2022年のBreakout Trendは?
2022年のSXSWのInteractive Innovation Awardsでも、フルオンライン開催だった2021年と同様にBreakout Trend(会期中に一番話題になった事)が発表されなかった。昨年のレポートでは「New Social Contract」と予報をしたが、今年も同じように予報をしてみよう。
キーワードとしては、前回のレポートでも「5分歩けば何かしらのNFT/メタバースにぶち当たる…」と触れたように「NFTでした!」と言いたいところではあるが、SXSWコミュニティは数年前からHype(一時的な流行)から距離を取っていることもあるため、慎重に考えたい。
今年のSXSWは「Own(自分自身の)」というキーワードが目立った。もちろんSXSWはインデペンデントな創造性を称賛するイベントなので、もともと「Own」はよく聞く単語ではあるが、今年はその言葉の意味合いや様相の変化を今までよりも具体的に感じることができた。
ということで「Own」というキーワードをもとに、SXSW2022を総括していきたい。
そこら中にあったNFT!「Own "Community"」の魅力と魔力を語るシリアル起業家
今年はそこら中に溢れていたNFTだが、SXSWでは2017年頃からスマートコントラクトやブロックチェーンという文脈で広く議論がされてきた。明らかに今年様相が変わったのは、その話者が技術者やテック系の専門家から、より一般のクリエイターに変わった事が大きい。まさに「実施・普及」のフェーズとなった事だろう。
そんな状況に疑問を投げ掛けたのが、毎年SXSWに登壇するシリアル起業家のマーク・キューバンだ。マークは自身が新たに手掛けるFiresideというクリエイタープラットフォームについてのセッションで、コンテンツの未来について議論を交わした。
果たして「NFTバブル」は本当に持続可能なのか?
NFTやメタバースといったものを包括的に表すWEB3.0について質問をされると、マークは「技術面では簡単だが、根本的な課題は持続的な参加を維持し、サスティナブルなものにしていくことだ」と警笛を鳴らした。
Firesideでは、通常のプラットフォーム同様にクリエイターがコンテンツを作り視聴者に配信するが、根本的にビジョンが異なるという。クリエイターと視聴者の垣根を無くす事で、次第にコ・クリエイターの関係になっていくだろうと、マークはエンターテインメントの未来像を話した。
WEB3.0時代に向けて、クリエイターは視聴者を巻き込みながら制作するスタイルを身に付け、視聴者はクリエイターを支えるコ・クリエイターとなることを求められる。そもそもクリエイティブのプロセスと、コンテンツ消費のプロセスが異なる、ということを理解しておくことが重要だ。
例えばクリエイターが低価格でコンテンツを配信し、それを視聴者が二次創作すると、その収益の一部が最初のクリエイターに還元される。このようなNFTを通じたクリエイティブコミュニティの広がりを、マークは「ゲートウェイ・ドラッグ」のようだとも語った。
今やインターネット黎明期のドットコムバブルの様相を示すNFTだが、その裏側には持続可能な「Own Community」をどれだけ作れるか?という隠れたテーマがあった。
ロシアの活動家とイーロン・マスクの弟が「Own "Value"」をつくるDAO組織のユースケースを紹介
SXSWの定番の顔となったロシアの活動家Pussy Riotのナディア・トロコンニコワと、イーロン・マスクの弟のキンボール・マスクが夢の登壇を果たした「Move Over NFTs. Here Come The DAOs」というセッション。ここではNFTブームの先にあるDAOについて、ユースケースをベースに議論が交わされた。
DAOとはブロックチェーン上に置かれた自律分散型組織で、それぞれに発行されたトークンをベースに意思決定を行う実行支配者が存在しないフラットな組織体である。
ナディアはLGBTQや女性のアーティストを支援する「Unicorn DAO」や、ウクライナを支援する「Ukraine DAO」を立ち上げている。「Ukraine DAO」では設立後間もなく700万ドルもの寄付金を集め、ウクライナに直接送られた。安全に国際送金ができない中でも、テクノロジーを活用することで直接現地への支援ができるため、昨年からSXSWで話題となっている「Protest Tech」の一つとも言える。
一方イーロン・マスクの弟であるキンボール・マスクは、元々は垂直型農業のアクセラレーターを設立し、SXSWでもここ数年間注目をされていたが、彼も「Big Green DAO」という慈善団体を新たに立ち上げて新たな社会貢献組織を形作っている。
