中判カメラANTHOLOGY、第4回は「PENTAX 645Z」の登場だ。
2014年発売と、新品購入できる中判デジタル機としては最も古い機種ではあるが、レンズを含めたシステムとしての魅力と圧倒的なコスパには目を見張るものがある。
今回はメーカーから645Z本体と、設計の新しい中望遠90mmマクロ、デジタル専用の広角ズーム28-45mmをお借りすることができた。短期間ではあるが個人的にも645Zを所有した経験があり、興味を持つ方の判断材料になればと思う。
※執筆後の2023年6月5日、645Zの生産中止が各販売店よりアナウンスされた。
ペンタックスと中判デジタル
少し歴史を辿ると、かつて業務用一択だった高価な中判デジタルを、はじめて一般ユーザー向けに発売したのがペンタックスである。
前身となった「PENTAX 645D」は、2005年の開発発表から紆余曲折を経て、2010年にやっと発売されたペンタックス初の中判デジタル機だ。「風景を撮るアマチュアカメラマン向け」と謳ったこのカメラは、44×33mmコダック製4000万画素CCDセンサーを搭載。645システムを踏襲しフィルム時代の645レンズがすべて使用可能。さらに防塵防滴仕様であったりと、当時はアマチュアだけでなく多くのプロカメラマンからも注目を集めた。
1枚のRAWデータ書き込みに5秒以上かかることや、スタジオ用途でのテザー環境などに難があったが、発売当時の一般カメラ市場では目を見張る画質だったことは言うまでもない。
645Zの時代背景
2014年6月。645Dの後継となる本機「645Z」がついに発売される。CMOSセンサー搭載により中判デジタルの弱点であった高感度を一気に克服。645Dで課題だったデータ書き込み速度も改善し、自社ソフトウェアによるテザー撮影にも対応した。
ここでも注目を集めたのがその価格である。業務機の中級クラスであるフェーズワンのIQ250、ハッセルブラッドH5D-50Cが発売された半年後に、同じソニー製44×33mm、5140万画素CMOSセンサーを採用し、約1/3の価格となる80万円台で発売したのだから、これが話題にならないわけがなかった。
しかし競合の価格崩壊モデルということで、当時はフェーズワンが開発していた業界標準のソフトウェアCapture Oneで645Zのデータを読み込めないよう対抗措置が取られるなど、中判デジタル界隈がざわつくキッカケとなったのが本機の時代背景である(現在ではCapture Oneは独立した会社となり、バージョン21以降で645Zに正式対応している)。
センサーサイズ
前述のように4433(44×33mm)と呼ばれる一般的な5140万画素CMOSセンサー(14bit記録)を搭載。このセンサーは多くの中判デジタル機に採用され、一般層にも中判デジタルが普及するキッカケとなった。それまで高価なCCDばかりだった中判デジタル界を一新した、エポックメイキングな中判センサーでもある。
中判カメラばかりを扱うこの連載。35mmフルサイズと比べてどうだという話しは割愛しがちだが、2014年の発売当時で考えると圧倒的な画質差があったと思う。現在ではミラーレス化とともに小型カメラが大幅に進化しているため、当時ほどの差は感じないかもしれないが、余裕のある解像力、豊かな階調、立体感など、当然ながら物理的なフォーマットの違いは存在している。
発売から9年が経過したとはいえ、他社の5000万画素機と同じセンサーである。基本的には同程度の画質を得られるので安心してほしい。フィルム時代の645レンズでは甘さが残ることもあるが、その多くは十分な描写力があり楽しめると思う。
大きな光学ファインダー
4433センサー機でありながら、645フルフレーム機と比べて遜色ないほどファインダー像が大きく迫力がある。スクリーンも明るく気持ちの良い光学ファインダーだと思う。
ただし、ファインダー倍率が高い反面、眼をかなり近づけないとファインダー全体が見渡せず、アイポイントが少しでもズレると像がケラれてしまうという弱点もある。筆者は眉骨にカメラを当てて撮る癖があるのだが、付属のアイピースが柔らかすぎて固定しにくいのが、個人的には使いづらく感じた。
マニュアルフォーカス主体で使用する場合や、ファインダーを覗くこと自体を楽しめる人に向いていると思うが、カメラのことを考えずサクサク撮りたい人には、若干の慣れと割り切りが必要なファインダーかも知れない。
ボディ形状
ペンタックス645システムを踏襲しており、バックタイプではなく一体型のカメラとなっている。
グリップが1番後ろに配置された形状のため、重たいレンズを装着すると余計フロントヘビーに感じてしまう面もあるが、その分グリップが深く作られている。撮影時はもちろん、指2本で引っ掛けて持ち歩いても不安がないほどに指掛かりが良い。
