ニコマートFT[ニコンの系譜] Vol.08メイン写真

普及機への再挑戦

1959年のニコンF発売以来、年とともに何本ものニコンFマウントの交換レンズが新たに発売され、魚眼レンズのフィッシュアイニッコール、接写用のマイクロニッコール、コンパクトな超望遠のレフレックスニッコールなどユニークな製品も加わってラインナップが充実してきた。ただ、ユーザーからみればこれらのレンズを使いたくても高価なニコンFには手が出ない。メーカーとしても交換レンズを拡販するにはもっと安価なボディを供給する必要がある。そこで1962年にニコレックスFを出したのだが、これは失敗に終わった。しかしニコンはあきらめず、起死回生を期して1965年に普及機の分野に再挑戦したのが、ニコマートFTとFSだったのだ。

コパルスクエアS

ニコマートシリーズ誕生のきっかけの一つはコパルスクエアSの登場であろう。ニコレックスFに使われた初代コパルスクエアの最大の問題点は背が高いことだった。そのためか採用したカメラは少なく、ニコレックスFの他にはコニカFSとその後継機があるくらいである。恐らく他のメーカーでも検討はしたが、その背の高さに二の足を踏んだものと思われる。

そこでコパルではこのユニットフォーカルプレンシャッターの背を低くすることに注力した。その結果がコパルスクエアSである。先幕と後幕は画面枠の上下のスペースに折り畳まれて収納されるので、その幕の分割数を多くすれば低くすることができる。初代の先幕後幕それぞれ2分割をコパルスクエアSでは3分割と増やした。また、初代ではシャッター幕の駆動と速度制御をボディ上下に貫通する大型のカム軸で行っていた。これはそれまでのドラム型フォーカルプレンシャッターの使い勝手を慮ってのことであろう。ドラム型シャッターではシャッターダイヤルがカメラボディの上面に配置される。それと使い勝手を揃えるためにカメラボディを縦に走る回転軸で幕の駆動や速度制御を行うようにしたのだ。

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コパルスクエアSのシャッター幕を前からみたところ。薄い金属板の腕で構成されたリンク機構で先幕後幕それぞれ3枚ずつの羽根で構成された幕を駆動している

しかし、スクエア型のシャッターでは先幕や後幕を駆動するアームや駆動スプリングはみなボディの前後方向に走る回転軸の周りに設けられている。従って速度制御機構の軸も、前後方向の軸にするのが合理的なのだ。コパルスクエアSではシャッターダイヤルの軸も前後方向の回転軸とし、それが功を奏して大幅な小型化を実現することができたのだ。

しかし、そうするとシャッターダイヤルはカメラボディ前面に飛び出るようになる。トプコンRE2やコニカオートレックスなど、このシャッターを採用した多くのカメラがそのままの形でボディ前面にシャッターダイヤルを設けている。ニコマートFTではそこにもう一工夫加え、レンズマウント周囲にシャッターダイヤルを設けた。それによってレンズ鏡胴にシャッターダイヤルがあるレンズシャッターカメラと同じような操作性を実現することができた。そして、シャッターダイヤルが絞りの連動リングと同軸になるので、露出計の連動にも都合がよいのだ。

ニコマートFT[ニコンの系譜] Vol.08説明写真
レンズマウント周囲に設けられたシャッターダイヤル。絞り連動リングと同軸になるので、露出計の連動にも好都合であった

TTL露出計内蔵

ニコマートFTが登場した時代には、一眼レフの世界は露出計の内蔵、連動、そしてTTLへと大きな変革が進行していた。ニコマートFTも当然CdSを用いた連動露出計を内蔵することで開発が進んでいたのだが、当初はTTLではなく外光式の形であった。しかし1963年にはトプコンREスーパーが、1964年にはペンタックスSPが出され、世の中はTTL露出計内蔵に向かっていたのである。そこで1965年の量産寸前になって、急遽方針を変更してニコマートFTにTTL露出計を組み込むことになった。ただ、ボディダイカストの型修正は間に合わず、そのためこのカメラの初期ロットにはダイカスト製の前板に外光式露出計受光部用の穴が開いており、それを金属板でふさいで組み立てたということだ。

