はじめに
中判デジタル関連ばかりを扱う連載「中判カメラANTHOLOGY」第16回は、2023年に富士フイルムより発売された待望の広角ティルト・シフトレンズ「FUJINON GF30mm F5.6 T/S」を取り上げる。
ビュータイプのカメラや Phase One XT など、中判でシフトできるシステムは存在するが、レンズ自体にティルト・シフト(T/S)機構が組み込まれている中判デジタル用のレンズは珍しく、広角レンズともなると他には存在しない、唯一無二の存在と言えるだろう。
一般には馴染みのない専門的なレンズという印象もあると思うが、基本的な使い方に合わせて、今回は手持ちの街角スナップでの作例をご用意したので、最後までご覧いただけると幸いである。
富士フイルムGFXとT/Sレンズ
「FUJINON GF30mm F5.6 T/S」は135判フルサイズ換算で24mm相当の画角となる広角レンズである。フォーカスはマニュアル限定となるが、±8.5°のティルト機構を備え、シフトは最大±15mmと自由度が高い。また、ティルト・シフトそれぞれにレボルビング機構を備えており、自在に方向を変えることも可能だ。
2017年に登場した富士フイルムGFXシリーズだが、ティルト・シフトに関しては、これまで他社の135判用T/Sレンズを、マウントアダプターを介して使用するしか術がなかった。今回システムとしてGFX純正レンズがラインナップされたことの意味は大きい。
記事中で具体的に解説していくが、レンズをスライド(シフト)させたり、傾け(ティルト)たりすることで『パース(遠近感)』や『ピント面』をコントロールできるのがT/Sレンズの特徴だ。その道の専門家には必須のレンズとなっている。
T/Sレンズの設計は極めて難しいとされている。GFXの撮像センサー(44×33mm)よりもかなり大きなイメージサークルを必要とする上に、レンズのどの部分でも撮影できるよう周辺部の歪みのなさや高い解像力を要求されるからだ。そのためどうしても物理的に大きく重くなってしまうのだが、この「FUJINON GF30mm F5.6 T/S」は良く抑えられていて、個人的にはギリギリで「普通に使える」サイズに収まっていると感じた。
また、105mm径のレンズフィルターが装着できる仕様もありがたく、取外し可能な三脚座が付属しているのもポイントが高い。
建築写真で使われる理由
この2枚の写真は「FUJINON GF30mm F5.6 T/S」を用いて、同じ位置から手持ち撮影したものである。
シフトレンズが建築写真で多用される理由は、ご覧のようにパース(この場合は遠近感による上すぼまり)をコントロールできることにある。カメラの高さや距離等で限界はあるものの、建物を真っ直ぐに撮影できるのはとても気持ちがいい (完全に補正すると不自然に上部が広がって見えるので、わずかに遠近感を残している)。
もちろん普通のレンズで撮影し、デジタル処理でパースを修正することも可能だが、その場合は大きくトリミングされることを見越して2回りほど広く撮影しておく必要がある。シフトレンズであれば撮影時に完結し、仕上がりを確認できる。
シフト操作(ライズ・フォール)
レンズを上方向(ボディを下方向)にシフト=「ライズ」
レンズを下方向(カメラを上方向)にシフト=「フォール」
カメラを上下に傾けると、遠近感によって真っ直ぐのものが傾いて見えてしまうため、垂直を維持したまま上下にフレーミングを調整するというのが基本的な考え方になる。使い方は様々だが、ライズは主に建物を外から撮影する場合に使用される。
フォールは店舗内観の撮影などで、テーブルの形や数がわかりやすい高さにカメラを設置し(垂直を取るとそのままでは天井が大きく写り込むところを)下方向にシフトし切り取りたい場所を選ぶといった使い方が一般的だろうか。
また、レンズをレボルビング(回転)させることで「横シフト」も可能。 例えば写真にキャッチコピーが入ると決まっている場合に「被写体と正対したまま」写る範囲だけを横にズラし、文字のためのスペースを空けて撮影するといった使い方もある。
スティッチ
付属の三脚座を使用することで、レンズの位置を固定したままカメラ側をシフトさせることが可能だ。カメラではなくレンズを固定することで視差がなくなり、1枚の写真を複数枚にわけて撮影するスティッチ(複数枚合成)には最適と言えるだろう。
三脚座を使用し、カメラを縦位置で横シフトさせ3枚撮影した。下は Capture One 上で自動スティッチを行なったもの。
3枚を合成すると、ワンショットで撮る場合よりもかなり広く、より高解像度のデータが得られる。当然、描写は30mmのままだ(T/Sレンズ全般に言えることだが、シフトは単一方向のみで、ビューカメラやXTシステムのように、ライズさせたまま横にシフトさせてスティッチ、などという使い方はできない)。
135判(フルサイズ)のカメラで24mmのTSレンズを使いスティッチをすると17mm相当の画角が得られることを考えると「FUJINON GF30mm F5.6 T/S」の場合もスティッチにより、135換算で概ね17mm相当の画角が得られることになる。
RAWデータにもシフト量とレボルビング角が記録され、シフト位置に合わせて最適なレンズ補正がかけられる点が純正最大のメリットだろう。中判44×33mmセンサーに最適化された設計という安心感は、何モノにも代え難い部分がある。
ちなみに、同じ環境下でティルト・シフトさせずに同社「GF30mm F3.5 R WR」と撮り比べをしてみたところ、全域で本レンズの解像力が上回る結果となった。イメージサークルの大きいレンズなので当然ではあるが、解像力はかなり優秀なようである。また、下の作例で10mm程度のライズを多用したが、画面隅でも大きく像が崩れることはなかった。
撮影サンプル
以下の作例はすべて、手持ちでの撮影となっている。
本来は三脚必須のジャンルではあるが、強力な手ぶれ補正を搭載したGFX 100IIの利点を活かすことで、中判のシフトレンズで街中をスナップするという贅沢な使い方が実現できてしまった。
ティルト作例
広角でのティルト撮影は、手前から奥までひとつの面に(この場合は高速道路全域に)ピントを合わせたい場合などに重宝する。極度に絞り込む必要がないため、回折現象で解像感を損なうことなくハッキリと写すことができる。掲載時の大きさではわかりづらいと思うが、等倍で見ると地面は完全にボケてしまっている。
こちらは荒川の土手を上から見下ろして撮影したもの。カメラ本体のピーキングを活用し、F5.6開放でティルトさせ葉っぱの表面だけにピントを合わせている。
まとめ
中判デジタル用の現代T/Sレンズを、よくこの大きさにまとめて製品化できたなと思いつつも、単体で見ると大きく重いのは事実である。他社の中判一眼レフと比べGFX100IIが小型なので、レンズがやたら巨大に見えてしまうという部分もある。
しかし今回、作例を撮るにあたってGFX100IIとセットで数時間持ち歩いたところ、それほど重いとは感じなかった(筆者は三脚座を握って歩いた)。撮影時にシフト操作をしたりMFで精密にピント合わせをするため、少し時間がかかってしまう部分はあるものの、何かのついでではなく、写真を撮ることを目的に出かけるのであれば十分軽快に使うことができる。
業務用途での活躍はもちろん、アマチュアの愛好家にも十分楽しめるレンズに仕上がっていると思う。普通の広角写真では物足りない方や、GFXのクオリティでパースをコントロールしてみたい方にも一度試してみてほしいレンズである。