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「Virtual Cinema」は、「XR Experience」へ

2022年のSXSWが3月11日から20日まで米テキサス州オースティンで開催された。リアルとオンラインのハイブリッド開催となった今年は、映画祭の一部として2017年からスタートした「Virtual Cinema」が「XR Experience」に変更となった。名称通り「体験する」コンセプトになったようだ。

映画祭の一部として体験すべく、プレス向けプレイベントのVRゲーム「Gumball Dream」で1時間半もの大冒険に(エイリアンに変身して)挑戦したり、Immersive storytelling特別賞を受賞した「(Hi)story of a Painting: The Light in the Shadow」を見せてもらったりした。いずれもストーリーテリングの緻密さと芸術的表現の進化を目の当たりにし驚愕した。

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(Hi)story of a Painting:The Light in the Shadow

フランス人アーティストCeline TricartのXREの歩き方

そもそもVR作品に興味を持ったのは、2018年のSXSW映画祭からだ。毎年SXSWに参加しているというオースティン在住のアーティストで芸術の先生に勧められたVRドキュメンタリー作品「The Sun Ladies(7分)」を見たからだ。

ISISに性奴隷として拉致された女性たちが、逃げ切れた仲間と復讐のための部隊を組織し、自身の名誉と尊厳を取り戻そうと闘う物語だ。360°の映像で展開するドキュメンタリーで、彼女たち一人一人の気持ちを全身で感じ取る感覚があった。映画で味わう余韻とは違うメッセージの伝え方に興味を持ち、それ以来、映画祭では必ずVR作品をチェックするようになった。

翌年、釜山国際映画祭の「VR CINEMA」で一番衝撃を受けたのが、体験型のVR作品「The Key(20分)」だ。難民の経験をインタラクティブに体験する作品で、部屋に突然、不気味な物体が襲ってくるところから始まる。コントローラーの使い方に慣れていなかったので、部屋の隅に追いやられ逃げ場を失い本当に恐怖を感じた。そして次々と奇妙な場所に連れて行かれ、最後に荒れ果てた街の写真が登場する。難民になる前に住んでいた街の様子だ。難民となった主人公の夢の世界だったと気づくのだ。

両作品を作ったフランス人アーティストCeline Tricartが今年のKeynote Speakerとして登壇した。ほんの数分の作品でこれほど深く物語を伝えることができる彼女は、自身をストーリーテラーであるという。そしてメディアの進化といかに適応するかについてシンプルな視点を語った。

ステージに登場した彼女は、自身がどのように3つのメディア(本、テレビ・映画、VR)を渡ってきたのかを語った。作家になりたかった10代、中高生のときにテレビに夢中になり、フィルムスクールに入学。改めて物語を作ることが好きな自分に気づいたと同時にテクノロジーに興味を持ち、渡米して大手映画会社で3Dエンジニアをしていたという。Facebookがoculusを買収した2014年から、新メディアとしてヴァーチャルリアリティの可能性が注目され、ストーリーテリングが必要だと言われるようになった際に、ビデオゲームに夢中になったそうだ。

いずれもストーリーテリングが基本にある。彼女がユニークな点は、ストーリーシェアリングとストーリーリビングという言葉を同時に使っていたことだ。マーケティング的には共有と体験という言葉になると思うが、後述するNFTへの考え方にもつながる彼女の視点は、エンターテインメントを楽しみながらメッセージをいかに伝えるかについて真摯な姿勢があるように感じる。

続いて没入感を体験するために重要な視点について語った。映画はスクリーンの方向に顔を向けて三人称の視点で物語を見るが、VRは物語の世界の中心にいる状態だとし、1947年の映画「湖中の女」(登場人物の一人称の視点で撮られた作品)を紹介。続いてシェアリングについて、ストーリーテラー(作家)と参加者が一緒にストーリーに向かって働きかける視点が生まれるのだという。つまりアイデアをシェアすることでさらに新しいアイデアが生まれるというのだ。

彼女に大きな影響を与えたものとして「L.A.R.P.(Live Action Role Playing Game)」(ライブRPGのこと)があるそうで、最も没入感があるものだと思っているという。彼女が実際に体験した例として「ゲーム・オブ・スローン」の衣装を着て物語の世界観でキャラクターになりきったり、「エビータ」の世界観の中で記者役を演じながら1945年のアルゼンチンで起きた革命のスピードを体感したりしたのだそうだ。

L.A.R.P.をすることは、演じ共感し感情がつながることで、ストーリーテラーとして興味深いという。様々な世界に身体的にも感情的にも魂から没入することは、全てがクリエイティブなストーリーテリングなのだと続ける。さらに改めて技術とは使うものであり、より良い世界を作るために利用するものだと言及した。

「物語に没入するために、新しいメディアを使うことは魅力的な事だ」と語る彼女は、ストーリーテリングにおいてNFTもブロックチェーンも新しいコミュニケーションの手段だろうと続ける。「一緒に物語をシェアすること、サポートし合うことで、現実での価値を守りながら、未来のメタバースをみなさんと一緒に築いていきたい」と続け、「近い将来、豊かで興味深いストーリーシェアリングになるだろう」と講演を締めくくった。

今年1月に開催されたサンダンス映画祭では、全編をソーシャルVRプラットフォームであるVRChatの世界で撮影したドキュメンタリー映画「We Met in Virtual Reality(91分)」が上映されたとのニュースがあった。パンデミック下での内省を描く野心的な作品との評価があったそうだが、SXSWも野心的な作品が集まる映画祭だ。今年の参加者たちが課題やアイデアをシェアし合い、来年の映画祭で新しい技術を使った豊かなストーリーテリングを見せてくれることことに期待したい。