今回はハッセルブラッドHシステムにおいて異彩を放つ「HTS 1.5」を取り上げる。建築撮影や商品撮影を生業とされている方々には無視できない存在だろう。既存HCレンズの光学系を拡大してティルト・シフトを可能にする画期的なアイテムである。
製品概要
製品名の「HTS 1.5」は、HシステムのTS(ティルト&シフト)アダプター、実焦点距離が1.5倍になることから名付けられたのだろう。2008年の登場から多くの広告系カメラマンがテストしたと思われるが、特殊なマーケットであることや60万円を超えるお値段のせいもあってか日本語でのレビューは皆無である。
まずはこのティルト&シフトアダプターの特性から理解していこう。
当然ながらHCレンズは中判645に最適化したイメージサークルで設計されているが、ティルト&シフト撮影には、より広いイメージサークルを必要とする。そこで拡大レンズを仕込んで、アオリ機構をパッケージ化してしまおうというのが「HTS 1.5」の製品コンセプトだ。いささか強引とも思えるメーカーの提案だが、既存ユーザーにとって魅力的なアイテムなのは間違いない。
対応レンズは計6本。
- HCD 24mm F4.8
- HCD 28mm F4
- HC 35mm F3.5
- HC 50mm F3.5
- HC 80mm F2.8
- HC 100mm F2.2
4群6枚の拡大レンズによって焦点距離が1.5倍になり、F値は1段と1/3ほど暗くなる。最短撮影距離は数cmだけ長くなってしまうようだ。
操作性
ご覧のようにかなり大掛かりなアダプターで、Hシステムのボディにぎりぎり干渉しないよう上手く設計されている(装着するとカメラのグリップが握りづらくなる)。各操作ノブにはオレンジ色のロックレバーがある。アダプター自体を横に90°まで回転させることも可能だ。
■シフト機構(ライズ/フォール)±18mm
背面から見て手前側のノブで操作する。一般的なシフトレンズは±12mm程なのでかなり自由度の高い設計と言えるだろう。アダプターを90°回転させることで水平シフトも可能だ。
■ティルト機構 ±10°
±10°のティルト/スイング機構。
背面から見て奥側(レンズ側)のノブで操作する。レンズを傾けることでピント面をコントロールするための機構だ。上下のティルトに加え、アダプターを90°回転させることで左右のスイング操作も可能となる。
シフト作例
シフト操作が活躍するシーンとして、建築系の外観・内観の撮影が想定される。それに合わせて実用的なサンプルを撮影したかったのだが、残念ながらデモ機をお借りしている期間内に実現することはできなかった。
あくまで実例ということでご覧いただきたい。すべてカメラはH6D-100cとなっている。
<HCD 24mm単体で撮影>
使用した「HCD 24mm F4.8」は中判デジタルとして最も広角のレンズで、H6D-100cに装着した場合、135フルサイズ換算で16mm相当の画角となる(HCDレンズは本来48×36mmセンサーに最適化されている)。
ご覧のように、見上げるように撮影しているためパースがついてしまう。
<HTS 1.5&HCD 24mm(12mmライズ)>
HTS 1.5を使用することで画角が狭くなり(135フルサイズ換算でも24mm相当の画角に)解放F値はF4.8からF7.1に変化する。
この写真では樹が垂直になるよう、カメラの垂直を保ちつつ12mmのライズ(上シフト)をかけて撮影した。±18mmまでのシフト操作が可能となっているが、これ以上は画面がケラれてしまうので、HCD24mmの場合は±12mm程度までに留めての使用となる(ほとんどのケースで必要十分だろう)。
また、撮影していて樽型の歪曲収差がハッキリ視認できたが、純正ソフトのPhocusに読み込んだところ自動的に歪曲と周辺光量が補正された。HTS 1.5アダプターを介してもレンズ補正が効くのは非常にありがたい点だ。
ティルト作例
