ニコンFフォトミックTn[ニコンの系譜] Vol.11メイン写真

中央部重点測光

外光式の露出計の場合は受光角が比較的広いこともあって、その受光角の中でどの部分をどのようなウェイトで測光するかはあまり問題にならなかったのだが、TTL測光になると、そのことが意識されるようになってきた。

最初のころはトプコンREスーパーもペンタックスSPも、全画面平均測光である。測光する画面全体から一様に被写体光をとりこみ、特にウェイトを付けない測光方法だ。同じころ登場したキヤノンぺリックス(1965)やキヤノンFTQL(1966)では画面中央の小面積の部分のみを測光する部分測光を採用していたが、これは多分に測光光学系の都合によるものであろう。

全画面平均測光は逆光の場面や空が入った風景で画面内に明るい部分があると、そちらに引っ張られて主要被写体が露出不足になる傾向があり、一方部分測光では測光する部分の反射率に測光値が大きく左右されてしまうという問題点があった。そこで登場したのが画面の中央部から重点的に情報をとり、周辺からもある程度の情報をとるという「中央部重点測光」だ。その後多くの機種に採用されてTTL測光の定番となった方式だが、これを初めて採用したのが1967年発売のニコンFフォトミックTnであった。

測光光学系

中央部重点測光は、全画面平均測光よりも被写体の明るい部分の影響を軽減でき、部分測光のようなデリケートな面はない、いわば中間的な測光方法で1980年代に多分割測光が登場するまで主流となった。写真を撮影する際に多くの場合主要被写体は画面中央にあるので、そこから重点的に明るさの情報を取り込めばよいという思想である。

これを実現するのに、ニコンFフォトミックTnではCdS受光素子の直前に絞り板を置いた。ニコンFフォトミックTの測光光学系では受光素子の前にプラスチック製の非球面レンズを置いたのだが、その集光レンズでファインダースクリーンの被写体像を受光面に再結像し、その像を絞りで制限することで中央部重点測光の効果を出したのだ。こうすることにより、画面中央の直径12mmの領域から60%、それ以外の領域から40%というような感度分布をもつ中央部重点測光とした。実は部分測光を狙ったのだが、集光レンズの収差の関係で狙った範囲の外にも光線が回り込み、結果として中央部重点測光になったというような裏話を聞いたことがある。

中央部重点測光のもう一つの効果

なぜ中央部重点測光がよいのか?先に述べたように逆光や空が入る場面などで明るい部分の影響を軽減できるということが表向きの理由だが、実はそれにはもう一つ裏の理由もある。

TTL測光の場合、画面周辺からの光はあまり受光したくないのだ。ファインダースクリーンの画面周辺に入射してスクリーンで拡散された光の一部が受光素子に入射するわけだが、その受光素子に入射する光の強さはいろいろな要素の影響で変化する。例えばファインダースクリーンのマット面の拡散特性、撮影レンズの射出瞳の位置、絞りの値などである。そしてその結果、撮影レンズの明るさが1段暗くなっても受光素子面の明るさが正確に1/2とならないというように測光の精度に影響してしまうのだ。ニコマートFTやニコンFフォトミックTではこれを撮影レンズの開放F値をセットする目盛の間隔で補正しているのだが、より厳密に測光するには、画面周辺から受光素子に入射する光を制限する必要がある。これが中央部重点測光の隠れたもう一つの目的だった。

そしてこのことが、続いて登場するニコマートFTnやニコンフォトミックFTnの「ガチャガチャ方式」への布石となっていたのである。

ニコンFフォトミックTとの外観上の違い

ニコンFフォトミックTとTnでは外観がほぼ同一で、ほとんど見分けがつかない。唯一の違いは正面からみて左上にある電源スイッチの部分だ。外光式のフォトミックの後期から側面のボタンと上面のボタンで操作する独自の電源スイッチが設けられているのだが、ニコンFフォトミックTnではその上面にあるボタンの前方に小さな白いボタンが設けられ、さらにボタンの後方には小さく"N"の文字が刻印されている。

ニコンFフォトミックTn[ニコンの系譜] Vol.11説明画像
フォトミックTとの外観の違いは電源スイッチの前方にある白いバッテリーチェックボタンと、電源スイッチの後方の”N”の刻印のみだ

この白いボタンはバッテリーチェックで、押すと内部で受光素子が切り離され、代わりにチェック用の抵抗器が挿入される。そのとき電流計指針がチェック用の指標まで振れれば電池がOKということだ。

なお、刻印されている"N"は英語の"Narrow"の頭文字で、測光受光角が狭い、つまり中央部重点測光であることを表している。

露出計連動機構と絞り値表示窓

ニコンFフォトミックTnの露出計連動機構は、外光式の初代フォトミック以来の電気的な連動方法を踏襲しており、電流計指針を定点に合わせる、「定点式」を採用している。なお、撮影レンズのカニ爪の動きは露出計回路に接続された可変抵抗のブラシの動きとなるのだが、そのブラシリングを利用して設定絞り値が接眼部の上方にある窓から読み取ることができるようになっている。これも初代フォトミックからの継承だ。

なぜこのような絞り値表示窓を設けたかというと、その理由はフォトミックファインダーの大型化にある。外付けのニコンメーターの場合はカニ爪の動きを露出計に伝えるメカは比較的シンプルで薄いスペースに納まったのだが、フォトミック系ではカニ爪に噛んで絞り値を伝える連動ピンを案内するレール、その動きを引いてきて回転方向を直角に変換し、ブラシリングに伝える歯車列などがペンタプリズム前面のスペースに配置され、そのため前方にせり出したネームプレートの部分でレンズの絞りリングが隠れて見づらくなってしまったのだ。それをカバーするためにフォトミックファインダー後方から絞り値を確認できるようにしたわけで、ニコンらしい細やかな配慮と言える。

ニコンFフォトミックT説明写真
絞りの連動機構を収納するため、フォトミックファインダーのネームプレートが前方にせり出してきて、その陰になって絞りリングが上から見づらくなった。そこで絞り連動リングの位置を利用して設定絞り値を接眼部上の窓で読み取れるようにした。これは初代の外光式フォトミックから採用されている

豊田堅二|プロフィール
1947年東京生まれ。30年余(株)ニコンに勤務し一眼レフの設計や電子画像関連の業務に従事した。その後日本大学芸術学部写真学科の非常勤講師として2021年まで教壇に立つ。現在の役職は日本写真学会 フェロー・監事、日本オプトメカトロニクス協会 協力委員、日本カメラ博物館「日本の歴史的カメラ」審査員。著書は「とよけん先生のカメラメカニズム講座(日本カメラ社)」、「ニコンファミリーの従姉妹たち(朝日ソノラマ)」など多数。