国の政府や会社組織といった既存の枠組みよりも優れた透明性のあるガバナンスによって組織を作ることができ、コミュニティ以外の誰からも干渉されず意思決定を行うことができる事がDAOの特徴である。
キンボール・マスクは「僕は社長ではなく、コーチだ」と付け加えて、将来的にDAOという言葉がなくなり、株式会社や合同会社がこのDAOの考え方で運営される未来の姿を期待していると話した。
参加している全ての人が自分たちの価値(Own Value)を作り上げる可能性があるDAOの魅力と、今までの組織体型をガラリと変えてしまうDAOの魔力を秘めたエキサイティングなセッションだった。
スタートアップも「Own」の時代へ
もう一つ、面白かったセッションを紹介したい。聴覚障がい者に向けたスタートアップファンドCSD Social Venture Fundの全編手話で行われたセッション「Deaf Entrepreneurs:Stories that Change Perception」である。
女性向け、LGBTQ向け、黒人向け…と、それぞれに特化したVCがここ数年SXSWでも紹介されてきたが、聴覚障がい者向けのファンドとは初めて出会った。
CSD Social Venture Fundは、飲食店・フィルムカンパニー・税務サービスなど、Deaf-Own(聴覚障がい者が経営している)Businessに投資をしている。聴覚障がい者コミュニティの購買力は860億ドルとも言われており、ここに参入する当事者のスタートアップをもっと開拓していきたいとビジョンを語っていた。
SXSWのフィルム部門のセッションでも、トランスジェンダーをはじめ、当事者がその役を演じるべきだという議論がここ数年盛り上がっている。スタートアップビジネスも同じように、当事者がOwnする権利を得られる時代が期待されているのだろう。言い換えると、今まで当事者から搾取をしてきた人々がこれから炙り出されてくるという魔力も、同時に秘めているようにも感じた。
信じられる「Own "Trust"」をつくる、陰謀論を嘲笑う陰謀論
最後に紹介したいのは、今年のSXSWを象徴する新たなロックスター、ピーター・マッキンドーだ。ピーターは「Birds Aren’t Real」というムーブメントの仕掛け人で、バグパイプのメロディとともにスターのように登場し、オーディエンスから拍手喝采が集まった。
「Birds Aren’t Real」とは、全米中の鳥は既に絶滅しており政府の監視役のドローンだ…という陰謀論のパロディ活動である。17歳の時に田舎住まいで社会的な閉塞感を感じていたピーターが、一番馬鹿げたことをやってやろうとジョークでSNSに投稿したら、翌日には全米を賑わす社会現象になっていたそうだ。本当に信じてしまった人も、鳥を擁護しだす人たちも、ムーブメント自体を盛り立ててしまうメディアも…全てピーターが行った「簡単に陰謀論を信じてしまう人たち」という社会実験に踊らされていたのだ。
「2インチくらい調べればジョークだとわかるはずなのに、メディアもよく取り上げたね」とピーターは語った。スタートアップコメディアンも顔負けの生粋の皮肉屋である。
何が正しいのかがわからないこの時代において、このムーブメントは若者の一種の癒しとなっていたと言われている。嘘と分かりきっているのに、その情報に惑わされる滑稽な姿を見て笑うことを、ピーターはイヌイットの避難小屋に例えて話した。
寒さから自分たちを守るために、脅威である同じ素材の雪や氷でカマクラを作るみたいなものだ。混乱を引き起こしているものと同じ素材を切り取ることで避難所となった。恐がるのではなく、笑えばいい!
こうしてピーターはZ世代を象徴するアイコンとなり、SXSW2022を象徴するロックスターになった。
Distrust(信頼できない)な情報も、Own Trust(自分たちが信頼できるもの)に変わる可能性がある。意図的に作られた嘘でも時に人々の癒しや新たな課題を発見することにつながる、というのは今年のSXSWの他のセッションでも取り上げられていた事だった。
本セッションの冒頭で、SXSWのチーフプログラミングオフィサーのヒュー・フォレストは「コミュニティパワー」だと紹介した。まさに、コミュニティの魅力と魔力を象徴しているセッションだったと言えるだろう。
私たちは、これから何を「Own」するべきか
今年のSXSWは様々な「Own」の変化を感じる事ができた。Breakout Trend風にいうならば、「The Own-Era(自分自身の時代の到来)」とでも言うべきだろうか。
来年のSXSWに向けて、これから自分なりの「Own」を考えてみよう。
いや、まだSXSWは終わっていない。4月17日まではオンラインでVODが見られるので、更に自分と向き合っていこうと思う。ハイブリッドイベント、万歳!である。