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はじめに
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ライカといえば、なんと言ってもM型ライカが有名だろう。
日本にはコアなファンが多く、同時にコレクターも多いことから、ゆっくりとクラシカルな操作を楽しむ懐古主義的なカメラだと思われることもあるが、その実は理にかなった速写性の高いカメラであり、写真機としての実用性が高い。またレンズも優秀で、古いものであっても驚くほど高い水準にある。
個人的な話になるが、筆者は写真を仕事にする前にM型ライカ(ライカM3)と出会い、写真についての価値観を大きく変えられた経験がある。デジタルでもM8.2、M9と購入したし、ライカには少なからず思い入れがある。
今回は2020年に発売された最新のライカS3と、標準レンズの70mmをメーカーからお借りすることができた。中判デジタル機をこよなく愛する筆者でも、ライカSにはこれまで一度も触れる機会がなかったので興味津々である。
ボディ形状
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ライカSシステム初号機『ライカS2』の登場は2009年。ライカにとっては初のAF一眼レフであり、初の中判カメラとなった。
初号機のライカS2から、S(Typ006)(2012)、S-E(Typ006)(2014)、S(Typ007)(2015)と登場し、センサーはCCDからCMOSへ変更されるなど変化があったが、そのボディ形状はこの『ライカS3』までほぼ変わっていない。
60年以上つづくM型ライカがそうであるように(ライカM5を除く)、変わらないことがライカの美学なのだと感じる。
実物を触っての第一印象は、とにかくコンパクトだというもの。135判のカメラと比べると大きく感じるかもしれないが、フィルム機から引き継がれた他社の中判デジタルと比べると圧倒的に小型で、一般的なカメラの延長線上にある形状をしている。
そして次に実感したのは、ボディの重量バランスである。
これは筆者の推察ではあるが、重心が低くなるよう設計されていると思う。台形デザインもその思想からではないだろうか。左手にカメラを乗せると驚くほどピタリと安定する。「あとは右手をそっと添え、静かにシャッターを切るのです」とカメラに促されるようだ。それゆえに、と言っていいのか、かなりグリップが浅く片手では握りづらいのだが(ストラップは必須だ)、これは設計思想の違いなのかなと、M型の使用感を思い出すこととなった。
光学性能を追求したレンズの大きさを考えると、ボディ側にも適切な重量バランスが必要と考えたのかもしれない(くどいようだが、この部分は筆者の推察である)。
ライカ・プロフォーマット
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本機『ライカS3』はライカが「ミドルフォーマット」と呼ぶ45×30mmの、6400万画素CMOSセンサー(14bit記録)を搭載。
ちまたで人気の中判デジタルは4433(44×33mm)センサーばかりなので、それよりも横に1mm大きく、縦に3mm短い。縦横のアスペクト比が異なることを考えると、同クラスのセンサーサイズということになる。
少し横道に逸れるが、135判(あるいは35mmフルサイズ)は別名『ライカ判』とも呼ばれる。小型カメラの歴史の中で、映画用の35mmフィルムを横にして2コマ繋げたものを、写真機としてはじめて採用したのがライカであり、同社におけるアイデンティティの一部でもある。
ライカ初の中判、ライカSシステムの設計に当たって、ライカは『ライカ判』のアスペクト比3:2にこだわった。どう考えても4433センサーをそのまま採用した方が安く造れたと思うのだが、ライカ判の精神を貫くためだけに、市場に存在しないセンサーをオーダーするあたり、ただならぬ執念というか、コストで割り切れないライカのゆるぎないスピリットを感じてしまう。
フィルムの規格や、既存のセンサーサイズにも囚われず『最も画質の良いライカ』を設計したのではないだろうか。
操作系
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左上の電源メインスイッチは、CS(セントラル・シャッター)、FPS(フォーカルプレン・シャッター)、OFF(電源オフ)となっており、CS表記のレンズシャッター搭載のレンズであれば、シャッター方式をここで選べることになる。CS使用時には全速でストロボが同調するため、プロユースを想定したシステムだと分かる。