TTLの測光光学系には各種あるが、接眼部の両脇に受光素子を配し、ファインダースクリーンで拡散された被写体光を受ける形式にした。ペンタックスSPと同じ方式だが、ニコマートFTでは受光部の前面に集光用のフレネルレンズを置いた。TTL測光の問題点の1つである接眼逆入射光の影響を軽減する目的である。この集光レンズが後の中央部重点測光につながることになる。

ニコマートFT[ニコンの系譜] Vol.08説明写真
カメラ上面にあるフィルムカウンター窓には樹脂製のレンズが設けられていたが、巻き上げレバーを収納位置にもってくると、その先端で傷つけてしまう事故が判明したため、後期型(手前)では金属製の飾りリングを設けて対策している

開放測光とレンズの開放F値の問題

TTL測光が登場した当初、よく話題になったのが開放測光か絞り込み測光か?ということだ。それまでほとんどの一眼レフが交換レンズの設定絞り値をボディに伝達する手段を備えていない状況だったので、レンズマウントを改変して絞り値伝達機構を加え、開放測光とするか、それともレンズマウントはそのままで絞り込み測光とするかという議論なのだが、ニコンの場合は最初からカニ爪という伝達手段を備えているので、当然のように開放測光を選択した。その意味では他社より一歩先んじていたのだ。

ただ、そこで問題になったのは開放F値のことである。自動絞り機構が備えられているので受光素子にはレンズが開放のときの被写体光が入射するのだが、被写体の明るさが同じでも装着しているレンズの開放F値によって受光素子に届く光の量が異なってしまう。その分を補正しなくてはならない。それにはレンズからボディに設定絞り値を伝達する際に絞りの絶対値ではなく、そのレンズの開放F値から何段絞るかを教えてやればよく、トプコンやミノルタのようにTTLになって初めて絞り連動機構を設けたメーカーはそのようにしていた。しかし、ニコンのカニ爪は外光式向けに設定絞りの絶対値を伝達するようになっているので、別途レンズの開放F値を取り込んでその分だけ測光値を補正しなくてはならないのだ。

そこでニコマートFTではフィルム感度の設定をレンズの開放F値に応じてずらす方法を採った。こうすれば辻褄があうのだが、レンズを交換するたびにその開放F値に合わせてフィルム感度を設定し直さなくてはならない。合わせ忘れると適正露出が得られないわけで、この問題はその後「ガチャガチャ方式」を経て「AI方式」になるまで、12年間もの間ニコンとニコンユーザーを悩ませることになる。いち早くカニ爪で露出計の両連動を実現した先進性が、却って裏目に出たということなのだ。

ニコマートFT[ニコンの系譜] Vol.08説明写真
ニコマートFTではTTL開放測光としたのだが、装着するレンズの開放F値を補正するために、フィルム感度を開放F値に合わせて修正する方法を採った。この写真はASA100のフィルムでF2のレンズを使用するときの設定を示している

自社開発自社生産

ニコンFの普及機として世に問うたニコマートFTは結果として成功した。これに刺激されて下降気味だったニコンFの売れ行きも上向きに転じたという。成功の要因としてはすべて他人任せだったニコレックスFと異なり、自社で開発して自社で生産したということもあるだろう。大井製作所内にニコマート用の組み立て職場を作り、そこで組み立て調整を行った。そのおかげで普及機でありながらニコンらしい品質と性能を確保できたのである。


豊田堅二|プロフィール
1947年東京生まれ。30年余(株)ニコンに勤務し一眼レフの設計や電子画像関連の業務に従事した。その後日本大学芸術学部写真学科の非常勤講師として2021年まで教壇に立つ。現在の役職は日本写真学会 フェロー・監事、日本オプトメカトロニクス協会 協力委員、日本カメラ博物館「日本の歴史的カメラ」審査員。著書は「とよけん先生のカメラメカニズム講座(日本カメラ社)」、「ニコンファミリーの従姉妹たち(朝日ソノラマ)」など多数。