ニコマートFTnのマイナーチェンジ
1967年に発売されたニコマートFTnは、ニコンとしては大ヒット作となった。ライバルメーカーのミノルタSRT101だとかアサヒペンタックスSPなどに伍して、けっこうな数が売れたのである。そのため商品寿命も長くなり、TTL-AE機のニコマートELが出たあとでも、自動露出がない代わりに安価な兄弟機として存在し続けた。
ただ、時代が進むとさすがに機能上の古さが目立ってきたのである。そこでテコ入れのためにニコマートFTnにマイナーチェンジを施し、1975年に登場したのが「ニコマートFT2」なのだ。
ホットシューの追加
ニコマートシリーズがスタートしたころは、アクセサリーシューを設けていない一眼レフが多かった。主な理由はデザイン的なものだが、そもそもアクセサリーシューはレンズ交換時に外付けファインダーを取り付けるためのもので、一眼レフには不要なものというような風潮もあったのだ。しかし、時代が進むにつれてクリップオンタイプのフラッシュガンやストロボが普及し、それらを使うにはアクセサリーシューが必須になってきた。そこでニコマート用にもペンタ部の上に装着して接眼保護ガラスのねじで固定する外付けのシューを用意したのだが、使用中に傾いたりして必ずしも使いやすいものではなかった。だからニコマートFTnの改良型を出すにあたって、アクセサリーシュー、それも直結式のシンクロ接点を備えたホットシューを設けることは必須事項だったのである。
タイムラグ自動切換え
ただ、ここで問題は複数のシンクロ接点への対応をどうするかということだ。当時はまだフラッシュバルブも使用されていた。ストロボに比べ大光量で、しかもフォーカルプレンシャッターでも高速シャッターで使えるフラッシュバルブへの需要がまだあったのだ。しかしフラッシュバルブの場合、ストロボと違ってシンクロ接点がオンになってから十分な光量に達するまでタイムラグが大きい。そこでフラッシュバルブ用にシャッターが動作する少し前にオンになるシンクロ接点を、ストロボ用のX接点の他に備えておいて、場合に応じて使い分けるようにしていた。当時の一眼レフで、シンクロ接点のPCソケットが2個並んでボディに設けられているものをよく見かけるが、これはストロボ用のX接点と、FP級のフラッシュバルブ用のFP接点で、そのどちらかのソケットにシンクロコードを接続して使うものだ。
ニコマートFTnでもこの方法をとった。カメラボディの端にX接点とM接点のPCソケットが並べて設けられている。FP接点ではなくM接点としたのは、スクエア型のフォーカルプレンシャッターの幕速が速いので発光時間が長いFP級のフラッシュバルブを使わずとも済んだからである。
ところがホットシューにすると、接点が1つしか使えない。実は少し前に兄貴分のニコマートELがホットシューを採用しているが、これはシャッターダイヤルのところに接点の切り換えスイッチを設けている。それに対してニコマートFT2では「タイムラグ自動切換え」という方法を採った。シャッターダイヤルに連動して低速ではX接点、高速ではM接点に自動的に切り換えてしまうのである。シンクロ同調速度の1/125秒よりも速いシャッター速度ではストロボが使えないので、フラッシュバルブ用のM接点に、それよりも遅い速度ではストロボ用にX接点とするわけだ。この方法はニコンF2にも使われている。
フィルム感度設定のロック
外観からわかるもう1つの変更点にフィルム感度設定がある。フィルム感度設定のレバーにロックが加わったのだ。ニコマートFTnと同様にレンズマウント周囲のシャッターダイヤル部にある小さな指標を爪の先で動かし、感度目盛に合わせるのだが、その際にシャッターダイヤルの操作レバーの先にあるロック解除ツマミを引っ張ってロックを外した状態で動かすようになったのだ。
もともとニコマートFTのフィルム感度設定にはロックがあった。これはレンズの開放F値設定を兼ねていたので操作する頻度が高く、確実に操作できて不用意に動かないような構成にする必要があったからである。ニコマートFTnになってガチャガチャ機構が入り、レンズを交換するたびに設定しなおす必要がなくなったので、より簡単な構成にしてロックなしとしたのだが、このニコマートFT2にいたってはロックが復活した形になったのだ。いったいなぜまたロックが復活したのだろうか?
実はこれ、意図しない設定変更を防ぐための対応策なのである。このレンズマウント周囲には露出計連動用の可変抵抗が組み込まれている。絞り連動リングには抵抗体を塗布したシートが貼り付けられ、シャッターダイヤルにはブラシが設けられてその相対的な位置関係で抵抗値が決まるのだが、その相対的な位置関係をフィルム感度設定によってずらすような構造になっている。設定値を保持するのは摩擦力だけなので、シャッターダイヤルを1/1000秒やバルブまでもってきて、制限にカチンカチンと当てて行くと、次第にフィルム感度の設定が動いてしまうという事故が生じたのだ。まあ、そんな使い方をされることはめったにないのだが、そうかといって知らぬ間に設定したフィルム感度がズレてしまうというのはまずい。そこでニコマートFT2にマイナーチェンジをする機会にロック機構を加えたということなのだ。
連動露出計
TTLの連動露出計関連は「ガチャガチャ」も含めてニコマートFTnの構成をそのまま踏襲している。ただ、電源電池は水銀電池H-D(MR9)から銀電池G13(SR44)に変更された。同じ形状のアルカリ電池LR44は定電圧特性が劣るので使えない。また、ボディ上面から露出を確認するためのメーター指針窓にプラスとマイナスの表示が加えられた。ファインダー内の表示には、ニコマートFTnのときからこの表示があったのだが、このニコマートFT2で外部表示にも追加されたということだ。
豊田堅二|プロフィール
1947年東京生まれ。30年余(株)ニコンに勤務し一眼レフの設計や電子画像関連の業務に従事した。その後日本大学芸術学部写真学科の非常勤講師として2021年まで教壇に立つ。現在の役職は日本写真学会 フェロー・監事、日本オプトメカトロニクス協会 協力委員、日本カメラ博物館「日本の歴史的カメラ」審査員。著書は「とよけん先生のカメラメカニズム講座(日本カメラ社)」、「ニコンファミリーの従姉妹たち(朝日ソノラマ)」など多数。