また、ボディ側面に縦位置用の三脚穴が空いているのも大きな特徴だ。Lプレートを使わずとも、レンズの軸を変えることなく縦位置に切り替えることができる。
一般ユーザー向けの操作性
発売の経緯からも分かるように、業務用の中判デジタルとはコンセプトが決定的に違う。機能は超シンプルで画質に全振りしているカメラではなく、デジタル一眼レフユーザーがそのまま違和感なく使えるよう、ユーザーフレンドリーに設計されている。
マニュアル露光モード(M)での撮影時にも押すだけで基準値を弾き出してくれる「グリーンボタン」に、ここはRAWで撮りたいと思ったときの「RAWボタン」など、当時のペンタックスの最新機K-3を、645のボディにそのまま入れ込んだような感覚と言えるだろうか。
CMOSセンサーのため高感度にも強く、ライブビュー機能もあるため、中判カメラだということを意識せず、何かに我慢することなく簡単に使えるだろう。防塵防滴仕様な上、チルト式液晶のついた中判は珍しく、自然風景など厳しい環境下でも安心して撮影できるのも、用途によって重要なポイントになりそうだ。
多彩な645レンズ
ペンタックス645システムには、MF時代の「Aレンズ」からAFに対応した「FAレンズ」、デジタル対応の「D-FAレンズ」、デジタル専用の「DAレンズ」まで、基本的には互換性があり本機645Zですべてのレンズが使用可能だ(マウント部分に赤いシーリングがあるものは防塵防滴仕様となっている)。
フィルム時代のものも多く、光学性能では苦しい部分もあるが、中判レンズは元々解像力が高い。おまけにセンサーが44×33mmということで収差の出やすい周辺部がカットされ粗も目立ちにくい。それぞれ個性的な写りをするため、趣味で楽しむには理想的ではないだろうか。
また、純正のマウントアダプターを使用することでPENTAX 6×7レンズも使用可能だ。MとAモードでは絞りも連動するのでストレスなく快適に使用できる。
ペンタックスの画づくり
RAW現像前提で、味付けのないナチュラルな画を出す業務機とは違い、本機ではJPEG用に10種類以上のカスタムイメージを選択できるなど、しっかりとペンタックスの画作りがなされており、他のペンタックス機とよく似た写りをする。そのままセンサーを大きくした感じだ。緑と赤の出方が独特で、ペンタックスレンズの多くはボケ味に特徴があるように思う。
ポートレートマクロ90mm
2012年に発売されたデジタル対応の中望遠ハーフマクロレンズである。正式名称は「HD PENTAX-D FA645 MACRO 90mm F2.8 ED AW SR」。重量は1kgほどでボディとのバランスは良好だ。
メーカーサイトに「ポートレートに最適な中望遠レンズ」とあるように、645Zでは135換算で71mm相当、人物撮影ではバリエーションがつくりやすい画角となる。中判のマクロレンズは開放F4ばかりの中、F2.8と一段明るく設計されているのもポートレートを意識してのものだと思われる。
スタジオでの人物バストアップや商品撮影等には、画角的に120mmマクロの方が使いやすいケースが多いだろう。
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繰り返すが、アスペクト比4:3の中判システムで、この画角は本当に使いやすい。645Zは「ちょっとブレ」が発生しやすいと感じているので、手ぶれ補正機構が搭載されているのも重要なポイントだ(今回の環境では1枚もブレていなかった)。
写りに関しても申し分ない。やさしく軟調でありながら解像力が高い。円形絞りでボケにも癖がなく非常に好感が持てるレンズだ。加えてHDコーティングが優秀なようで、従来のSMCコーティングよりもゴーストが発生しづらいと感じた。
90ミリマクロの弱点
本当にいいレンズなのだが、残念ながらAFが迷うことがある。晴天のこの環境下ではある程度問題のないスピードでピント合わせができたものの、それでも何度かAFが(5秒ほど)迷いつづけてMFに切り替えたことがあった。
他の中判デジタル機のように、中央1点のAFポイントで眉や目のフチあたりにAFを合わせようとすると合焦しづらい場合があり、私物の645Zを使いスタジオでモデル撮影をしたときには、一定のテンポで撮ることができなかった。
今回はメーカーから送られてきたままの設定(自動でAFポイントを判別してくれる)で撮影してみたところ、データを見ると合わせたい場所にピントがきていたので、いろいろな設定を試してみる必要があると思った。
恐らくではあるが、このレンズのAFが遅めなのは、より厳密にピントを合わせようとしているためだろう。
中判デジタルではよりピントがシビアになる現実がある。例えばフィルム時代の標準レンズ「FA75mm F2.8」は爆速AFで気持ちよく撮影できるお気に入りのレンズだが、ピントの精度はやはりこの90mmの方が高いと感じている。
