Vol.64 バズワードに終わらせない、デジタルサイネージとDXとメタバースの関係[江口靖二のデジタルサイネージ時評]

メタバースとデジタルサイネージのあるべき関係性

DXという言葉を2022年にもなって声高に言うのもお恥ずかしい話なのだが、屋外広告、すなわちOOH界隈においては、デジタルサイネージは屋外広告のデジタル化だと認識している部分が未だに多い。今回はこの誤解を解き、同時にもう一つのバズワードであるメタバースとデジタルサイネージのあるべき関係性を考えてみる。

デジタルサイネージは街に飛び出すインターネットとして、インターネットをリアルな場所に拡張するものだ。人々にタイムリーな情報を提供し、誰でも簡単に適切なコンテンツを、適切なスクリーンに、適切なタイミングで表示することができる。ここにいま一度目を向ける必要がある。OOHのDX化ではなく単なるデジタル化、すなわちポスターからディスプレイへの変化は、合理化と効率化の話でしかない。これだけではメディア特性やメディア・コミュニケーション的には結局は数の論理に帰着するので、都市部の電車や駅などを除いてロケーション開発が一向に進まないのというのが現状である。

オンラインとオフラインの2つの世界に生きている我々

わたしたちは、知らず知らずのうちにオンラインとオフラインの2つの世界に生きている。ここでオンライン側を表現するものとしてメタバースという単語を出したいわけだが、これもバズワード化しているので扱いは慎重にする必要がある。メタバースの話をするときに、無理してHorizon WorkroomsやVRChatの話をする必要はない。例えばあなたが普段使っているTwitterやInstagramはもちろんのこと、あつ森だって実は歴としたメタバースそのものと思って構わない。

メタバースの定義については広義に解釈しているので、「それはメタバースではなくデジタルツインだ」などと議論したい向きもあろうかと思うが、オンライン上のコミュニティーが成立していれば、ビジュアルがVRでなくても、HMDを使わずにスマホであってもそれはメタバースである、としてしまった方がわかりやすい。

さて、このオンライン上のメタバースと、オフラインの現実世界をわたしたちは行き来をし始めている。正確にはまだ行き来=往来ではなく、こちら側から向こう側を操作しているといった方が正しいかもしれない。それはスマホやパソコン、一部ゲーム機を介して人間がインターフェースとなって操作をしていることを示す。

飲食店で映える食事をインスタにアップしている行為は、まさにオフラインとオンラインを繋いでいることに他ならない。こうした非デジタルとデジタルがシームレスに融合する世界は、わたしたちの周りで既に始まっていることなのだ。

こうしたつなぐ機能を、デジタルサイネージではどのように実現しようとしてきたのかを思い出してみよう。もう忘れかけているかもしれないが、Wi-FiやBLE、NFCといった方法で様々な試みがなされたが、結局生き残ったのはQRコードだけである。

しかし、これはデジタルサイネージからスマホへの片方向なコミュニケーション動線であり、逆方向や双方向にはなっていない。つまり本当の意味では、街に飛び出したインターネットとしてのデジタルサイネージは、未だにメタバースとリアルワールドを自由に行き来するゲートウェイにはなっていないといえる。

すでに始まっている非デジタルとデジタルがシームレスに融合する世界

Vol.64 バズワードに終わらせない、デジタルサイネージとDXとメタバースの関係[江口靖二のデジタルサイネージ時評]
デジタルサイネージの情報をNFCを介してガラケーに移動させた例

また前述の通り、ここまでのデジタルサイネージはインターネットのリアルな場所への拡張なわけで、オフライン←オンラインという流れであり オフライン→オンラインという流れを作る必要がある。この流れが実現してはじめてゲートウェイとして成立しうる。

そしてこれは当然ながらオフライン→オンライン→オフラインという経路になる。これはよく考えれば当たり前のことで、オフラインにはリアルな存在というものはないからである。そしてオフライン→オフラインではなく、間にオンラインを介在させる意味、必然性が最も重要だ。

ここまで考えてくると、ぼんやりと近未来のストーリーが見えてくる。地域のアーティストが地元のレストランのデジタルサイネージディスプレイに作品を提供する。デジタルアートでもいいし、陶芸の写真でも構わない。レストランはアーティストに対して例えば1週間の掲出につきランチ1回分のNFTトークンを振り出す。アーティストは週に一度、レストランを訪れてこのトークンを使って食事を楽しむ。同じ作品はもちろんNFTマーケットプレイスでも販売されている。

デジタルサイネージによるコミュニケーションを実現させるためには?

Vol.64 バズワードに終わらせない、デジタルサイネージとDXとメタバースの関係[江口靖二のデジタルサイネージ時評]
こんな世界中どこにでもあるレストランも対象になり得る

このレストランは週休1日なので、参加できる日替わりアーティストは最大で6人だ。ここで複数のレストランをネットワークしたい、いや大手レストランチェーンに導入してもらおうと発想したくなるが、決してそこに行ってはいけない。それはこれまでの集中型の広告スキームであり、それであれば混雑する通勤電車や、渋谷のスクランブル交差点の媒体との競争に陥ってしまうからだ。成否の話ではなく、これらは別のコミュニケーションであるべきだということだ。

地域のカフェやレストラン、ヘアサロンのような場所で、ローカルアーティスト(それは自称でも構わない)がローカルコミュニティーの中で作品を表現して、ミニマムな報酬を得る。それ必ずしも現実通貨である必要はない。このことはいまでもカフェにアーティストが作品を展示販売している例は数え切れないほど存在しているのだが、物理的なものは展示する数にも制限があり手間もかかる。

こうしたことは今までも普通に行われてきた。それは無料で行われている例がほとんどで、せいぜい作品が売れたら僅かな手数料を取るくらいだったろう。このように、これまで普通に起きていた事象にテクノロジーを組み合わせ、デジタルサイネージがDX化して取りまとめる。これはリアルなローカルコミュニティーがそこに存在していることと、NFTがその価値を保証し、同時にグローバルでもそこに参加することができる。ここがオンラインとデジタルテクノロジーが介在する必然性である。

実際にこうしたデジタルサイネージによるコミュニケーションを実現させるためには、現存するローカルコミュニティーでミニマススタートさせるか、多拠点ネットワーク化は完了しているが、各拠点間でのコミュニケーションを元々必要とはしていないデジタルサイネージ・ネットワーク、ヘアサロンの例などが比較的近いのではないだろうか。

WRITER PROFILE

江口靖二

江口靖二

放送からネットまでを領域とするデジタルメディアコンサルタント。デジタルサイネージコンソーシアム常務理事などを兼務。