ニコンフォトミックFTn[ニコンの系譜] Vol.13メイン写真

ガチャガチャ方式の第二弾

ニコマートFTnで開発されたガチャガチャ方式は、ユーザーから歓迎された。交換レンズの装着時に絞りリングを最小絞りと開放の間で往復させるという一定の儀式は必要だが、そのたびにレンズの開放F値を読み取ってフィルム感度目盛に合わせなおすという煩わしい作業をすることなく、手持ちのニコンFマウントのレンズがそのまま最新のTTL測光機に使えるわけで、正にこの方式はユーザーにとってもメーカーにとっても救世主となった。

で、次はこの方式をフラッグシップ機のニコンFに組み込む番である。そうして登場したのがニコンフォトミックFTnで、1968年に登場した。フォトミックファインダー単独では中央部重点測光の「フォトミックTn」にガチャガチャ方式のメカを組み込んだ「フォトミックFTn」ファインダーに変わったのだが、それを装着したカメラの名称は「ニコンFフォトミックFTn」だとちょっと語呂が悪いと思ったのか、"F"を省略して「ニコンフォトミックFTn」となった。

絞り連動のメカニズム

ニコンフォトミックFTnの開発にあたって、ニコンは絞りの連動機構を全面的に見直した。フォトミックの場合、カニ爪の動きを伝えるピンは、円弧状の軌跡を描いて動く。そこでフォトミック側にある連動ピンをガイドするレールを銘板の部分に設け、それにそって連動ピンを動かすような機構を採用していたのがそれまでのフォトミックだったのだが、フォトミックFTnではこれを四節リンク、一般にはパンタグラフと呼ばれる機構で置き換えた。四節リンクというのは、4本の腕を両端のピンで回転可能に結合したもので、別名のように電車のパンタグラフや製図関連の機器に用いられている機構だ。カメラ関連ではスクエア型フォーカルプレンシャッターの幕を構成する薄板を2本のアームで平行に動かす機構が、これに相当する。

この四節リンクを用いることにより、連動機構に必要なスペースをかなり縮小することができた。これはフォトミック全体の小型化にも貢献している。そのことは正面から見たネームプレートの部分の面積が小さくなっていることからもわかる。

ニコンフォトミックFTn[ニコンの系譜] Vol.13説明写真
フォトミックFTnファインダーの固定機構。大型のレバーで操作する左右一対のレバーで、銘板を抱え込むようにして固定する

小型化の恩恵

こうして小型化を実現したことは、いくつかのメリットをもたらした。フォトミックなどの交換ファインダーをニコンFのボディに着脱する際は、ファインダースクリーンの上に左右から出てくる爪を背面のボタンを押して退避させて行う。つまりその爪がファインダー部をボディに固定しているのだが、フォトミックのようにファインダー部が大型になってくると、爪の強度が心もとなくなってくるのだ。そこでフォトミックFTnでは絞り連動機構の変更で空いたスペースを利用して固定用のレバーを追加した。このレバーを操作する爪でボディ側のネームプレートを左右からがっちり抱え込んで固定するのだ。もともとは外付けの連動露出計ニコンメーターで行われていた固定方法で、操作はちょっと複雑になるが、より確実に固定できるようになった。それまでの左右の爪による固定も残っていた。

また、ネームプレート部分が後退したので、それまで隠れて見えなかった絞りリングの絞り表示が見えるようになった。そのためフォトミックTnまでファインダー背面の接眼部の上に配置されていた絞り表示窓は廃止された。もっとも、ガチャガチャ機構のためこの位置まで絞りの絶対値の情報を引いてくることができなくなったという事情もあると思われるが。

ニコンフォトミックFTn[ニコンの系譜] Vol.13説明写真
小型化によってフォトミックの銘板部が後退したので、レンズの絞り目盛が上方から確認できるようになった。なお、この銘板正面にはガチャガチャ機構で設定したレンズの開放F値確認用の窓が設けられている

あと、小型化のメリットということではないが、フォトミックTnにあったバッテリーチェックの白いボタンはなくなり、その代わり電源オフの状態で上面のボタンを押し下げることによりバッテリーチェックができるようになった。この電源スイッチは初代フォトミックの途中から使われてきたもので、ファインダー部横の小ボタンを押すとそのすぐ上の上面にあるボタンが飛び出してスイッチがオンになる。そしてこの飛び出したボタンを押し込むとスイッチオフとなるものだが、さらに上面のボタンを押し込むことによってバッテリーチェックの機能を持たせたものである。なお、HD(MR9)タイプの水銀電池2個を収納する電池ケースも、それまでのサイドから出し入れするものからファインダー部を外して下から出し入れする形式に変更になった。

ガチャガチャ方式のメカ

露出計の連動メカは、ニコマートFTnと違って絞りリングとシャッターダイヤルの回転軸の方向が違うため、けっこう複雑になる。これまでのフォトミックと同様にペンタプリズムの屋根の周囲に絞りリングとシャッターダイヤルの動きを引いてきて、可変抵抗により測光回路に情報を入力しているのだが、フォトミックFTnではその手前、四節リンクの動きを受けた扇型のギアのところでラチェット歯と爪の連携を行って開放F値の読み込みと設定を行っている。径の大きな可変抵抗のところよりもこちらの方が摩擦などの面で有利と判断したのだろう。

設定された開放F値をリセットする機構の面でも、このフォトミックFTnは四節リンクによる機構のメリットを生かしている。レンズを装着した際、フォトミックの連動ピンがカニ爪と連携するときに一度ピンがカニ爪の側面に押し上げられてから爪の谷部に落ち込む。この押し上げられる動作を拾ってリンクのレバーがラチェット爪を外すのだ。ニコマートFTnの銘板裏の機構を付加することなくリセットが可能になっている。

共立出版刊「ニコンFニコマートマニュアル」より。フォトミックFTnのガチャガチャ機構の詳しい解説を紹介している。
③が四節リンク機構で、その動きを爪⑥まで導いてくる。この爪⑥がラチェット歯⑦のどの歯に落ち込むかで、レンズの開放F値を伝える

引き継がれた連動機構

このフォトミックFTnで、ニコンのフォトミック系のTTL測光系はほぼ完成の域に達した。四節リンクを用いた巧妙な仕掛けはその後ニコンF2のフォトミックにも引き継がれ、1977年のAI化まで続いた。このガチャガチャ方式のおかげでニコンの一眼レフのユーザーはレンズ交換時の儀式が癖になってしまい、後年その必要がなくなったAI方式のレンズでも、レンズ装着時に無意識に絞りリングを最小絞りから開放まで往復させてしまったというようなエピソードも残っている。


豊田堅二|プロフィール
1947年東京生まれ。30年余(株)ニコンに勤務し一眼レフの設計や電子画像関連の業務に従事した。その後日本大学芸術学部写真学科の非常勤講師として2021年まで教壇に立つ。現在の役職は日本写真学会 フェロー・監事、日本オプトメカトロニクス協会 協力委員、日本カメラ博物館「日本の歴史的カメラ」審査員。著書は「とよけん先生のカメラメカニズム講座(日本カメラ社)」、「ニコンファミリーの従姉妹たち(朝日ソノラマ)」など多数。