広角ズームDA28-45mm F4.5
正式名称は「HD PENTAX-DA645 28-45mmF4.5ED AW SR」。2014年発売で28-45mm(22-35.5mm相当の画角)のレンジを持つ1.6倍の広角ズーム。645のイメージサークルをカバーしようとすると巨大になりすぎるせいか、国内販売のペンタックス645システムで唯一、中判44×33mmセンサーに最適化された「DAレンズ」である。
それでもかなり巨大なレンズで、重さは1470g。645Zに装着するとかなりフロントヘビーとなる。もちろん防塵防滴仕様。広角とはいえ小さなブレを防ぐためにも、手ぶれ補正機構がついているのはかなり重要だと思う(手ぶれ補正を過信してスローで切ることはオススメしない)。
このレンズ、45mm側の写りが特に優秀だと感じる。どうしてもブレが起きやすいので、余裕を持ったシャッタースピードを選び、しっかりホールドして撮影する。
広角端の28mmになると、遠景では少し解像度が落ちるようだが、周辺まで像が流れることなくしっかりと写る。4433センサー専用なだけあって周辺画質にはこだわっていると感じた。こちらもHDコーティングのおかげなのか、ド逆光でもゴーストがほとんど出ない優秀さだ。
既にディスコンになった製品を除けば、645Zで使える最も広角のレンズがこのDA28-45mmということになる。RAWデータで見る限り、ピントの位置や絞り値でかなり印象が変わるレンズだ。最良の画質を得るには、あまり絞り込みすぎず、可能であれば三脚に据えライブビューでピント合わせをする方が確実だろう。
まとめ
ちょっと巨大なだけで、使い勝手はごく普通のペンタックス。
システムとしてのコスト・パフォーマンスの高さは特筆に値する。今回ご紹介した2本のような新設計のレンズを除けば、645レンズ群が信じられないほど安く購入できること、記録メディアが安価なSDカード(ダブルスロット)であること、何かあったときのサポートや修理体制も現行機種として担保されていること。
仕事の道具としてのポテンシャルもあるが、テザー撮影やカメラレスポンスの面で我慢しなければならない部分も多いため、2023年現在「趣味の写真機」としての使用が現実的だろう。
今回デモ機をお借りするにあたり、筆者のリクエストで「HD DFA645 35mm F3.5AL」もお借りしていた(上の写真は35mmで撮影)。ペンタックス645の超広角35mm(フィルム機では22mm相当、645Zでは27.5mm相当の画角)はマニュアルフォーカス時代のものでも優秀で気に入っており、その後FAレンズも購入した。重量も570gと軽く、優しい写りなのにキレキレ。個人的には一押しのスナップレンズだ。
こんな方にオススメ
ペンタックス645Zは、趣味で使うカメラとしてほぼ完成された中判デジタル一眼レフだ。
「Z」は最終形態を指したネーミングであろうし、これからモデルチェンジが行われる可能性もゼロとは言い切れないが、もし出たとしても多くは変わらないだろう。
便利になりすぎた感もある現代のデジタルカメラ事情。もし645Zなら、大きなファインダーで心地よいシャッター音を聴きながら、シンプルに「写真」と向き合える。35mmフルサイズミラーレス機のように、瞳AFのトラッキング性能や、高感度耐性、動画性能などスペックを追いつづける必要が一切ない。
フィルム時代からの多様なレンズラインナップ、良質な中判センサー、カメラの基本性能と、写真を撮る道具として必要なものはすべてそろっている。
簡単でとにかくコスパが良すぎるこの中判デジタル機。これから中判に手を染めようとしている方には、ぜひ候補に加えて欲しい1台だ。
ペンタックスとの縁
最後に、かなり個人的な話になってしまうのだが、筆者とペンタックスには少しだけ縁がある。
ペンタックスの前身となる旭光学工業の創業者・梶原熊雄氏と、その血縁にあたる松本三郎氏(ペンタックス生みの親と言われるカリスマ的な人物)はともに福岡出身として知られている。
筆者は1年前に上京したばかりだが、生まれも育ちも福岡。松本三郎氏の出生地にいたっては自転車での行動範囲内という近さで、正に「地元」である。
何も知らずに育ちカメラマンになったが、隣家のひいお爺さんはペンタックスの工場長だったと聞くし、うちの親戚筋にもペンタックスに勤めていた人がいたらしい。どうやら松本三郎氏は郷土愛が強く、積極的に地元の学生を採用するなどしていたようだ。
そういえば祖父が持っていたカメラも1台はペンタックスで、いつからか勝手に自分のものとして使っていた。自分でもペンタックスのカメラは何台も購入した経験があったので、それを知ったときには驚いたものだ。
そんなわけで、筆者とペンタックスには少しだけ縁がある。
手元にある「PENTAX K2」は祖父の形見となった。