一年半続いた「近日発売」
1971年9月のニコンF2発売時に、「フォトミックSファインダー」という交換ファインダーがカタログに載っており、「近日発売」という一文がついていた。一見してモックアップとわかるような写真とともに簡単な仕様のみが書かれており、謎の多いこの交換ファインダーは、その後もカメラショーのカタログにも掲載されていたのだが、一向に姿を見せなかった。そして一年半後の1973年3月にいたってやっとのことでこの交換ファインダー「フォトミックS」とそれを装備した「ニコンF2フォトミックS」が登場したのだ。その外観はそれまでカタログに載っていたものとは全く違っていた。
キヤノンF-1の存在
なぜこうなったのだろうか?そのわけは、ニコンF2発売の半年前、1971年3月に発売されたキヤノンF-1にある。ニコンFに対抗して豊富なアクセサリーが使えるシステムカメラの最高峰として開発されたキヤノンF-1に、ニコンにはない2つの先進的な交換ファインダーが用意されていたのだ。絞りをモーターで制御してシャッター速度優先AEを実現する「サーボEEファインダー」と、増幅回路を内蔵してISO100でEv-3.5という暗所まで測光可能にした「ブースターTファインダー」である。ニコンとしては後れを取るわけには行かない。そこで急遽対抗馬となるような交換ファインダーを企画し、モックアップを作ってその写真とともに発表したのだ。しかし、実物の方はそう簡単に開発できるものではない。ということで、実際の商品がでるまでに一年半かかってしまったということなのだ。
交換ファインダーと絞り駆動ユニット
キヤノンF-1に対抗する方法として、ニコンでは2つの交換ファインダーの機能を1つにまとめる方向で開発することにした。まず最新のエレクトロニクスを盛り込んで測光範囲を広げた交換ファインダーを開発し、それと連携するアクセサリーとして絞りリングをモーターで駆動するユニットを造る。こうすれば交換ファインダー単体では暗所まで測光できるフォトミックファインダーとして機能し、キヤノンのブースターTファインダーに対抗する。これに絞り駆動ユニットを装着することによってシャッター速度優先AEを実現する。こちらはキヤノンのサーボEEファインダーに相当するわけだ。こうして商品化されたのが、フォトミックSファインダーDP-2とEEコントロールユニットDS-1だったのである。
なお、ニコンF2からはすべてのアクセサリーにアルファベットと数字を組み合わせたコードネームを付加することになった。ファインダーに関するアクセサリーは最初に"D"が付き、そのあとに種類を表すアルファベットがくる。フォトミックファインダーは"P"となり、通常のフォトミックファインダーはDP-1、フォトミックSファインダーがDP-2。EEコントロールユニットは"S"がついてDS-1というわけだ。
LED表示の採用
フォトミックSファインダーの露出表示は電流計ではなく、LEDが採用された。それまでも露出計表示に豆ランプを用いた例はいくつかあったが、その豆ランプの代わりにLEDを使ったのだ。今でこそLEDは表示素子や照明の形で広く使われているが、当時としてはまだ珍しい存在であったので、将来性を見越した大英断だったのだが、残念ながら「世界初」はフジカST801にもっていかれた。
露出オーバーを表示するLEDと、露出アンダーを表示するLEDの2個のLEDを用い、両方が点灯すると適正露出という構成だ。これらはフォトミックSファインダーの上面に表示するとともにファインダー内でも確認できるようにした。
制御回路はハイブリッドICとした。ハイブリッドICというのはモノリシックIC(半導体IC)とは違い、セラミック基板上に配線パターンや厚膜抵抗体を形成し、それにトランジスタやコンデンサーなどの部品を搭載したものでICというよりはプリント基板アセンブリーに近いものだ。この制御回路を工夫することにより、測光範囲をISO100 F1.4でEv-2まで伸ばした。キヤノンブースターTファインダーのEv-3.5には及ばないが、当時としては驚異的な高感度を実現したのである。
EEコントロールユニット
キヤノンF-1のサーボEEファインダーに相当する機能を持つものが、EEコントロールユニットだ。これはフォトミックSファインダーに接点を設け、測光回路からのデータをもらって絞りを制御し、自動露出を実現する構成とした。LEDによるオーバー/アンダー表示なので、その信号をそのまま導入し、オーバー表示なら絞りを絞る方向に、アンダー表示なら絞りを開ける方向にモーターで駆動すればよいわけだ。
キヤノンの場合はFDレンズにボディ側から絞りを制御するレバーが備えられているので、それをサーボEEファインダーから駆動するようになっているが、ニコンFマウントの交換レンズには備えられていない。そこでレンズの絞りリングを直接モーターで駆動することにした。EEコントロールユニットから張り出したリングをレンズマウントの周囲に合わせて装着すると、レンズの絞りリングに設けられた絞り連動爪(カニ爪)の両サイドを挟んでリングが回転し、絞りリングを回すのだ。当初は絞りリングのクリックが駆動の邪魔になるのではないかと考え、クリックを除いた特別なレンズを造ることも考えたが、やってみると問題なかったのでそのままとしたということである。
もう一つ、キヤノンとの違いは電源電池である。キヤノンのサーボEEファインダーは本体に電池は内蔵しておらず、別途用意された電源ユニットからケーブルで供給するか、あるいはモータードライブと電源を共用するようになっていた。ニコンのEEコントロールユニットは専用のニカド電池を本体に収納するような形で充電器も用意され、ずっとスマートになった。そのためかこのEEコントロールユニットは当初の予想以上に数が出たそうである。キヤノンのサーボEEファインダーがどのくらいの数量が売れたのかわからないが、おそらくニコンの方がかなり多かったのではないかと推測される。
自動露出を実現するためにレンズの絞りリングをモーターで回すという、文字通りの力技だが、被写体の明るさの変化に応じて懸命にギーコギーコと絞りリングを回す姿がメカ好きのマニアの琴線を刺激するのか、現在でもこのEEコントロールユニットを入手してリチウム電池が使えるよう改造し、動かして面白がっている人もけっこう多い。
豊田堅二|プロフィール
1947年東京生まれ。30年余(株)ニコンに勤務し一眼レフの設計や電子画像関連の業務に従事した。その後日本大学芸術学部写真学科の非常勤講師として2021年まで教壇に立つ。現在の役職は日本写真学会 フェロー・監事、日本オプトメカトロニクス協会 協力委員、日本カメラ博物館「日本の歴史的カメラ」審査員。著書は「とよけん先生のカメラメカニズム講座(日本カメラ社)」、「ニコンファミリーの従姉妹たち(朝日ソノラマ)」など多数。