ニコマートFTn[ニコンの系譜] Vol.12メイン写真

中央部重点測光版のニコマート

ニコンFフォトミックTnが発売された1967年、半年後の10月にニコマートFTnが発売された。順番から言えばニコマートFTにフォトミックTnで開発された中央部重点測光を組み込んだモデルということだが、実はそれだけではない。その後10年間にわたってニコンのTTL測光一眼レフに採用された「ガチャガチャ方式」を組み込んだ最初の機種なのだ。

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ガチャガチャ機構の一部をペンタ部前面の銘板の裏に収納したため、銘板が厚くなっている。また、絞り連動ピンの座はニコマートFTでは三角形だったが、その裏のリセットレバーを隠すため台形に変更された

ガチャガチャ方式とは?

「ガチャガチャ方式」といっても、それが何であるかを知っている人は、今ではごく一部のニコンユーザーに限られるだろう。ニコマートFTの項で述べたように、ニコンのカニ爪による絞りの連動は外光式の露出計用なのでTTL開放測光に必要なレンズの開放F値の情報が含まれていない。そこでレンズを交換するたびに装着したレンズの開放F値をフィルム感度目盛に合わせてセットする必要があった。これは煩わしいだけでなく設定忘れの危険性もある。そこでこの開放F値セットをなんとか改良しようとしてニコンが編み出したのが、ガチャガチャ方式なのである。

このガチャガチャ方式を採用したニコマートFTnでレンズ交換をしたときに、ユーザーはレンズを装着するとまず絞りリングを最小絞りまで回す。するとカチンと音がしてそれまでの設定がリセットされるので、次に絞りリングを開放F値の制限に当たるまで回す。その操作で新たに装着されたレンズの開放F値をカメラのTTL測光系にセットすることができるのだ。この開放F値まで絞りリングを回すときにガチャガチャと音が出るので「ガチャガチャ方式」と呼ばれるようになった。なお、これはあくまでも通称であって、ニコンが認めた正式な呼び名ではない。

ともかく、この機能によって古くからのニコンユーザーもレンズを交換するたびにフィルム感度を合わせなおすという煩わしい手続きなしに、手持ちのレンズで最新のTTL開放測光が使えるようになったわけで、画期的なことであった。その後このガチャガチャ方式はニコンのTTL一眼レフ全機種に組み込まれ、1977年まで10年の間続くことになる。

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この位置から見ると銘板の下に隙間が見えるが、この隙間からガチャガチャ機構のリセットレバーが顔を出して絞り連動リングのレバーと連携している

ガチャガチャ方式のメカニズム

では、このガチャガチャ方式は、どのような原理で動作しているのだろうか?基本はレンズのカニ爪がF5.6の位置に設けられているということだ。この位置から絞りリングを開放の位置まで回すと、そのときの回転角がそのレンズのF5.6から開放F値までの段数を表しているので、そこから開放F値の情報をボディ側に読み込み、それで露出計の連動機構を補正するというわけだ。

ニコマートFTnでは、絞りの連動リングを二重にしており、一方はレンズのカニ爪に連動して絞りリングの動きを伝え、もう一方は可変抵抗の抵抗体を塗布したフィルムが貼り付けられている。この抵抗体リングにはラチェットの歯が設けられており、カニ爪に連動するリングに設けられた爪がこのラチェット歯に落ち込むことで両方のリングが一体になって回転するようになっている。レンズ装着時に絞りリングを開放の位置まで回すと、その回転角に応じた位置で爪がラチェット歯に落ち込んで開放F値がセットされるわけだ。セット後は前述したように2つのリングが一体となって回り、開放F値の情報が加味された回転角が可変抵抗の値としてTTL測光の回路に取り込まれる。

この動作のときにカニ爪に連動するリングに設けられた爪が、抵抗体リングに設けられたラチェット歯の上をすべって行く音がする。その音が「ガチャガチャ方式」と呼ばれる所以なのだ。

共立出版刊「ニコンFニコマートマニュアル」より。ニコマートFTnのガチャガチャ機構の詳しい解説を紹介している。
カニ爪に連動するピンが設けられた絞りリングには爪③が取り付けられ、この爪が抵抗体リングのラチェット歯④の開放F値に対応する歯に落ち込んで連繋する。⑧は銘板裏のリセット機構
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絞り連動リングには、ガチャガチャ機構でセットした開放F値の表示目盛があり、うまくセットできたかどうかを確認できる

リセット機構

このガチャガチャ方式で、新しいレンズを装着したときは、それまでに装着されていたレンズの開放F値をリセットしなくてはならない。これはラチェット歯に落ち込んでいた爪を歯から外すことに相当する。ニコマートFTnの場合、そのためのメカがなんとペンタ部前面の銘板の裏に組み込まれているのだ。銘板の下部に隙間があり、その隙間からレバーが顔をのぞかせている。絞り連動リングのちょうどカニ爪に連携するピンのあたりに、ラチェット爪の一端が頭を出しており、レンズ装着後絞りリングを最小絞りまで回転する際にこれが銘板から出ているレバーに触れてラチェット爪がリセットされるのだ。銘板側のレバーはリセット後は引っ込み、次にレンズを外すまで顔を出さないという、巧妙な仕掛けになっている。

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シャッターボタンにはケーブルレリーズ用のテーパーねじの他にかぶせ式のレリーズねじも設けられており、ニコンFとケーブルレリーズを共用できる。巻き上げレバーを準備角分だけ引き出すと露出計のスイッチがオンになる。これはニコマートFTから備わっている機能

外観上の違い

ニコマートFTnは、FTのマイナーチェンジなので外観上よく似ているが、意外と区別は容易である。最も目立つのは銘板の厚みであろう。ニコマートFTでは単純な板であったが、FTnではガチャガチャ方式のリセット機構を銘板の中に組み込んだので、その分銘板が厚くなっている。また、絞り連動リングのカニ爪が連携するピンの取り付け部の形状が変わっているが、これはリセット用のメカを隠すためである。また、フィルム感度設定部のレンズの開放F値の目盛りがなくなったのでレンズマウント部にあるシャッターダイヤル周りはすっきりした。

ニコマートFTnはニコンFの弟分モデルとして人気を博し、1975年まで8年弱も売られ続けたロングセラーとなった。その間さまざまな小改良が加えられたが、中でも最も目立つのはフィルム巻き上げレバーとセルフタイマーレバーにプラスチックの指当てが付いたところだろう。これは1971年のニコンF2発売を受けての小改良で、ニコンFにもプラスチック指当てが追加された。

意外と知られていないのが、レリーズねじである。ニコンFやF2は一般的なテーパーねじではなくバルナックライカと同様のかぶせ式のねじ、つまりシャッターボタンの周囲にねじを切った形式のものであった。ニコマートはFTやFSでは一般的なテーパーねじを採用していたのだが、ニコマートFTnの途中からシャッターボタン周囲にかぶせ式のねじを加え、両方の形式のケーブルレリーズを使えるようにした。これはその後もニコマート系のモデルに引き継がれ、ニコンFM、FEにいたるまで続いた。


豊田堅二|プロフィール
1947年東京生まれ。30年余(株)ニコンに勤務し一眼レフの設計や電子画像関連の業務に従事した。その後日本大学芸術学部写真学科の非常勤講師として2021年まで教壇に立つ。現在の役職は日本写真学会 フェロー・監事、日本オプトメカトロニクス協会 協力委員、日本カメラ博物館「日本の歴史的カメラ」審査員。著書は「とよけん先生のカメラメカニズム講座(日本カメラ社)」、「ニコンファミリーの従姉妹たち(朝日ソノラマ)」など多数。