一眼レフボディと交換レンズを接点で結び電気信号の通信でオートフォーカス(以下:AF)を行うシステムは、キヤノンの場合1985年発売の「キヤノンT80」(以下:T80)から始まった。電気接点を備えるFDマウントを採用し、標準単焦点、標準ズーム、望遠ズームの3本の専用レンズ(ACレンズと呼ばれる)が用意されていた。それまでも同社にはレンズ単体でAFを可能とする「FD 35-70mm F4 AF」(1981年発売)が市販モデルとして存在したが、T80は同社AFシステムカメラへのある意味ブレイクスルーとなったモデルと述べてよい。

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「キヤノンT80」と3本のACレンズ群。カメラに装着しているのは単焦点標準レンズの「AC 50mm F1.8」、その右は標準ズームの「AC 35-70mm F3.5-4.5」、後ろは望遠ズーム「AC 75-200mm F4.5」となる。レンズ先端飾りリング内の赤いリングがACレンズの目印
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ただし、ここで"ある意味"と称したのには訳がある。現在の状況を見ても明確であるように、このシステムが同社AFカメラのメインストリームとはならなかったからだ。すでに多くの読者の方はご存知だと思うが、そこにはT80発売に先駆ける2ヶ月前に登場した「ミノルタα-7000」(以下:α-7000)の存在があまりにも大きかったからである。

AF方式は、T80の場合測距に時間のかかるコントラスト方式を採用したのに対し、α-7000では測距の速い位相差方式を採用。その違いは決して小さくなく、先行して発売されたα-7000は、後発のT80を凌駕していたのだ。それは、キヤノンの開発陣は合焦精度を上げることにあまりにも注力しすぎてしまい、合焦スピードのことを忘れてしまったかのように思えるほどである。マウントも旧態然としたFDとは異なり、ミノルタはそれに合わせてまったく新しい規格としたことも当時としては先進的であった。

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操作部材が少なくすっきりとしたトップカバーを持つ「キヤノンT80」。AFはCCDラインセンサーによるコントラスト検出方式を採用する。T80に装着しているレンズは、ACレンズとしては唯一の単焦点レンズ「AC50mm F1.8」
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さらに搭載する撮影モードの違いも大きかった。α-7000は絞り優先AE、シャッター速度優先AE、プログラムAE、マニュアル露出とユーザーの要望に応じて自在に選べたのに対し、T80はプログラムモードと、被写体の状況や撮影意図などに応じてトップカバーのディスプレイに表示する4つのピクトグラム(イラスト)からも選べるというシンプルなもの。ちなみにピクトグラムは、深い被写界深度の得られる"ディープフォーカス"、高速のシャッターで動体撮影に対応する"ストップアクション"、浅い被写界深度となる"シャローフォーカス"、流し撮り用の"フローイング"をラインナップ。しかもプログラムも含めどのモードも絞り値およびシャッター速度はトップカバーのディスプレイにもファインダー内にも一切表示されないという恐ろしく割り切ったものである。ビギナー向けとして思いっきり振ったと言えばそれまでだが、反面それ以外のユーザーを呼び込むにはかなり厳しく、私の記憶でもこのカメラが発売された当時、写真愛好家の話題になるようなことはほぼなかったように記憶している。

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ディスプレイにはプログラムモードのほか、4つのピクトグラムモードを表示する。左よりディープフォーカス/ストップアクション/シャローフォーカス/フローイングで、写真はシャローフォーカスを選択した状態
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とにかくT80はリリースされた瞬間から、残念ながら勝負は決まっていたのである。同社の開発者や設計担当者などがどのような面持ちで当時世に送り出したのか知るよしもないが、おそらくは苦渋の決断であっただろう。同時にこれがEOSシリーズ開発へのトリガーのひとつとなったことは疑いようのない事実である。実際その2年後の1987年に登場するEOSシリーズは、測距スピードの速い位相差方式のAFに、ボディとレンズとの伝達は電気信号のみとする完全電子マウントの採用、レンズ内にはACレンズ同様AF駆動用のモーターを内蔵しているものの、その出っ張りはなく、一部のレンズにはより高速で高精度の超音波モーターUSMの搭載など圧倒的スペックを纏い登場する。今になって思えば、T80は同社にとってEOSシリーズへのあだ花だったのである。

改めてT80を手に取ると、そのような経緯がありながら今の時代まで生きながらえてくれたこともあり、とても愛おしく思える。Tシリーズのデザインテイストを受け継ぐボディシェイプは個人的に好みであるし、ホールドした印象も悪くない。専用とするACレンズ鏡筒の出っ張りも、愛嬌あるものに思えてくる。さらにマニュアルフォーカスのFDレンズの装着では、縦のスプリットと横のスプリットを組み合わせたクロススプリットはピントが合わせやすく、合焦したことをピー音で知らしてくれるフォーカスエイド機能も備わっており実に具合がよい。露出モードに関しては、強い割り切りが必要だが、それはそれで使いやすく感じられる。もちろん、ACレンズでのフォーカススピードは如何ともし難いし、絞り値やシャッター速度が表示されないのはやはり厳しいのだが。中古市場では比較的出会うことの多いカメラなので、購入された際はぜひ愛でてほしいと思う。

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FDマウントをベースにAF用の6つの接点を搭載するACレンズ。レンズ鏡筒の膨らみにはAF駆動用のDCモーターが入る。通常のFDレンズの装着も可能で、その場合フォーカスエイド機能が働く
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キヤノン本社のある新丸子の敷地内には、一般には公開されていない来客や社員教育用のためのミュージアム施設がある。祖業であるカメラの展示については特に力の入ったもので、これまで発売されたモデルが一同に鎮座するコーナーを大々的に設けている。7、8年ほど前に伺ったときは、その充実した展示内容に驚かされるとともに、キヤノンという企業のパワーを感じたが、残念ながらT80の姿をそこで見かけることはなかった。現在どのような展示内容となっているかは不明だが、もし変わってないようであれば、ぜひともT80も他のカメラと一緒に並べてほしい。このカメラはその後に登場するEOSシリーズ成功の礎となったことは間違いのない事実なのだから。


大浦タケシ|プロフィール
宮崎県都城市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌カメラマン、デザイン企画会社を経てフォトグラファーとして独立。以後、カメラ誌をはじめとする紙媒体やWeb媒体、商業印刷物、セミナーなど多方面で活動を行う。
公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。
一般社団法人日本自然科学写真協会(SSP)会員。