背面のボタン類は至ってシンプル。ボタンに文字表記がないのもスマートだ。独特の概念を持つインターフェイスで、はじめの分かりにくさはあると思う。だが一度理解してしまえばサクサクと気持ちよく使える操作系だ(モニター横の4つのボタンはフェーズワンと似ているが、操作はまったく異なる)。
ISO感度の変更はメニューから行うしかないようで、これは面倒だなと思っていたら、左上のボタンを長押しするとダイレクトにISO感度を変更できた。他の3つのボタンも長押しすることで、測光モード、フォーカスモード、露出補正値などを素早く変更できる。
筆者のように露出や色温度をマニュアルで操作したい場合は特に、操作方法を事前によく学習しておくと良いだろう。付属のマニュアルを読み込むか、銀座のライカプロフェッショナルストア東京で相談してみると良いかもしれない。
秀逸な光学ファインダー
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ライカS3の背面でひときわ目を引くのは、この大きなファインダー接眼窓だ。原理的にはファインダー像が大きければその分覗きにくくなるものだが、ライカS3のファインダー像は十分な大きさで、かつ覗きやすい。
それからピントの見やすさも特筆すべきだろう。
一般的にAF機ではファインダーの明るさを優先してピントが見づらくなる傾向が強いが、ライカS3標準のファインダー・スクリーンは、ほんの少し暗くなるもののピントが驚くほど見やすい。マット面のザラザラが目視できるほどで、ライカのレンズ特性とも相まってファインダー上でとろけるようなボケを見ながらの撮影となる(スクリーンに関しては個人で好みがある。交換式なので自分に合ったものを使って欲しい)。
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軍艦部を見ると、操作できるのは主にシャッタースピードを調整するマルチファンクションダイヤルと、赤マルの動画ボタン、隣のライブビューボタンしかない。ここまでシンプルだと潔い。
標準レンズ『SUMMARIT-S 70mm F2.5 ASPH.』は135判換算で56mm相当の画角。なんと最短撮影距離は50cmで中判とは思えないほどに寄れる。ボディとのバランスも良好でフードを着けた状態でもギリギリでコンパクト。使い勝手が良く最初の一本にふさわしいレンズだ。
純正マウントアダプター
ライカSシステムはライカにとってはじめての中判だが、ハッセルブラッドVシステムをはじめ、他社の中判レンズが使用できるようライカ純正のマウントアダプターが多数ラインナップされている。かなり高額なアダプターになってしまうが、ハッセルブラッドHや、コンタックス645のAFレンズにも対応(AEも動作する)。製造中止となったこれらのAFレンズがそのまま使えるという点で、ライカSは唯一のシステムと言える。
それらに合わせてか、マニュアルフォーカス向けのスプリットタイプなど、ファインダースクリーンも複数用意されているようだ。
記録メディア
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記録メディアは初代のライカS2と同様、SDカードとCF(コンパクトフラッシュ)である。
筆者は古いデジタルバックを使用しているためCFカードを多数所有しているが、現行機でCFを採用している機種は珍しいのではないだろうか。とはいえ、安価なSDカードが使用できるのはユーザーには有難い仕様だ。
6400万画素もの高解像度データではあるが、中判デジタルでは高速連写はできないので、よほど古いカードでなければ書き込み速度で不満が出ることはないだろう。
両スロットにカードを入れるとSDが優先され、同時書き込みも可能。動画はSDにしか記録できない。なお、手持ちのSDカードの中には、ライカS3で認識されないものもあった(UHS-IIは相性がありそうだ)。
ズミクロン 2.0/100
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このライカS3を試用するに当たって、一番興味のあるレンズが『SUMMICRON-S 100mm F2 ASPH.』だった。実際にお持ちのユーザーさんに感想を聞こうと連絡を取ったところ、ありがたいことにお借りできることになった。
ライカにおける『ズミクロン』とは解放F値がF2.0のレンズを指す。100mmは135判換算で80mm相当の画角となり、ポートレートを想定したレンズなのは間違いないだろう。最短撮影距離も70cmとこのクラスのレンズとしては短く、何でも撮れてしまう懐の深さがある。
他の中判レンズに慣れているせいもあるが、F2.0の明るさでありながら重量も1kgを切っており、意外と軽くてコンパクトだと感じた。
