではバッテリーがボディ内に収まるタイプとなり、デジタルであることを意識せず、かなりスマートに撮影できるようになっているのが魅力的だ。
また、過去に他社から販売されていたデジタルバックでは、シャッターのタイミングを伝えるシンクロコードが必要であったが、本機はそれも不要でコードの接触を気にする必要もないのが嬉しい。
弱点があるとすれば、他社製のデジタルバックのように縦位置で取り付けられないことだろうか。縦位置で撮影したい場合は、プリズムファインダーとグリップを装着して撮るしかない。縦位置で人物を撮ることの多い筆者としては少し残念な部分だ。
907Xという橋渡し。Xシステムとの互換性
本機CFV II 50Cにはもう一つの顔がある。人気の中判ミラーレス機、ハッセルブラッドXシリーズとの互換性である。
ミラーレスということでショートフランジバックを活かした多数の小型レンズが展開されているが、このCFV II 50C専用に開発された薄型ボディ『907X』を使用することで、これらのXレンズがすべて使えてしまうのだ。
同じデジタルバックで2通りの楽しみ方がある。
また、Xシステムとの互換性を保つため、センサーは4433よりも大きくする予定がないとのことで、今回のように6×6のフィルムカメラに装着することだけを考えると残念に思う。センサーは大きければ大きいほど(6×6サイズに近いほど)良いと思う。本来の画角に近い方が楽しめるのは間違いないからだ。
実写テスト
まず前提として、筆者はこれまでにハッセルブラッドを個人所有したことがないため、他の国産6×6、6×7一眼レフを使ってきた者としての感想になることを先にお断りしておきたい。
第一印象としては『楽しい』の一言に尽きる。
コンパクトなので軽快に持ち運べ、何よりシャッターから巻き上げのリズムが気持ち良い(もちろん実際には巻き上げておらずシャッターチャージのみ)。
はじめて中判カメラを手にしたそのときのワクワクを思い出していた。仕事で写真を撮っていると忘れがちになる「撮影体験」としての楽しさである。
ピントに不安があったため、F9-F11辺りまで絞り込み、必要であれば躊躇なく感度を上げ、1/250を死守しながら撮影する。高感度に強いCMOSセンサーだからなせる技だ。
ハッセルブラッド500C/Mは電池を使わない機械式カメラであるため、露出計が内蔵されていない。初心者の方は、単体露出計やケータイの露出計アプリを使用すると良いだろう。
筆者は趣味として写真をはじめた当初、渡部さとる氏の著書『旅するカメラ』を読み「感度分の16」という法則を知ってからはマニュアル露光に対する怖さが消えた。歩きながら光を探し、露出を決めてからファインダーを覗く。
ましてや本機はデジタルカメラである。撮った写真をその場で確認できてしまうので、それを見て微調整をすれば良いと思う。
あまりに気持ちよく撮影できるため、ISO感度を設定したら一切液晶画面を見ず、フィルムカメラのようにどんどん撮り進めていたのだが、いつの間にかデジタルバックの電源が落ちていて写真が撮れていないことが何度かあった。
電源ボタンが右下の角にあるため、身体のどこかに当たって電源が切れてしまったのだと思う。データ転送時の「ピッ」という音を大きくしてしっかり聞く習慣をつけ予防した方が良さそうだ。
細かい部分ではあるが、バッグ収納時にも押されて電源が入ってしまう恐れもあるし、せめてスライドスイッチになっていればと思ってしまった。ここは要注意ポイントである。
ライブビューで人物撮影
都内レンタルスペースにて人物撮影のテストを行った。
室内で猫を撮っている時点で、光学ファインダーとデジタルバックのピントがズレていることに気づいてはいたのだが、ここでハッキリと後ピンだったことが判明。
三脚に据え、開放から2段絞り、しっかりとファインダー上でピントを合わせて撮影するも、撮れた写真は一目見てわかるほど顔がボケていた。もう、現場での回避策はひとつしかない。
- まず背面液晶から『LV』ボタンを押す。
- シャッターをバルブにしてロック。
- ライブビュー画面でピントを合わせる。
- シャッターのロックを解除してライブビューを終了。
- シャッタースピードを再度設定しシャッターを切る。
1カットごとに、これを繰り返すこととなった。
コンパクトな500C/Mボディではあるが、これでは大判ビューカメラを使うのとほとんど変わりがない。
もちろん、デジタルバックに合わせて精確に整備された個体であれば、何の問題もなく軽快に撮影できていたはずだし、もっと状態の良いクリアなレンズであれば、まったく別の写りをしたと推測できる。
このピント問題については、お借りした当初から不安に思い、ハッセルVシステムを使用する何名かの知人に聞いてみたところ、全員がピントの悩みを抱えて、スクリーンの位置を手作業で微調整するなど、何らかの対策を講じていた。
つまり、これからVシステムの中古品を購入しデジタルバックで使用する場合は、同じような状況になる確率が高いということだ。不安な方は、デジタルバックと一緒にメーカーに預けることで調整してくれるそうだ。快適に使うにはかなり細かい調整が前提になると思われる(その点で、907XでXシリーズのAFレンズにも対応しているのは重要かもしれない)。
完成されたHシステム
実は今回、HASSELBLAD H6D-100Cを同時にお借りしていた。
残念ながら2022年に生産中止がアナウンスされ、すでにメーカー在庫もない状態ではあるが、プロ機として評価の高いこのHシステムにも触れておきたい。
ハッセルブラッドHシステムは、富士フイルムと共同開発したレンズシャッター式645AFシステムで、「HASSELBLAD H1」は「FUJIFILM GX645AF」とほぼ同じものである。光学系も優秀で、写りに関しても当初から評価が高い。
その後デジタルのシステムとして着実に進化し、最終型となったこのH6D-100Cは、CFV II 50Cよりも巨大な645フルフレームの1億画素CMOSセンサーを搭載している。
また、Hシステムの場合はデジタルバックの取り外しはできるものの、フェーズワンのように他のカメラボディで使うことはできず、基本的には専用設計の一体型カメラとなっている。別途電源供給することで大判ビューカメラでの使用が可能。他社のデジタルバックを使用する場合はH6Xなどの「X」ボディを使用する必要がある。
今回はCFV II 50Cがメインだったが、Hシステムを使ってみてその完成度に驚いた。
レンズはすっきりと今風で明瞭な写りだ。割と明るい環境でも必要に応じてライン状のAF補助光が発光するため、ほとんどピントを外すことがなく、補助光の明るさも細かく調整できる。
645フルフレームということで4433センサーとは物理的に違う写りをする上で、仕事用カメラとしての成熟度を感じさせるものであった。
メーカーによると、部品がある限りサポートは継続するとのことだが、これだけのシステムが途絶えたことは個人的に残念に思う。
現代での楽しみ方
レンズの味を楽しみ、往年の機械式カメラの感触を楽しむ。CFV II 50Cは言うまでもなく、ハッセルVシステムを使って写真を撮りたい方、この時代のZeissレンズを愛する方に向けた製品である。
しばらくの間使ってみて、頭に浮かぶキーワードは『写真体験』。写真を撮るという行為自体の楽しさだ。名機の使用感を損なわずにデジタルで楽しむことができるのは、間違いなく唯一無二の体験となるはずだ。