ちょうど良い被写体が手元になかったため、中判レンズをいくつか並べ「HTS 1.5」にHC80mmを着けて簡単にテスト撮影してみた。実焦点距離が1.5倍されることでHC80/2.8が120/4.5に、HC100/2.2が150/3.4といった感じで使用可能。解放F値もそれぞれ暗くなる。どうせ絞るのでここは問題ないだろう。
とはいえ、両方ともマクロレンズではないので接写リングを使用しないと120mmマクロのような使い方はできないのだが、今回はそのまま最短に近い距離で撮影した。
今回はHC80mmとHC100mmをテストしたが、本来はティルトさせることは想定していないレンズということもあり、特に100mmは色収差が出やすいと感じた。ちなみに、120mmマクロが使えないか試そうとしたが、物理的に装着できなかった。
<HTS 1.5&HC 80mm・ ティルトなし>
絞りはF11、ピントは手前から二番目のレンズに合わせて撮影。わかりづらいかもしれないが、後方は大きくボケている。
<HTS 1.5&HC 80mm・ティルト使用>
こちらは同じ絞り値で、下ティルト操作にてなるべく全域にピントが来るように撮影したもの。写真右上の周辺部を、ティルトなしとありで並べてみたら効果は一目瞭然だ。
「HTS 1.5」にHC80mmを使用することで、画角的にはHC120マクロと同じになるが、拡大レンズを挟むこともあり画質面では遠く及ばないのが現実。しかしながら、センサーが大きくなればなるほどティルト&シフト機構は有効で、それだけで価値があるのも事実である。
テザー中にカメラ液晶でLVできない問題
大型センサーではピントが激薄となるため、ティルト撮影時に光学ファインダーで正確にピントを追い込むのは困難だ。そのためライブビューのピーキング機能を活用したが実に快適である(アオった量が数値で見れるのも最高だ)。しかし、この手の撮影はほぼ100%パソコンでテザー撮影を行うものだが、テザー撮影時のライブビューでは、カメラ側の液晶は消えてしまう仕様となっている。
ティルト撮影時にはちょっとした調整でフレーミングが変化するので、カメラ側でライブビュー表示できるだけで数倍快適に使えるのにと思いつつ、何度かケーブルを抜き差ししたのだった。
まとめ
巷では、光学系を縮小する「フォーカルレデューサー」入りのマウントアダプターが人気だが、そちらは光を狭い範囲に凝縮することで、レンズが明るくなり、レンズの粗(収差)も縮小され目立たなくなるという特徴がある。
対して「HTS 1.5」は光学系を拡大するものである。F値は暗くなり、レンズ収差自体も拡大されてしまうという原理的な問題がある上で、さらにティルト&シフトを可能にするという難題を課されていることを考えると、実によく造られていると思う。HCレンズ自体の優秀さもあるのだろうし、HTS 1.5に対応したレンズ補正が働くということもあってか、きちんと撮れば実用できる程度のクオリティが得られる。
しかし、拡大レンズを挟むことでレンズ描写は確実に落ちているし、本来想定されていない方向から光が入っているため、実写を見ても無理を強いている部分は否めない。
仕事の道具として考えるならば、写真のクオリティと費用対効果は切っても切れない要素である。絞っても被写界深度が浅い中判デジタルにおいて、アオれること自体に一定の価値があるのも事実だが、発売された2008年ならともかく2023年現在、手軽にビシッと撮るなら135フルサイズのミラーレス機とTSレンズがあるし、究極の画質を求めるならビューカメラにデジタルバックを着けて撮影した方が確実に良い仕上がりになる。
「HTS 1.5」は元々その隙間を狙ったアイデア製品なのだ。その辺りも踏まえて、デモ機で実写を試し比較検討してから判断すべきだろう。
逆に趣味の撮影でHシステムをお使いの方であれば、手持ちのレンズを二度楽しめる面白いアイテムだ。機構的にも良くできているし、所有感を満たしてくれる要素は十分にあるのではないだろうか。