標準レンズの ズマリット-S 70mm と比べても、全長が少し長い程度でフィルター径も同じである。
人物撮影サンプル
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Model: Rose Yuzuriha
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Model: Rose Yuzuriha
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どうしても一度試したかった100mmのズミクロン。
モデルに協力いただき、簡易的なものだがスタジオで横顔を撮影した。
想像していたよりも個性ひかえめで、プロ機らしく比較的ナチュラルでクセの少ない写りをする。中判で大きく絞りを開けることは少ないのだが、ボケがうるさくならず好印象、独特の魅力があると思う。
想定外だったのは、撮影時はストロボのモデリングランプ(300Ws)を点灯しそれほど暗いシーンではなかったにも関わらず、AFが合焦せずシャッターが切れなかったことだ。
AF補助光の設定を探したが見つからず、仕方なくMFに切り替えて撮影することになったのだが、そのおかげでライカS3のファインダーの良さを実感することになった。
手持ちでマニュアルフォーカスという悪条件でも簡単に、そして確実にピントが合ってくれるのだ。中望遠の明るいレンズかつ近距離での撮影ということもあるが、これには驚いた。中判は絞ったときの立体感がおいしいと思っている自分でさえ、どんどん絞りを開けて撮りたくなる。
個人的にこれまでに使った中判デジタルの中で、最も美しく機能的な光学ファインダーだと思うが、AFは条件により課題が残る。スタジオで使用する際は、AF用に定常光を仕込むなどの対策を考えておいた方が良さそうだ。
テザー撮影
プロユースを想定しているだけあって、Capture One Pro 21 からはテザー撮影にも対応している。いつも使っている業界標準のソフトがそのまま使えるのはポイントが高い。
なお、パソコンとのUSB接続は専用のコードで行う。ボディ側には一般的なUSB端子がないので注意が必要だ(有線でストロボ撮影する場合のシンクロ接点も専用コードが必要)。
撮影サンプル
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このデータはRAW現像時に大きく調整をいれたもの。レタッチ耐性も高い。※画像をクリックして拡大
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試し撮り程度のサンプルになってしまったが、レンズの優秀さ、階調の豊かさを実感することができた。シャッターショックが少なく、室内でネコを撮る程度なら1/30でもしっかり止まるのだが、今回外でスナップしたデータを等倍で見るとブレているカットもあった。目安としてシャッタースピードを1/250以上で撮影することをお勧めしたい。
旅に出たくなるカメラ
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今回デモ機をお借りして感じたのは、プロユーザー向けの業務機とはいえ、あくまで独自の方向性を貫く『ライカ』だということだ。
初期のデジタルライカは動作が不安定な面もあったが、ライカSシステム成熟期に生まれたライカS3は、手元にあるあいだ、一度も不安定な挙動を見せなかった。
135判のカメラと比べて優れた画質を持っているのはもちろん、製品としての造り、使用時の感触、所有する満足感など、実用性特化型の業務機では軽視されがちな部分が、中判としては実にしっかりと作り込まれている。なんとなく手にとってファインダーを覗いてみたり、ピントリングを回してみたくなるカメラなのだ。
バックタイプの中判デジタルと比べコンパクト、かつ普通のカメラと似た外観なので取り回しが良い。美しい光学ファインダーから、生の光を見ながら撮影ができる。防塵防滴でいつでも気にせず撮れるし、電池の持ちも良好だ。
このカメラ1台だけで旅に出たいという妄想を掻き立てられるカメラであった。
富永 秀和|プロフィール
1983年福岡生まれ。グラフィックデザイナーから転身した職業フォトグラファー。2013年に中古購入した中判デジタルでその表現力の虜となる。福岡のシェアスタジオで経験を積み2022年に上京。
総合格闘技(MMA)ファン。
Website、YouTube、Instagramを更新中
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